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一度失ったものは戻らない

寒い。とにかく寒いんです。皆様はこの冬をどうお過ごしでしょうか?私は現在、この作品をPCで執筆をしているのですが、寒さで手が震えてまともに文字が打てないのが辛いです。暖房つけてるんですけど、老朽化のせいで風が部屋全体に回らないんです。やはりエアコンも消費財、諸行無常からは逃れられない様です。あ、すみません話長くて。楽しんでいただけたら幸いです。

 その場にいる誰もがその轟音の鳴り響いた場所を見た。

この場に突如として響いた何者かの咆哮とともに大きな鉄の大盾が猛進していく。

大盾の突撃は周りの空気さえも押しのけ、ミラをとり囲む男たちの方へと向かう。

その壁は空間を縮めるが如く重圧な衝撃波を纏ったまま二人に突撃した。

守護騎士用突進スキル〈ウォール・ストライク〉だ。

その猛突進を受けた二人はそのまま横に流れ、近くで先ほどまで談笑していたグループのテーブルと共に吹き飛ばされた。

「おい、なんなんだよ一体!」

「何が起こってんだこりゃあ」

吹き飛ばされた二人は気絶しているらしく倒れたまま動けずにいる。

するとその突撃した何者かが周囲に土煙を撒き散らせながら大声で告げた。

「ミラさん、逃げますよ!後からヤマトとケミコも来ますから!」

「馬鹿…ね、逃げたん…じゃ、なかった、の?」

「あのまま仲間置いて逃げるわけにはいかないでしょ!」

彼は徐々に晴れてゆく土煙の中からその姿を見せた。

それはかつてこのゲームのbeta版で冒険を共にし、最初にこのパーティーを作った男であり、重装備のプレートアーマーに腰に差した細身の大剣、金髪オールバックの守護戦士〈カートン〉だった。

