トレジャーハンターの少女
太宰治の斜陽が好きすぎて気が触れてしまいそうです。
「うわ、これどうすりゃいいの?」
「ガードしろっ、ガード!」
雲ひとつない澄み渡った青空の下、あるところでは青年たちが楽しげに笑い合いながら談笑している。
一人が目の前にいるモンスターの攻撃を受けるとその衝撃で体制を崩したのか、勢いよく生い茂る雑草に尻餅をつく。
「痛ってえ⁉︎くそっ」
「ははっ、何やってんだよ」
お互い見つめ合い、しばらくしてそれぞれの頬を膨らませ吹き出した。
『あはははははは』
あるところでは素敵な笑顔を浮かべるアーチャーが小ぶりの木製の弓を手に持つ女の子が照れながらも、腰を下ろしてそれを見守る大ぶりの大剣を持った男に感謝の気持ちを述べている。
「レベル上がったよー、ありがとう‼︎」
「おめでと、上出来だよ。この調子なら〈後追いの森〉も攻略できるよ」
「ほんと?やったっ」
にこやかに楽しむその姿は周囲を和ませるには十分な情景だろう。
誰もが頬を緩ませ、自分たちの冒険のモチベーションをあげただろう。
それもただ一人を除いて。
「ふっ、あれ絶対ネカマだろ。姫プレイで経験値ごっそり食って楽にレベルあげようって容易な算段が丸見えなんだよ。そう思わないか?ブラッド」
「ピィ?」
微笑ましい場面に遭遇したというのに、小さく悪態をつく男が一人。
黒いシャツに革製のベストを着た周囲に警戒心を与えるには十分な目つきをした青年、道明寺灰九ことハイドだった。
ノスタルジア南門から出たハイドは現在、旅人が踏みしめてできただろう自然の道を踏みしめながら横にいるブラッドと一緒に南東にある墓地の大規模ダンジョン〈還魂墓地〉を目指して歩いていた。
思わず目を細めてしまうほど眩しい日の光を届ける太陽に手をかざし目を覆いながら、上を見上げると空で鳥類が活力溢れる飛行を見せている。
足元には自然豊かな数多の生物や草花が生きている草地が広がる。
ーミド平原ー
ノスタルジアを囲むように広がる自然豊かな大地。気候は温帯で暖かく、四季があり多様な生物の生態系を築くのに適した広大な平原。ノスタルジアの古くからの民「ミド」の故郷であり多くの旅人がこの地を踏みノスタルジアへと足を運んだ。忌み者も等しく受け入れたこの地は現在でも多くの集落や洞窟、遺跡の名残がある。ノスタルジアを中心として北に向かうと〈ラルフ高原〉、南に行くと〈後追いの森〉がある。※エリア詳細テキストより
ミド平原を歩きながらハイドはいろいろリアルについて考え事をしながら歩いていた。
今日は英単語の小テストも終わったし、明日からまた休日になるからまたこのゲームに潜り込んで攻略に専念できる。
『ここに永住したいよ、リアルなんてろくなことないしな、まあさっきのカップルもクラスにいるパーリーなピーポーに比べれば目に入れても涙が止まらなくなるくらいで済む。ちなみにクラスの奴らを入れるなら出血どころの騒ぎじゃない。はあ、彼女欲しい(切実)』
しかしハイドには友達と呼べる人間すらいないという周知の事実には目つぶっているようだ。
しばらくして目の前に目的地の墓地が見えてくると彼の気持ちが興奮してか自然と足が速くなった。
ー還魂墓地ー
ノスタルジア南東にある大規模な墓地。
地下にダンジョンが広がっており、かつて大陸で知らぬ者はいないと謳われた伝説の魔女とその娘の魂が眠ると言われた墓地。その昔ある王国から追われていたその魔女は移民を快く受け入れた〈ノスタルジア〉に、自身の守り手でありその象徴である大鷹を守り神として与えた。ほぼ石材のみの建築方法が特徴で、主にアンデット系モンスターがポップする。彼らは朽ちた今もなお魔女の臣下としてその墓地の守り、使命を果たしている。まれに装飾品やコレクションをドロップするレアモンスターがポップすることがある。※エリア詳細テキストより
ようやくハイドは墓地に着いたと思ったらそこで立ち止まり、意気込みを述べる。
「今日こそ、今日こそ!クリアするからな」
語彙を強めながら遺跡の入り口の前でそう宣言するハイド。
