黒魔術師とパーティー組んだら魔女王の娘だった件:前編
最近は寝不足気味で日中が辛いです。(確実に執筆が響いている(汗))
ゆっくりとボス部屋に足を踏み入れていくハイドとバニラ。
ハイドは歩を進めながら作戦を考えている。
彼は久しくパーティープレイをしておらず、それ以前でもパーティメンバーとの意思疎通の経験は少ない。
少なくともハイドが生身の人間が操作するプレイヤーと話し、協力して戦った回数は指折りの数しかない。
おそらく彼が最後に人とまともに意思疎通をしながらプレイしたのは、中学の時にプレイした狩猟ゲーム以来だろうか。
大体のゲームのパーティで彼が話すことはまず無く、そこでも「よろしくお願いします」と「ありがとうございました」の一言程度での会話とはとても言えない社交辞令ばかりだ。
決して自慢できる経験ではないが今からこの「バニラ」と共同戦線を張る以上それなりの連携が取れないと、このボスを倒すのは難しいだろう。
ハイドは緊張しているのか微かに手を震わせる。一方、バニラはそんなことなどつゆ知らず、躊躇なく歩を進める。
部屋に入ると、黒い瘴気が床に散らばる骨から放出される。
彼らの背後にある大扉が閉まると同時に、バニラはすぐにウィンドウを開き、画面をタップする。
するとバニラは女性の身体には不釣合いのように見えるほどの巨大なツルハシを瞬時に取り出す。
バニラはその武器の重さを感じさせることもなく、軽々と両手に持つと
「さあーてと、やりますか!」
「お、おう。大丈夫かお前…?」
そう不安げに応じるハイドだが、バニラの身なりを見たのか根本的な疑問が浮かんだ。
「「そもそもトレジャーハンターって、どうやって戦うんだ…⁉︎」」
てか、戦えるのか?確かゲーム開始時のジョブ選択画面には、〈トレジャーハンター〉などという名のジョブなかったと記憶していたハイド。
そして彼女の実際の戦闘を見るのはこれが初めてだ。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
そう言い終わるよりも早く、バニラは前方に向かって勢いよく走り出した。
その最奥には黒い瘴気を身に纏いながら佇む巨体〈エンド・オブ・ソーサラー〉とその取り巻きである四人の精鋭〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉がいた。
その中の一番手前にいたスケルトンがその両手に持つ錆びたロングソードでバニラに切り込んでくる。
その攻撃を察知したバニラは避ける様子もなく近づくと、腰に力を込めながら踏ん張り、両腕を思い切り回す。
その様子をすぐ後ろで見ていたハイドは前方から迫る別のスケルトンの攻撃を手持ちの短剣で受けながら考える。
あのバカ、あれじゃ先にダメージを受ける。
攻撃を受ける前提で攻撃する気なのか、いくらなんでも無理が過ぎる。
そうハイドが思ったのも束の間、バニラは相手のスケルトンが縦に剣を振り下ろす動作に合わせてツルハシをバットの素振りの如く横に振るう。
するとスケルトンの剣が弾かれ、左側に体勢を崩す。その遠心力を殺さず、その回転をスキルにつなげる。
「とりゃぁ〜〜っ!!!」
秋に見る銀杏の紅葉のような鮮やかな黄色いエフェクトがかかり、その軌道に沿ってスケルトンの胴体に重い一撃を当てる。攻撃がヒットしたスケルトンは身体が分裂し、そのまま横に流れるように倒れこむ。
刺突系スキル〈ランバー・スライド〉だ。
「どんなもんよ!」
「ははっ、まじかよ…」
豪快すぎてただただ苦笑いするしかないハイドを横目に、バニラは別の意味で二コリと可愛げな笑顔を浮かべる。
ハイドは後からバニラに聞いて知るが、このゲームのサブジョブに存在する〈トレジャーハンター〉は、メインジョブを失い、武器を〈ツルハシ〉カテゴリーに限定される代わりに得られる特殊ジョブだ。
クエストで手に入るものだが、このジョブは元のメインジョブを犠牲にする代わりに特殊なスキルスロットを得るため、大きな代償がある。
そのため取得する人の少ないマイナーなジョブではあるが、その代わりにメリットも大きい。
サブの生産職にも適応されるのだが、生産職の熟練度を戦闘のパッシブスキルとして使用できるという特徴がある。少々ややこしいが、それらは実用性のあるものが多い。