だが以前とは見た目が少し変わっている。

シュリルが追いかけていた時にはわからなかったが、彼の体は傷だらけな上に装備も土まみれだ。

カートンは大盾を装備解除して収納すると、ミラを縛っていた縄を取り外して彼女を背に抱える。

「そう…そうだ、シュリル…ちゃんが」

「え、シュリル?いまシュリルさんて言いました?」

「え、ええ…」

そんなことを話している間に、さっきまで付近で倒れた二人を見ていた四人が戦闘態勢になった。

「おいおい、困るぜ」

「そりゃねえだろう、なあ?ザルド」

 どうやら自分を捕縛したリーダー格の男はザルドというらしい、そして隣にはあの魔法使いがいる。

その後ろで片手剣と盾を持った男と、拳に鉄のナックルをつけた口ひげのある拳闘士の男がニヤついている。

相対したカートンと四人の男たちは相対したまま硬直状態が始まる。

その時、ちらりとカートンがシュリルのいるケージの方を向く。

「おい、玄道!ムート!エストス!なにしてる、早く来い!」

ザルドが自分の仲間らしき男たちの名前を呼ぶと、遠くの方から掛け声が聞こえた。

このままでは不利なこの状況で敵の数が増え、ますます状況が悪化するのが目に見える。

すると前方にいた片手剣を持ったザルドの手下が前に進み出て、カートンの方へ走り寄ってきた。

カートンはミラを背負った状態のため、武器を使った戦闘はできない。

それを知って余裕ができたのか、その男が彼に切りかかる。

「死ねやああああ!!!」

まっすぐに切り込んできた男の剣に、カートンはその軌道を先読みしてターンして避ける。

流石に持ち前の運動神経のおかげか、その動作は滑らかで無駄がない。

自分の攻撃を避けられた男が前かがみになると、カートンはそこに追い打ちをかけるべく男の背中に右足で蹴りを入れる。

男はカートンの筋肉質な足から繰り出された蹴りの衝撃に体勢を崩し、一直線に倒れる。

「いでえ!」

「ほいっと!」

カートンはあたかもその相手が来るのを狙っていたかのようにその場に屈むと、倒れた男の腰あたりに紐で縛ってあった鍵を引きちぎる。

彼はその鍵をポイとシュリルの方へ放り投げた。

シュリルはそれをケージの中から両手で受け取ると、カートンが彼女にウィンクを送る。

逃げるよ、という口パクでのメッセージをシュリルに送る。

シュリルは急いで鍵を開けるべくケージの外に手を回すとその視線の横に自分の杖を含んだ二本の杖を持った男が見えた。

「馬鹿野郎!なにやってんだ、二人で囲め!」

ザルドが横にいた魔法使いと前に控える拳闘士に怒号を浴びせる。

その声に驚いた拳闘士と、やれやれという感じで横の大声に耳を抑える魔法使いが前に進み出る。

すると彼らの後ろの方から二人ほどの足音が聞こえる。

シュリルが鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリという音とともにケージを開けると、カートンが踵を返して逃げ出そうとする。