このダンジョンも今日でとうとう攻略四日目となってしまったためか焦りというか落ち着きのなさが伺える。
だがそれ以上に意地と気持ちの高揚も噛み締めているようで相変わらずのゲーマーぶりだ。
その墓地は初めて見る人には一見、大規模な遺跡なのではと思わせるほど歴史を感じさせる雰囲気が漂う。
それに実際、その墓地には数多くの墓石や石碑があり、それに混ざって石柱や祭壇などの建造物の痕跡が色濃く残っている。
中には杖を持った黒ローブ姿の魔女の石像が長い年月を経て風化した状態で立っているものもある。
〈還魂墓地〉のテキストにもあった魔女の石像は、この墓地の壮大さを物語るとともに意味ありげだ。
そのダンジョンには地下に続く階段から入ることができる。
瓦礫の転がる足場の悪い小道を道なりに進み奥に進むと、そこには高さ八メートルほどの一際巨大な石碑が建っていた。ハイドはその前に堂々と立つ大鷹の像を見つめる。
他の石像と違って石材の色が黒色の部分がある。
それに目には赤いルビーのような宝石がはめ込まれている。
「なんていうかこの石像、来るたび毎回思うんだけどブラッドに似てないか?」
「ピィ?」
ノスタルジア周辺のエリアで鷹のモンスターと言えば〈ブラッド・ホーク〉しか存在しない。
加えてこの石像で黒色の石材が使われている箇所は手足の鉤爪とクチバシという特定の部位なのだが、それはブラッドの漆黒の部分と合う。
それに何よりもこの石像の眼球部分に使われているルビーのような宝石の色と、ブラッド自身の目の色は同じ赤色だ。
何かの偶然だろうか、そんなことを考えながらハイドはその石像に近づく。
ハイドは今にも飛び立ちそうなほど精巧に作られたその鷹の前足を躊躇なく下に倒す。
しかし思いのほか破損の心配はなくカチンと足の付け根が下に傾くと同時に、大きな地鳴りが聞こえ始める。
その石碑はゆっくりと動き、奥に石造りの階段の姿を見せる。
ハイドは足元に注意しながらその階段を降りる。
するとその際、後ろにかすかな人影があることを察知したハイド。
ブラッドもそれに気づいたのか鋭い目つきで後ろを睨むが、ハイドは特に振り返ることもなく進む。
なぜならこのゲームはMMOというジャンルに属しているのだからその警戒心はほとんどの場合、蛇足になる。
大規模なフィールドで同時に多くの人々がプレイするMMOでは、一つのダンジョン内に何度も多くの人が出入りすることなど日常茶飯事なのだ。
だが警戒しておくことに越したことはないのも事実だ。
例えばこのゲームにも始めたばかりの初心者を倒して快感を得る上に、手持ちのアイテムを強奪するプレイヤー、いわゆるプレイヤーキラー『PK』が存在することをハイドは知っていた。
ダンジョン内部に入ると気温が一気に下がった。
地上の墓地の雰囲気は遺跡に近かったからか、墓地特有の不気味さはほとんど感じられなかったが内部はとても閑散としている。
そんな異様な空気の中を相変わらず躊躇のない動作で一歩一歩進んでいくハイド。
だが彼はそれどころか早歩きだった足を速め、ついには走り出した。
もし現実のお化け屋敷で連れがこんなに豪快な走りをしだしたら、恐怖のあまりパニックになったのかと疑ってしまうほどには猪突猛進の如き走りだ。
そんな還魂墓地を駆けるハイドたちの眼前に三体の敵が立ちはだかる。
奥に見えるのは弓を構え弦を引く〈スケルトン・ファイター〉だ。
先行しているブラッドに足止めするよう命令する。
ハイドは手前の盾持ちのスケルトンが右手の剣を構え、こちらに突き出すのを待ちそのタイミングに合わせて幅跳びの要領で思い切り跳躍する。
飛び越えるほどの跳躍距離はなくスケルトンが上を見上げながら左手の木盾でガードすると、ハイドがその盾を踏み台にしてスケルトンを飛び越える。
そのまま斜め後ろに位置するスケルトンの頭蓋を右手に持つ短剣の切っ先で叩きつける。
「オラァッ!」
「ゴカッッ‼︎」
攻撃を受けたスケルトンが骨の砕ける音を悲鳴のように響かせる。
部位破壊が可能なゲームのシステム上、頭部への攻撃はクリティカル判定になる。