例えば、パッシブスキル〈コレクター〉は持てるアイテムの数を増やたり、〈財宝への強欲〉は攻撃の初動スピードのみを上昇させる。熟練度にもよるが、他にも多くのパッシブスキルが存在している。
だがこのジョブ自体はまだ情報が少なく、攻略サイトでもその実用性について議論されている。
それを知らないハイドはこちらも負けていられないと、ハイドは受けていた短剣を上に持ち上げると、相手の剣も上に上がる。ハイドは腰のあたりに開いた隙間を見逃さず、スケルトンの下腹あたりを思い切り蹴りを入れる。
「待ってたぞ、ブラッド。やれ」
「ピイイイィィィ」
スケルトンの背後から大きなトパーズ色の輝きが迫る。ブラッドのスキル〈ビーク・スラッシュ〉だ。真っ直ぐ直線に螺旋のオーラを纏いながら迫り来るブラッドの攻撃。
「ん、ブラッド?俺ごとやれとはいってないし、そもそもそれだと俺にも当たるんだけど…って危ねえ!」
ブラッドはスケルトンの背中に思い切り突撃すると、飛行機雲のように通った軌道上に淡い光の粒子が周囲に舞う。ハイドは先ほど垂直方向に迫ったブラッドの猛突進を、激突すれすれで横に回避する。ブラッドは素知らぬ風貌でそのまま上方に飛んでいく。
その様子に憤慨したのか彼は声を上げる。
「おいブラッド!ダメージがないとはいえ、硬直するんだから気をつけ…」
と言いかけた直後、先ほどブラッドが通った軌道を凄まじいレーザーによる攻撃が破壊する。
『ズガガガガッ』という破壊音を上げながら進み、入口近くの壁まで止まることを知らない。
ハイドがちょうどさっきまで立っていた位置の近くにいたスケルトンが骨の残骸を残して消滅している。
するとバニラが気を使ってかスケルトンと戦いながらハイドに様子を訪ねる。
「ハイド、そっちは大丈夫?」
「なんとかな、死ぬかと思った。あとすまんブラッド」
「ピィ」
『にしてもお仲間さんお構いなしかよ。こりゃブラッドがいなかったら少なからずダメージを負っていたかもな。本当に初めてテイムしたのがブラッドでよかった』そう思ったハイドはブラッドに感謝しつつ、バニラの状況を確認した。
一方、相変わらず武器の重量を活かした豪快な戦いを繰り広げているバニラ。
だが何回かダメージを受けたらしく、横目にハイドの方を見て言った。
「ハイド、こいつの足止めしといて。少し回復する」
「あいよ。行くぞ、ブラッド」
残りのスケルトンは二体。ハイドは連携できるかが心配だったがバニラもソロの戦闘が多いのか、悪くいえば傍若無人な戦いのスタイルで助かったと安堵する。
皮肉にも彼らに連帯行動はお互い向いてない様だ。
それでも気は抜けないと気を張り詰めるハイド。
だがそれでも、誰が見ても彼とブラッドとの連携は申し分無いほどの戦いを見せている。
『もしかしたら本当にクリアできるかもしれない。いや、別に負ける気は元より無いが』希望を見たハイドは前方に敵が二体いるのを確認する。
一体はここのボス〈エンド・オブ・スケルトン〉であり、もう一体は〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉だ。
もう一体が見当たらないらしくハイドは周囲を確認する。
横にいるバニラは回復ポーションを飲みながら、敵のレーザー攻撃を避けている。
なんて胆力の持ち主なんだ、とハイドが思った途端、後ろから突然、人型の何かが物凄いスピードでハイドの横を通り過ぎた。
それを目で追いかけると、スピードが落ちたのかその姿が見えた。
剣を低めに構えた〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉だった。
するとハイドは自分の右脚に違和感を感じた。
見ると右の太ももあたりが浅く抉れている。
「ってえな…。でも今こいつ〈スラスト〉を使った気が…」
このゲームに痛覚は存在しないはずだが、唐突な攻撃に驚いたのか思わず反射的に口に出してしまう。
しかし油断して受けた不意の一撃にしては攻撃の軌道がずれていることに疑問を持つハイド。
〈スラスト〉は戦士の低級スキルだが、それでも洗練された経験を積んだスラストは威力が上がり、速さも会得した初期段階とは段違いだ。