シュリルもすぐに外に出て逃げようとするが、どうしても自分の杖が気になったのかオドオドした様子でそれを見つめる。

彼女は迷った挙句、チラリとこちらを一瞥したカートンに声をかける。

「あ、あの…か、カートンさん!投げナイフとか、ありますか?」

一瞬驚いた顔になるカートンだったが、後ろから迫る拳闘士の飛び膝蹴りをステップで避けながら彼女に返答する。

「え⁉︎ああ、ある。あるよ!ほらっ」

これもまたポイっと優しく投げられた特に小振りな投げナイフを両手、ではなく片手でぎこちなく受け取るシュリル。

 そうこうしている間に横の魔法使いが小さな炎の球をカートンめがけて打ち込む。

炎属性魔術〈バーン・アタック〉だ。

彼でも流石にそれは対応しきれなかったようで、その攻撃を正面で受ける。

「うぐううぅぅあ!」

打ち込まれたその炎の衝撃を彼は全身で受け止め、なんとか両足が二歩分ほど後ろに移動したところで耐えた。

攻撃が当たった彼のプレートアーマーの中心には、いびつな円形の黒焦げたあとがくっきりと残った。

自分の攻撃にほとんどひるんだ様子のないカートンの反応に驚いたのか、魔法使いの男は呆然としてそれを見た。

しかしすぐに正気に戻った魔法使いはむしろ憤慨し、さらなる追撃をカートンに浴びせるべく詠唱を始める。

その時、彼の側頭部に向かって一直線に何かが飛んできたと思ったら、直後に男はその場に倒れこんだ。

シュリルが投げた投げナイフは見事に魔法使いの側頭部にヘッドショットしていた。

熟練度の低い投擲のおかげか、彼がすぐに消滅しないところからおそらく死んではいないだろうが、受けた致命的なダメージと気絶でしばらくは起き上がれないだろう。

「やったっ、やりましたよハイドさん!」

「お見事です。え?いまなんて…」

「行きますよ、カートンさん!」

「あ、はい」

カートンはシュリルが発した言葉の意味を吟味していたが、すぐに彼らの後ろに見張りをしていた男たちが現れたので先を急いだ。

その際、シュリルのウィンドウにメッセージが受信されたことを知らせる通知音が鳴ったが、彼女にとって今それどころではないので、拝読は後にした。

だがその送り主がハイドであろうことは確実だろうとわかっていた。

 一方それを見ていた片手剣持ちの男と拳闘士、そしてフードを被った盗賊風の男、〈ザルド〉は落ち着いていた。

それどころか彼はフードの下でニヤリと笑顔を浮かべた。

まるで自分だけが彼らの知らない秘密を隠し持っているかの様に。

するとザルドはさっきから自分の周囲に漂っていた霧の存在をより強く感じたらしく周囲を見回す。

まだ朝はやってこない。

だがなぜか彼の周りの霧だけがより高い濃度で白けづいていることがザルドに悪寒を感じさせた。

彼は過去の恐るべき記憶を思い出したのか、手がかすかに震えていることに気づいた。

「まずいな、霧が出ている。早くあいつらを始末しないと先に『奴』にこっちがやられるぞ」

彼は横にいる拳闘士の男に後ろで伸びいている魔法使いを回復させる様指示を出すと、いつもの冷静さを感じさせる無機質な顔に戻った。

そして、見張りをしていた〈玄道〉と呼ばれる僧侶姿の男がいたが、彼が見張りをしていた場所には白い十字が立っていた。

『死亡者:〈玄道〉 死因:プレイヤーによるスキル〈ウォール・ストライク〉 死亡時刻:am00:40:12』



ハイドは再び、動きを止めたブラッドがいるらしき場所に立っていた。

霧は最初に湖から見えた時よりも濃さを増していた。

今ではマップやウィンドウだけがはっきりと形を成している。

この世界にあるあらゆるオブジェクトやモンスターは霧の裏側に隠れている。

彼が立ち止まった場所にはまたしても死亡地点を示す白い墓標が立っていた。

「今度は誰が殺られたんだ?」

さっきのプレイヤーとは別のプレイヤーがこの場で殺されていた。

『死亡者:〈ケミコ〉 死因:プレイヤーによるスキル〈皮一重〉 死亡時刻:pm:11:53:31』

このプレイヤーが殺害されたのはヤマトよりも前らしい。

それに加えて今度はスキルによる死亡だ。

この皮一重というスキルがどのジョブに該当するのかハイドにはわかりそうにない。

だがその代わりに別の情報を知っていた。

彼はその情報と照らし合わせて、別の方法でこのプレイヤーを殺めたジョブを掴めそうな気がした。

なぜならここに来るまでに、奇妙な痕跡を発見する事に成功していたからだ。

その痕跡はヤマトが殺害された際にも確認できたものだが、ここにも残っていた。

二人を追い詰めたのはものの中に〈投げ針〉を使うことに特化したプレイヤーがいるということだ。

その証拠に、このプレイヤーの横には一本だけ鋼鉄製の針が落ちていた。

この戦闘スタイルを用いるジョブはそう多くない。

ハイドはこの使い手が〈拳闘士〉、あるいは〈盗賊〉だろうと予想した。

それはこのゲームの中では二つのジョブだけが、〈投げ針〉を用いて戦うことが多いと彼は知っていた。

もし仮に〈拳闘士〉がこの投げ針を戦闘で用いる際は、相手が遠距離系の攻撃手段を用いる場合が多い。

彼らは相手が〈魔法使い〉や〈僧侶〉なら、相手の詠唱中にこの〈投げ針〉を投げて妨害したりするのに使用するらしいことを彼は知っていた。

だが正直なところ〈拳闘士〉の戦闘スタイルとしてそれ以上に、相手の急所を直接突いて動きを止めるためにも使うことの方が多いのも事実だ。

そして〈拳闘士〉と〈盗賊〉での〈投げ針〉の使い方の違いは、針の先端に毒を付着させることができるかどうかだ。

そのパッシブスキルを習得できるのは〈盗賊〉のみだ。

あくまでも〈拳闘士〉は相手の弱点を突いた接近戦での戦闘が主軸なのだ。

彼はその違いを確認するべく死亡地点の付近に落ちていたその投げ針を注意深く拾うと、指の先でタップしてウィンドウを表示させた。

『Paralysis needle ー麻痺針ー』

それを見たハイドはヤマトや、ケミコに致命的なデバフを与えたプレイヤーが盗賊であることを理解した。

「初心者しか狩ってないくせに、結構レベル上げてるなこいつ」

この毒針系のスキルを習得するには最低でも13、4レベルは必要だということは彼がこのゲームをプレイしていて他のプレイヤーが話しているのを耳にしたことがあるからだった。