人型であれば太ももの裏や頸部にもコツがいるがうまく当てればクリティカルで大ダメージになる。
しかしスケルトンは肉体がないので頭部以外は必然的に通常ダメージになる。
疾走するハイドは一体目のスケルトンが死亡するより早く、そのまま弓持ちのスケルトンに駆け寄り頭上のブラッドを撃ち落そうと上を見上げるスケルトンの下顎に同じく短剣を叩き込む。
三体目のスケルトンを倒さず置き去りにしてそのまま奥に進む。
「全部相手にしてたら回復アイテムが保たない、行くぞブラッド」
「ピイイィィ」
ハイドと平行飛行するブラッド・ホークに呼びかけ、颯爽とフィールドを駆け抜ける。
ちらりと後ろの追っ手であるスケルトンを見て距離が開いていることを確認し、足に力を込め走り出す。
その時、ふとあることに気づいた。
さっきまで俺が戦っていた場所でモンスターと戦っている人影が見える。
赤い髪を後ろで結っているような髪型だ。
ハイドはその人物を見て、どこかで見たような既視感を覚える。
かなり最近だと思うのだが状況が状況なせいか、思い出せないらしく先を急ぐ。
一度に多くのモンスターに囲まれることを避けるため、なるべく立ち止まらずに戦おうとするハイド。
しかしなぜこんなにも速く走ることができるのか、それはハイドの〈ステータス傾向〉と〈戦闘スタイル〉にあった。
このゲームのジョブは基本的にレベル上げ時のステータス傾向を決めるだけで自分で数値ごとに割り振りはできない。ファイターならHPやATK、DEFを中心に上げ、僧侶ならMPやDEFを上げる。
テイマーはモンスターとテイマー二つのステータス傾向を決められる。
通常MP、DEFやHPをあげるのがテイマーの最近の定石と考えられているが俺はSPD、AGLを中心に上げているため通常のテイマーよりも動きやすく何よりスピード重視だ。
この敏捷性による動作は、ソロでプレイしているのでいちいち攻撃を受けることを前提にしなくて済むことが利点なのだ。パーティで戦うということは敵のヘイトを集める人数が増え、攻撃パターンが読みにくくなるデメリットを背負うことになる。
だが一人ならじっくり相手の攻撃を見れる。
それに一見、一人の方が敵のヘイトが向きやすいと思うかもしれないが、ハイドは一対多の状態での戦闘を最も警戒している。それも当然と言えば当然だろう。
何せハイドはソロで攻略しなければいけない身であり、それはパーティでこなすべき仕事をすべて自身で行わなくてはいけないのだから。
基本的に勝算がない勝負は仕掛けないのが彼のポリシーなのだ。
地下三層まできたハイドたちは残党に追われつつ敵を最低限の戦闘で倒し奥に進んでいく。
彼らは何度かダメージを受けながらも、なんとかボス部屋の前にたどり着いた。
ダンジョン自体の構造は階層型で、地下三階まであるがそれほど複雑ではないのだ。
大扉を前にその場に座り込んだハイドはガラス瓶に入った回復ポーションをごくごく飲みながら、ウィンドウのショートカットから緑色に輝く小さな石のかけらを取り出した。
そしてそれを手の平に乗せるとそれを、ブラッドの方に向ける。
それをブラッドは器用に自分のクチバシでつまみ、上を向いて飲み込んだ。
直後、ブラッドの体の表面にあったすり傷や切り傷がみるみる回復していく。
これは〈治癒の欠片〉と呼ばれるものでこの世界の設定によると、本来の緑色をした回復ポーションはもともとこのアイテムを原料にしているらしい。
回復ポーションはプレイヤー専用アイテムであるのはモンスターへの効果が低いためだ。
なんでも回復の欠片はモンスター以外が飲んでも治癒効果はあるが、損傷した細胞への効果適正が低いため効果は微々たるものらしく、それを改良して効果を高めたのが回復ポーションらしい。
だが一方、この〈治癒の欠片〉はモンスターなら錠剤のように飲み込むだけで治癒効果が十分にあるため、モンスターのための回復アイテムとしてテイマー専用アイテムになっている。
回復が終わるとハイドはポーションを投げ捨てる。投げられ、地面に落ちた空のポーションはすぐにポリゴン化して消滅した。