それを知っているハイドはさっきのスケルトンの動きを見て、洗練された方のスラストだと感じた。
それにこのスキルはハイドが以前初めてこの場所で戦った際、この技でとどめを刺されたからだ。
だからこそ、これだけの損傷で住んでいることが不思議だった。
何かおかしい、そう思ったハイドはブラッドと連携して仕留めようと考えた。
「ブラッド、こいつの後ろに回れ。俺がこいつのタゲを取る」
そういって自分のすぐ横にいたはずのブラッドを見ると、後ろにいた。しかも負傷したのか倒れている。
「ブラッド!大丈夫か」
何があったのか理解できなかった。だがそれを考えていたら相手に再び隙を見せると思ったハイドは、目の前のスケルトンに相対する。
すると再びスケルトンは〈スラスト〉の構えを取るつもりか腰を落とす。
来ることがわかっているなら避けることは可能だと思ったハイドだが、あえてそうはしない。
彼の後ろにはブラッドがいる。
たとえ攻撃をかわしても、それが流れ弾のように傷ついたブラッドに当たらないとも限らない。
だからこそハイドはあえて前へ出た。
「ぜってえ間に合わせる」
そう、ハイドはスケルトンがスキルを発動させるのを阻止するため持ち前の敏捷力で全力疾走する。
ハイドは十メートルの距離を一瞬で詰めるべく、コモンスキル〈馬脚〉を発動する。
疾走するハイドの脚に赤色のオーラを纏わせる。
スケルトンは上体を下げると、剣をまっすぐ引いた。
するとスケルトンのロングソードがを白い剣気を帯びる。
空気抵抗を感じさせないほどの爆発量を持つスラストが発動しようとする。
その瞬間、ハイドがスケルトンの首に腕がかかる。
それをスケルトンが視認した時にはハイドはすでに正面にいた、いや背後にいる。
スケルトンはハイドの攻撃のせいか、反転していた。
ハイドはスケルトンがスキルで動き出す前に、自身の腕を首に引っ掛けラリアットしていた。
攻撃を受けたスケルトンは倒れ、そのまま後頭部を石床に強打していた。
そのせいか床にはヒビが入り、スケルトンの手持ちの剣は背後に吹き飛んでいた。
先程のコモンスキル〈馬脚〉はどのジョブでも習得できるスキルで、身体の一部である脚部を一時的に強化することで爆発的な瞬発力を発揮するという効果だ。
〈馬脚〉の上には三段階の上位スキルがあるが、現在ハイドが知っているのはこの〈馬脚〉とその上位スキル〈空脚〉だけだ。だが〈空脚〉から上のスキルは特定のジョブでしか習得できない可能性が高いため、ハイドはそれを知った時には落胆した。
腕をぐるぐると回しながらハイドは体の調子を確認する。
「こりゃあ、俺もバニラの影響受けてるな」
この部屋に入って直後のバニラの初動を彷彿させる豪快な攻撃でスケルトンに攻撃を食らわせたハイド。
すると直後にバニラが駆けつけ、首が折れたのか自らの頭を脇に抱え立ち上がろうとするスケルトンに追撃を加える。
「こっちはいいから、早くブラッドを!」
「おう、サンキュ!」
そのままブラッドの方へ急いで駆け寄るハイド。
「大丈夫か⁉︎いま回復させるぞ」
周囲の安全を確認し、すぐにハイドはアイテムポーチから〈治癒のかけら〉を取り出すとブラッドの口に入れる。
何本かブラッドの羽は抜けていたが、どうやら打撲で済んだようで重傷には至らなかった事に安堵するハイド。
「よかった…。でもなぜ?」
なぜ打撲で済んだのか、そしてさっきのスラスト。
その関係を調べる過程で、スケルトンがスキルを発動させる際、肋骨の一部が損傷していたことを思い出す。まさかと思い周囲の床を見回すと、ブラッドのすぐ近くにスケルトンの骨片が落ちていた。
それは先程のスケルトンの一部であり、肋骨の損傷が原因だと仮定する。そしてそれはブラッドが起こした現象だとわかる。
「もしかしてお前、俺を守ったのか?」
ハイドは理解した。先程ハイドが今回の戦いに勝機の光を見た瞬間、背後を取っていた〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉がスキル〈スラスト〉を使い、ハイドに攻撃を仕掛けようとしたところをブラッドがその身を呈して守ってくれたのだ。