ハイドはより一層、この森が危険なものに感じた。

それはつまり、PK集団の中には13、4レベル以上のプレイヤーがいるということであり、ハイドと相対するだけの実力を持ったプレイヤーの存在を示唆するものだった。

さらに言えば、もしもこの犯人が噂に出てきたPK集団による仕業だとしたら、そのレベルのプレイヤーを持つパーティーでさえも話にあった〈謎のモンスター〉には全滅させられてしまうということになるのだ。

ハイドはますますシュリルの安否が心配になった。

殺された彼ら二人はどういうつながりを持っているのか。

それにそもそもの話、なぜこの〈ブラッド・ホーク〉らしきモンスターはハイドをこれらの場所に連れてきたのか。

〈後追いの森〉に関する謎は一層深まるばかりだ。

しばらくその考えにふけっていると、再びブラッドが飛び立ったので彼もその後をつけるべくその場を引き上げる。

彼はその際、念の為に自分の追随しているモンスターを見失った時のためにマップを開いておこうと思った。

するとマップの端で点と化していたシュリルのマークが、見える範囲にまで近づいていることに気づいた。

もしかすると、このままこのモンスターに追随していけば、シュリルにも会うことがあるかもしれないと彼は思った。

その考えに至った時、彼は一向に彼女のメッセージが帰ってくる様子のないことを懸念していた。

もしかしたら何事かあったのかもしれない。

元はと言えばここに彼女を連れてきたのは彼自身だったので、自発的に彼女が彼の元を離れたとは言え彼女自身の安否に彼が気を使うことは当然だろう。

このままこのモンスターの意図がわからなければ、これ以上追う必要がないのではないだろうか。

その考えに至るまでに彼はそれほど時間を要さなかったが、それでもやはりこのモンスターの正体が何より気になって仕方がなかった。

せめてこの霧さえ晴れてくれれば、そう願いつつその足を早めてしまうハイドだった。


シュリルとその仲間一向は、後ろから追ってくる〈ザルド〉とその仲間たちから姿をくらますべく逃げていた。

カートンはこの時、思いの外逃げるのに苦戦していた。

それもそのはず、今でこそミラは回復ポーションで傷を治したとは言え、彼女にポーションを飲ませている間にも後ろから魔法攻撃は続いていた。

カートンはその魔法攻撃を自分の大盾で防ぎつつ、シュリルがミラにポーションを飲ませていた。

それに加えてシュリルにはまだ、捕まった時に与えられた麻痺毒の後遺症が残っていたためか足取りがぎこちない。

今戦闘できるのは二人だけだ。

「シュリルさん、具合はどうですか?」

「まだ、上手く操作できなく、ごめんなさい…」

「状態回復用のポーションさえ持っていればよかったんですが、ちょうど今日〈ケミコ〉に買い出しを頼んでいたので手元にないんですよね」

「しょうがないわよ、あの子はまだ初心者なんだから。あ、シュリルちゃん!実はね、この前また新しい子が…」

「今はそんな状況じゃないですよ…」

「あはは、ごめん」

一方彼らPK集団は五人は確実にいる。

加えて倒しきれなかった魔法使いも時期に復活することを考えれば、形勢が危うくなるのは必至だ。

このままの状態でどれだけ逃げていられるか、考えると先が思いやられる。

そう思った矢先、彼らの視界に広がったのは白い霧だった。

彼らが進むに連れてその霧の濃度は瞬く間に濃く、より重圧的なものに変わっていく。

まるで視界が悪いこの状況がこの戦況でどう作用するのか。

幸か不幸かその霧のおかげで後ろからの追っ手による魔法攻撃はこなくなった。

少しでも遠くに逃げられなくては、そのことだけで彼の頭の中はいっぱいだった。