さていくかと腰をあげたハイドは突然後ろに振り返り、遥か彼方を見つめるような視線で声を掛ける。
「もしかして、俺らだけでこのボスに挑むのを見かねて助力しに来てくれたのか?」
そこにあった人一人が隠れるには十分な大きさの墓石に視線を向けると、そこに隠れているらしい人物が返事をする。
「な、何よ⁉︎手伝って欲しいなら頼み方ってもんがあるでしょ頼み方!」
ん?この声どこかで…と考えるハイドだがごく最近、自身と面識のあるその人物との対面は以外にも早かった。
「人のパーティーを無断でストーキングした挙句、俺らのおかげでポップしたレアモンスター倒して報酬得てるあんたに礼儀か、なるほど」
本気で考え込むように腕を組む仕草をするハイド。
さあ相手はどう出るかなと満足げな表情を送ると、なんと頬を真っ赤に染めた女の子がひょっこりと顔だけ出てきた。
赤髪のポニーテール、前髪の上に小型のライト、口元はスカーフで隠しているコバルトブルーの目をした女の子だ。見た目の歳だけで言えば、ハイドと同じくらいだろうか。
彼はそれまでモヤモヤとした彼女への感情を募らせにつのらせた。
すると目の前に立つ少女への既視感が晴れ、ようやく誰か思い出したのか驚いた様子のハイド。
「え?…あっ!あの時の美脚!…じゃなくて、トレジャーハンター!!」
「美脚⁉︎な、何言ってんのあんた…。ていうか!あんたらのどこがパーティーなのよ!たった一人じゃない」
「は、はあ…っ⁉︎ 失礼な。どう見ても一人と一匹だろ」
そちらこそ何を言ってるんだという風に首をかしげるハイド。
それに応えるようにハイドの肩に乗ったブラッドが、小さくぴいと鳴く。
すると少女は隠れていた墓石からいきなり出てきた。
そのままハイドのいる方へ堂々と近づいてくる。
ドスドスと足音を立て、薄手のシャツだけでは隠しきれない豊満さを見せつけながら、地面を踏みつけるようにハイドの目の前まで近づく。
ハイドはその姿に圧倒されているのか身動きできずにいる。
少女は顔を紅潮させながら腰に手を添え、ハイドを指差し言い放つ
彼女に至近距離まで近づかれたことでハイドは正面を向くことが難しくなった。
さらにそのすぐ下には大きく突出した胸部があり、ハイドはそこに目が移動するを避けねばならず、あの時のように再び斜め上を見るしかなかった。
それに普段、面と向かって女子と話すことに慣れていないのか、以前にも面識があるにも関わらずハイドは気を取り乱す。
なんとか冷静になるため短い間隔を置いた呼吸法で体制を立て直す。
ようやくひと段落したのかハイドは再び一方的に話しかける。
「ま、まあとにかく。お前は俺らのポップさせたレアモンスターを狩りまくってたわけだ。だからそれなりの対価は払ってもらう。要するにだ。『俺の攻略を手伝ってくれ』」
このゲームではモンスターと戦闘するごとに、レアモンスターとの遭遇率、レアドロップに確率を上げることができる。ちなみにレアモンスターとは、倒すと確実にレアアイテムをドロップする専用モンスターだ。
レアドロップとの違いはレアアイテムの方が装備やアイテム系のドロップが多いのに対して、レアモンスターはコレクション、スキルのスクロールなど希少価値が高い特殊なアイテムが落ち易いのが特徴だ。
しかしレアモンスターの耐久値は通常モンスターと比べて比較的高めに設定されているので、ハイドたちは回復アイテムを節約するべく、レアモンスターが沸出した際も、残党に追われていた状況で戦うのは無茶と判断し無視していた。
少女はハイドのポップさせたレアモンスターを狩るためハイドたちの後をつけていたのだ。
だが一番不可解なのは、そのポップ量だった。
ハイドは道中、二、三回その様子を確認したのだが、どういうわけかそれらのすべてがレアモンスターだった。
通常、敵を倒してレアモンスターの出現率を上げるには最低でも20体以上はそのダンジョンのモンスターを狩らなければ出現しない。
二体以上のレアモンスターを出現させるとなると3桁以上、とにかく相当な数のモンスターを倒さないといけないのだ。