損傷したスケルトンの肋骨は、ブラッドがスラストの軌道を逸らすために突撃した証拠だろうとハイドは考察する。
「なんか俺、ダサすぎないか?こんなにブラッドに助けられてさ、バニラに任せてばっかで…」
ハイドは自分自身の弱さを自覚したのか、俯きがちになりながらブラッドが完治するのを待つ。
今までパーティを組むことがなかったハイドは、個人の限界を理解した。
実際、ハイド自身が前線で戦うこと自体、敵に隙を見せているのは事実だ。
なぜならハイドが戦っている最中でいくら事前に指示を出しているとはいえブラッドが攻撃を加えるまでの間、ブラッド自身の状況を確認することはできないのだから。
それはつまり、事前の指示通りの動きしかできないということであり、もし自分が敵と戦っている間にブラッドが不測の事態に陥ったらと思うとハイドはこれからの冒険の先が思いやられた。
「ごめんな、ブラッド。もっと俺の心が強ければ、仲間がいるパーティーなら、お前を助けられるだけのテイマーになれたかも知れないが。今だけは許してほしい、でもいつか必ず、強い仲間を作れるだけの器になるから」
そう宣言し、顔を上げるハイド。
ブラッドが動けるようになると、ハイドはもう一体の〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉を引き受けてくれているバニラを待たせてはいけないと前方にいるボスの注意を引こうとする。
そのためハイドは〈エンド・オブ・スケルトン〉に接近するべく走り出し、ちょうどレーザー攻撃をしようと詠唱しているボスにアイテムいポーチから投げナイフを取り出し投げる。
するとそれは紫色のローブを着た胴体に直撃し、狙い通りタゲをハイドに変える。
そのまま詠唱を終え、ハイドたちにレーザー攻撃をする。
「チッ、こいつ。前から思ってたけど、やっぱりだんだん詠唱が早くなってきてる」
埃だらけになっているハイドはそういうと、すぐにしゃがんでそのレーザー攻撃を避ける。
今のところ対応できる速度ではあるけど、こいつは残りのスケルトンが一体ほどになると、いつあのスキルを使ってきてもおかしくない。
〈空落とし:偽〉そのスキル名がわかるようになったのは、索敵スキル「看破」を取得した最近からだが。そしてそれを脅威たらしめているスキルがもう一つある。
〈高速詠唱〉だ。
これがパッシブなのかスキルなのかは、まだ索敵スキルが低いから分からないが。そう考えたハイドは態勢を立て直し、再び攻勢に出るべく相手に接近する。
バニラとハイドたちは初めは四体いた〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉の三体を倒し、残りはバニラの目の前にいる一体を残すのみとなった。
バニラは崩れた骨片の散らばる石造りの床からツルハシを持ち上げるとひと息つき、額の汗を拭う。
「ふう、こいつで最後か。
さっさと倒さないとあいつが魔法を避けられなくなるのも時間の問題よね」 バニラは相手の動きを見るため間合いを取りつつ、スケルトンの次の出方を待つ。
するとスケルトンの方から間合いを詰め、攻撃を仕掛けようとする。
そのため攻撃を避けようと足を動かそうとするバニラ。
だが、片足が考えに反して足が動こうとしない。
もう片方の足は動くのだが、左足だけが沼にはまったように動かない。
「嘘でしょ、なんで⁉︎」
バニラはこのゲームではまずない遅延を疑った。
片足だけというのも不可解だが、実際にはそうではなかった。
自分の足元を見ると、左足がスケルトンに掴まれている。
下半身と右手を部位破壊してはいるが、確かに動いている。
最初に倒したと思っていたスケルトンが、完全に倒せていなかったのだ。
急に自身の身体から血の気が引くのを感じるバニラ。
どうするどうする、ハイドたちはボスのタゲを引いていてそれどころでは無い。
迫り来るロングソードは確実に胸部の中心部、つまりクリティカルを狙って迫ってきている。
バニラはその時、死を覚悟した。
今回はハイドたちが何度も挑み続け、敗北してきた還魂墓地のボス〈エンド・オブ・ソーサラー〉たちとの決戦の前哨戦です。次でいよいよ、前々から登場していたあの方が出ます。お楽しみに。