こんな状況の最中でもシュリルだけは明るかった。

なぜなら彼女はこのゲームで他のパーティーメンバーと再会できたことが嬉しくてたまらなかったからだ。

それは『ALF』のbeta版の際、自分がこのパーティーで〈僧侶〉として他のメンバーと戦っていた時の記憶が蘇ってくるような感覚を感じていたからだった。

「こんだけ濃い霧ならもう大丈夫じゃないの?」

「どうでしょう、そう簡単に逃げ切れるとは思いませんが」

「だろうなあ」

「くっ…⁉︎」

カートンの背後から突然、何か細い針のようなものが飛んできた。

その気配に気づいた彼は振り向きざまにそれを盾で受けた。

攻撃した相手はゆっくりと霧の中から歩を進め、着実に近づいていく。

「避けられたのはお前らの中でもあの〈盗賊〉くらいだったのになあ、残念だ」

「しつこいな、あんたも」

あの盗賊とはおそらく『ヤマト』のことだろうとカートンとミラは気づいた。

その正体は霧の中から現れた。

灰色のフード姿の男はいかにも悪漢という風に、口元には気味の悪いほど頰が緩んだ笑い方をしている。

「しつこい?ああそうとも、もちろんだ。何せこっちはそちらの盗賊に二人もやられたんだ。二人もらうのは当然だろ?」

「悪いな、うちのパーティーはお前らみたいな姑息なレベル上げはしてないんだ」

「ああ、そうとも。苦労した苦労した。まあそれも俺が直接手を下すまでだったけどな」

ザルドと呼ばれる男はふと横にある大木の蔦に手を触れると

「なあ?気づかないか?ギルド館で登録名を変えたとは言え、ここまで気付かれないのは流石に悲しいものだ」

彼は指で掴んだ蔦をゆっくりと下に伸ばしながら言った。

「確かにこの声、どこかで…」

カートンが訝しむと、彼は下に引いた蔦をパッと放すと、来ていたフードをゆっくりと取る。

そこには見覚えのある姿があった。

「なぜ、どうしてこんなことが…⁉︎」

「ギュラリ、何やってんのよあんた」

「え…⁉︎」

その場の全員が凍りついた。

なんとザルドと呼ばれていたそのプレイヤーの素顔は、かつて彼らと冒険を共にしたはずの戦士である〈ギュラリ〉だった。

以前よりげっそりとしたギュラリの顔に、皆が驚愕の色を隠せなかった。

「ミラさん、これはどういう…⁉︎」

「シュリルちゃんは今日会ったから知らないと思うけど、このゲームの開始時はギュラリも一緒にいたのよ。だけど二日目の夜中、いきなり私たちの元から消えちゃって行方知らずだったのよ。まさかこんなところで再開するとは思ってなかったけどね」

「その後、俺たち三人で何日も探してたんです。そして昨日の朝、ヤマトさんがこの〈後追いの森〉にギュラリさんらしきプレイヤーを見かけたっていう情報を掴んだんです。それで午後、新メンバーのケミコを含めて四人でギュラリさんを探しに来たんです」

「そんな、本当なんですか…?ギュラリさん」

「ああ、本当だとも。俺たちがカートンを見失った後、お前をスキルで探知した時は驚いたよ。beta時のパーティーメンバーが全員揃ったんだから、そりゃあ嬉しかったよ」

「なら、どうしてこんな事!」

シュリルはなんとも言えない悲しさで心が満たされた。

彼女がリアルで辛い思いを抱えていた時、そんな中でプレイしたこのメンバーでの〈ALF〉での冒険は、何物にも代えがたいほど熱く、これ以上ないほど大切な思い出を与えてくれる居場所だった。

〈ALF〉の製品版を購入した時も再び彼らと冒険できる事を願っていたし、それこそこの世界に〈魔女王の娘〉という奇怪な存在として設定され始まった際も、彼らのことで頭の中はいっぱいだった。