実に不思議な現象に少女も驚きを隠せないらしく
「確かにあれは美味しかったわね。でもどうしてあんたにはあんなにポップしたのかしら。もしかして…何か使ってる?」
「使ってるわけないだろ。もし俺がチーターならお前に俺の攻略を手伝えだなんて頼まないし、そもそもこのゲームでチート行為はまず不可能だろ」
「ふーん、そっか」
危うくチーターとして通報されてしまうところだったハイドだが、このゲームへの信頼は厚いらしい。
それもそのはずでこのゲームは最新鋭のシステムAIがすべてのプレイヤーのプレイを監視している上、サポートスタッフによる二十四時間システムの監視、バグの改善、サーバー状況を確認しているためチート行為などの不正はすぐに発見、処分対象にされてしまうからだ。
このゲーム自体の完成度が高く人気があるのは当然だが、それ以上に運営やシステムへの信頼がそれだけ高いということがユーザーのこのゲームに対する評価を著しくあげている要因なのだ。
その情報をゲーム雑誌の開発者インタビューで読んだハイドは知っていた。
納得したのか大人しくなったその少女は、先ほどまでのハイドの行動について質問する。
「あのさ、さっきはなんでそんな急いでたわけ?せっかくのレアモンスターじゃない」
本人からすれば率直な疑問らしく首を傾げる、その様子はハイドに無自覚なあざと可愛いさを感じさせた。
「ストーキングしてたなら知ってるだろ、なぜ俺たちがあんなに急いでいたか」
「ええ、まあ一応。見ればわかるし」
そう、今までハイドたちがあんなにも急いでいた理由、それはとても単純な理由だった。
率直に言えば『パーティメンバーが一人もいなかった』からだ。
ハイドはソロでこのダンジョンに挑んでいるため、タンクやヒーラーがいないのだ。
それはつまり、戦闘を行った場合、減った分のHPやMPを回復するには手持ちのポーションしかないのだということ。それはアイテムポーチに入るアイテム数には限界があるということなのだ。
だからこそハイドはポーションを消費するのを抑えるため、最低限の戦闘に抑えた。
だが、それだけ敵が残るということは追撃を受けるリスクもあるということであり、残党に追われながらの戦闘もこなさなくてはいけないというリスクもある。
乱戦になることもあり得るだろうこの戦闘方法をパーティープレイでこなす事はかなり難しい。
ソロプレイでも難しいこのスタイルをこなすことが出来るのは、敏捷性と機動性にステータスを割り振り他の数値を犠牲にしたハイドだからこそできる芸当なのだろう。
そしてそれを可能にする長い時間をかけた経験と技術による努力の賜物なのだ。
「随分と物好きよね、一人でここのフロアボスを倒そうなんて。しかもMMOで」
「その言い方だと俺が意図的に縛りプレイしてるみたいな言い方だな」
「え、違うの?」
「俺が好きでこんな虚しいパーティ組んでると思ってるのか?てかお前もだろ」
「昨日までパーテイーに入ってたけど、先回りして宝箱独り占めしてたら追い出されちゃった、てへっ☆」
「『てへっ☆』てなんだよ『てへっ☆』て。はあ…、最低だなお前」
舌をぺろりと出し、拳を頭につけながら自分の強欲さを語る少女。
それを呆れた表情で見つめるハイド。
「まあ、分かってるなら話は早い。元はと言えばそのレアドロップ、俺らが出したわけだしさ。
ここの攻略、手伝ってくれるな?」
正直、ハイドにとっては別にレアアイテムなんてどうでもよかった。
そのだけこのダンジョンに長期間潜っていたのだ。
だが、彼はここで恩を売らないほかないと直感で思った。
今まで作れなかったパーティメンバーを得るチャンスは今しかないと思ったのか、ハイドはこの状況を利用しようとする。
「いやよ、一人で頑張んなさい。私はもう帰るから」
「ま、、待て。いや、待ってください!」
予想に反し、妥協どころか選択の余地なく秒で断り踵を返し帰ろうとする少女にハイドは懇願の目で彼女を呼び止める。
すると少女は何か考えるように頰に手を置く。