それがこんな再会を迎えてしまったことで、彼女には自分のいるべき場所がどういうものか分からなくなりそうだった。

「時間だ、お前ら。殺せ」

するとギュラリの背後から霧をぬるりとすり抜け、五人の男たちが姿を現した。

すぐに戦闘が始まるだろうと、カートンたちは武器を構えて臨戦態勢をとる。

「そうだそうだ、さっきの話に戻すけどなあ。ヤマトの分とお前の分で計三人だから、ちょうど三人分獲らせてもらうぜ!」

戦闘が始まるとすぐにカートンはシュリルを剣で制し、顔を少し彼女の方に向けて言った。

「下がって!援護、お願いできますか」

「は、はい!」

ギュラリがカートンの方に投げ針を投げると、それをカートンが盾で受ける。

それとほぼ同時に彼に切り込んできた斧持ちの戦士の一撃を、右手の細身の大剣で往なす。

体制を崩したその敵に大剣の一撃を浴びせると、すぐさま次の敵の攻撃を盾で受ける。

一方、ミラは相手の攻撃を紙一重でかわしつつ、振り向きざまに肘打ちを食らわせたり、身を後ろにのけぞって拳闘士の蹴りを避けてからスキルの〈赤弾拳〉で追撃する。

人数差的にはかなりアウェイな状況だ。

それでも二人はレベルに釣り合わないほどの技術でなんとか相手と攻防を繰り広げている。

シュリルの方はというと、その場であたふたしていた。

「どうしよ、何かしなきゃだよね。援護、援護…」

すると乱戦の奥で詠唱している魔法使いの姿が見えた。

彼女はその標的に向けて魔法使いの基本スキルである〈青い流弾〉を発動させた。

基本スキルなだけあって詠唱は早く、相手の詠唱が終わる前にその一撃は命中した。

「うぎっ⁉︎」

見事に顔面にクリーンヒットし、クリティカル判定になる。

どうやらレベル17のシュリルの方が相手より幾分レベルが高いらしく、HPの三割強を持っていった。

「あ、当たった…⁉︎」

攻撃を受けた魔法使いは後ろに倒れこんだが、すぐに起き上がると首を回して相手を探した。

男はシュリルを見つけると、キーッという風に怒りを露わにして詠唱し始めた。

おそらく狙いは自分自身だろうと察した彼女は攻撃に備えて近くにあった大木に身を隠す。

仲間に遠距離攻撃を当てさせないためお互いタゲを取りあう形になり、彼女は次に打つ魔法を考えた。

彼女はタゲを維持するため、あえて魔法を打たせるべくひょこっと顔を出すと案の定、火の玉が飛んできた。

「隠れてないで出てきやがれ女!」

顔を引っ込めそれを避けた彼女は大木に当てさせると、彼女は詠唱を始める。

「お願い、これでみんなを助けて!」

杖の上部についた水晶がアメジスト色の輝きを放つ。

それから五、六秒詠唱をしていると相手がこちらの様子を伺い始める。

詠唱を済ませたシュリルは顔を出すと杖を相手に向け、魔法を放った。

エクストラスキル『魔女王の娘』で得たスキル、〈魔女王の還魂術〉だ。

スキルの説明文には『〈還魂墓地〉に出現するモンスターを召喚し、支配権を得る』というものだったが使用はこれが初めてだったので具体的な効果はわからない。

シュリルは効果が出るまで少し待った。

するとカートンやミラ、ギュラリやPK集団たちの周囲に大きな地鳴りがした。

「カートン!何が起こってるの⁉︎」

「分かりません!な、なんなんだこの地鳴りは…」

地面がガツガツと揺れると、二人だけでなくギュラリや他の仲間も一瞬たじろぐ。

そして全員の周囲の地面から、土にまみれた人型の骨が這い出てきた。

次々と現れたそれは、全部で五体。

「なんだあ⁉︎こいつらは!」

「うわっ、やめろ、離せ!」

背後に出てきたことに気づかなかったギュラリの仲間の一人が後ろから首を掴まれ慌てふためく。

「うっ…」

その男は振り向きざまにその骸骨に太ももを切られてクリティカルダメージが入る。

「こいつら、スケルトンだ!」

「ひ…⁉︎」

攻撃されたことに驚いた彼らは一斉にスケルトンを倒すべく体制を整える。

「焦るな!ほら、大した強さじゃない。やっちまええ!」

「「おおおおお!!!」」

ギュラリがスケルトンの首を跳ねると、皆が勢いづいたようにスケルトンを処理する。

魔法使いの男も〈バーン・アタック〉をスケルトンに食らわせる。

「シュリルさん、大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫です!」

「あのスケルトン、さっき私の近くに出たけどこっちには攻撃してこないみたい」

二人はこの場にいるスケルトンがシュリルのスキルだとは気付くはずもなく、相手が戦う様子を不思議そうに見ていた。

それを好機と見たカートンは相手の一人に〈ウォール・ストライク〉をお見舞いする。

ミラもそれに続いて混戦に参加する。

しばらくするとギュラリたちもスケルトンをあっけなく倒してしまった。

敵は一人減ったが、その一人もカートンが倒したようなものなのでシュリルが期待したよりも敵は残っていた。

まだギュラリを合わせて五人いる。

再び戦況が悪化してしまったことにシュリルは落胆する。

「思ったより、強くなかった…?」

前方でカートンが相手と鍔迫り合いになっていたので、彼女もそれを援護しようと敵を探していると

「っ…⁉︎」

「やっと当たったか」

なんと、ギュラリが彼の側面から投げた〈投げ針〉が肩に刺さってしまった。

「この〈投げ針〉、鋼鉄製だから意外と結構高いんだよなあ。他の奴らの分も後でで回収させないと」

カートンが苦しげに相手の懐に蹴りを入れると、相手がニヤつきながら後ろに下がる。

ミラの相手の方も心に余裕ができたのか、攻撃の勢いをあげた。

彼女もカートンが長くは持たないことを悟ったのか、心配そうに彼に視線を送る。

カートンがこのまま戦い続けていれば、彼の体に麻痺毒が回っていくことは確実だ。

そうなれば彼らの戦況は絶望的だ、そのあとは想像するまでもない。

ちなみに以前にハイドがバニラと戦った際〈死亡して拠点に戻る〉という機能を使ったが、この機能は通常ウィンドウに表示されていない。

この機能が使えるのは『相手の攻撃によって部位破壊され、システムが戦闘続行不可』と判断した際という限定された状況下でしか使えない。

それに彼らには今、転移アイテムがないので転移して逃げることもできない。

そんな状況で戦いを長引かせることを杞憂したカートンは、二人に指示を出す。

「ミラ、シュリルさん!逃げてください!!」

「はあ?何言ってんのよあんた!」

「そんなこと、できませんっ!」

ギュラリというパーティーの前衛であり、司令塔的存在の彼が姿を眩ませてからはカートンがこのパーティーにおける彼の代理であったことはシュリル以外のメンバーの全員が理解していた。