少しの間考えてから彼女はハイドの方に向き直り、ニヤリと笑みを浮かべる。
ハイドは嫌な予感を覚える。
「いいわ、確かに恩もあるし。手伝ったげる。ただし条件」
瞬間、彼女の手のひら返しにハイドは嫌な悪寒に襲われる。条件とは???と苦笑いで首をかしげ答えを待つハイドに少女は欲剥き出しの答えを告げる。
「もしここのボスモンスターを倒したらその報酬、ちょうだい?」
「は?」
「いやいやいやいや、それじゃボスを倒す意味が…」とハイドはあからさまに動揺するが、その反応を見た少女は
「無理なら帰るわ、またね。いや、さよならか」
再び立ち去ろうとする少女を呼び止める。
「待て待て、分かったよ。それで手を打つ。ここのボスの報酬だろ」
正直、腑に落ちない部分は大きいと思ったハイド。
しかし、このダンジョンのクリアはハイドの祈願である。
それにそのためには自分のスタイルを破るという恥を晒してまでパーティメンバーを作るという暴挙を犯さなくはいけない。それらを踏まえて考えれば背に腹は変えられないと判断したハイドはその条件を呑もうと決める。
両手をあげる動作で仕方なく承諾の意を示すと、少女は満足げにフンと鼻を鳴らす。
「そ、分かればよろしい。それじゃ行きましょうか。あと、名前は見ればわかると思うけど、私の名前はバニラよ。よろしくねハイド」
「お、おう」
バニラという名前の少女は自分の頭上を指差し、そこにあるプレイヤーネームを示す。
交渉は成功したと言わんばかりに彼女は満足そうに腰に手を置く。
しかしバニラはこの時、ハイドの挑戦がいかに無謀か知っていた。
なぜならこのゲームのボスは少々特殊で、他の同種のゲームに比べて難易度が異常に高いので有名だった。
ここのボスである〈エンド・オブ・プリースト〉は始まりの街周辺のボスの中でもかなり強敵な方なのだ。
プレイヤーの中には〈還魂墓地〉の攻略を期に戦闘職を諦めて生産職になるか、他のダンジョンから攻略しようとするプレイヤーも数多い。
そもそもこのゲーム、〈ALF〉の敵は表示レベルと実力が比例してないというプレイヤーの声が後を絶たず実際、彼女もそう思っている。
彼女も以前、六人パーティーでこのダンジョンを攻略した際、何度も失敗したせいでメンバーの一人が脱退してしまったのだ。
その後なんとかクリアはしたものの、今回はそうはいかない。
人数は二人だけ、加えてタンクやサポーターもいない。それに何より
「ヒーラーもいないとなると、無理かなあ」
「何か言ったか?」
「え?な、なんでもないわよ。早く準備しなさいよ」
「俺らはもうできてるぞ」
「そ、そう。ちょ、ちょっと待って!すぐ終わるから」
「おう、いくらでも待つ」
内心では攻略は難しいだろうと思いつつパーティーに加わるバニラ。
メッセージに送られたフレンド申請とパーティ申請を受ける。
このゲームでは公に公開されているプレイヤー情報として確認できるのはギルドの所属とその下にある名前だけなのだ。
つまりバニラはハイドとブラッドのレベルを知らない。バニラがハイドの誘いを受けた理由はハイドがこの〈還魂墓地〉を攻略するという目的があるらしいという事。
つまりそれは彼らがこのダンジョンを熟知しており、ボスの撃破ができるだけの実力があると考えたからだった。
だからこそ彼女は彼の自信を買い、報酬の譲渡という条件で手を貸すと決めたのだ。
それにボスの撃破報酬というハイドにとって大きな代償に、あっさりとまではいかないが思った以上に早く承諾したので、バニラは先程の推測に手応えを得た。
そしてハイドはボス部屋を前に戦う準備をするバニラを待つ。
二、三分してそれが終わると、ハイドは五メートルほどの高さの大扉を開ける。
「絶対、今回で攻略するぞ?異論は認めない」
「異論は…正直ありまくりだけど。たった二人で攻略とか…二人とか…」とバニラはブツブツ不安を漏らしながら、二人はボス部屋に足を踏み入れる。
人の人生の堕落、頽落に魅力を感じるお年頃。
次回はもう一人の主人公?のお話です。もう少し先でタイトルに近づけると思います。長らくお待たせしてすいません。