カートンにはギュラリほどのカリスマ性はなく、戦闘技術も彼には及ばない。

加えて攻撃面での戦力も大きく削がれてしまった。

それでも守護騎士という防御特化型のポジションとして全員の戦況を把握し、一人一人に的確な指示を与える彼の技能はここしばらくの戦闘で鍛えられていた。

だからこそ最初はシュリルの様に反抗しそうになったミラも、今は彼の指示を受け入れるべきだと悟った。

そして彼が倒れたら、そのあとの戦闘が絶望的になることも。

「後からヤマトさんや、ケミコも来ます!そうすれば転移アイテムも使えるはずです。俺はここで足止めしてから向かいますから」

「…」

「いくわよ、シュリルちゃん」

「え?」

踵を返したミラがシュリルの手を引くと、流されるままに連れていかれる。

それを確認したカートンは敵の攻撃を左手に持つ大盾で正面から受ける。

その攻撃を正面に押し返すと、今度は右から来た敵の攻撃を横に流す。

シュリルはそんな彼の後ろ姿が遠のくのをただ見ていることしかできない。

ある程度離れ、戦線から彼らの姿が見えなくなるとシュリルがミラを見つめて言った。

「ミラさん、離してください!」

「ダメよ!カートンの犠牲を無駄にするの?大丈夫、後からみんなで助けに行くから」

「嫌です!せっかく、せっかくみんなと会えたのに…」

「シュリルちゃん…」

ミラがシュリルを引く手の強さを少し緩めた。

彼女にもシュリルの気持ちがわからない訳では決してない。

それでも先ほど自分が彼に助けてもらったように、今は一旦引くしかないのだ。

ミラは顔を渋らせながらシュリルを見つめ返す。

そんな事情を理解してかシュリルも涙目でミラを見つめると

「こんな辛いことってないです。リアルでも私は暗くて、そのせいで学校ではイジメられて。でも、以前みんなと一緒に冒険してた時、ここでなら私は本当の自分で居られる様な気がしたんです。ミラさんやヤマトさん、カートンさんにギュラリさん。でもみんながいるこの場所でだけは、自分が必要とされてると思えたんです。以前このゲームをプレイしていた時に全員で〈還魂墓地〉のボスを倒した後、私思ったんです。お母さんを失った辛さも、本当はお母さんが居なきゃダメなお父さんとも、いつかは絶対向き合わなきゃダメなんだって。一歩踏み出さなきゃって。でも結局は何もできなくて、寂しくて…でも、でも!」

シュリルはそこまで言って泣き出してしまった。

ミラはそんな彼女を胸に抱いた。

「そっか、ごめんね。みんなバラバラにしちゃって。私がもっとしっかりしてれば、今頃みんなで楽しく冒険できたんだろうけど」

ミラはいつの間にかシュリルを掴んでいた手を離していた。

いつの間にか霧の濃さは増し、見えるのはお互いの姿だけだ。

沈黙した二人の耳に届くのは、遠くで剣のぶつかり合う不規則な音だけだ。

その音に耳を澄ませるミラの姿を見たシュリルは気持ちが落ち着いたのか、裾で涙を拭い半分隠れた自分の手を見ると

「いえ、ミラさんのせいじゃないです。でも、こんな時だからこそ私、逃げたくないのかも。もうこれ以上大切な人を失いたくないんです。嫌なんです。何もできない自分が。私ってわがままですよね。だけど…」

「…」

ミラは物憂げに握り占めた自身の手を見つめるシュリルの答えを待っている。

しばらくすると、シュリルはミラの目を真っ直ぐに見つめ返して言った。

「戻って、助けに行きませんか?」

「…はあ。わかったわ、もう少しであいつらもくるだろうし。メッセージだけ今送っておくわね」

「はい!」

ミラは自分のウィンドウを表示させると、今こちらへ向かっているはずのヤマトとケミコに今の状況と、自分たちがカートンを助けに戻る旨を伝えた。

当然、彼らはその行動に反対した。

しかしミラの時間をかけた丁寧な説得によって、彼らも最終的には彼女の勢いに押されたのか許可された。

誇らしげに満足げな顔を浮かべたミラはシュリルに向き直ると

「いいってよ。もうすぐ着くらしいし。行きましょうか、シュリルちゃん」

「はい、助けますっ!」

にこりと笑うシュリルの表情にミラは一瞬、頰が緩んでしまったがすぐに真剣な顔に戻ると

「ただし、私の後ろから離れないこと!わかった?」

「は、はい!」

「よし!気合い入れていくわよ!」

「おーっ!」

ミラは片手を掲げると、彼女もそれに合わせて手をあげる。

シュリルはいつのまにか笑顔になると、濃い霧の中でも自然と自分の周囲の道が見える気がした。

そして二人はカートンを救出するべく、先ほど来た道を辿って歩いていった。


やっぱり家でぬくぬくとコーヒーを飲みながらダラけて執筆するのは最高ですね。え?別に執筆だけが最高じゃないって?ええその通りです、結局ダラけられれば何をしても最高なんです。ダラけられれば!ただ、注意すべきなのはこの快適さです。お気をつけて、『睡魔』という名の悪魔はこんな時こそ背後に忍び寄るのです。ほら、今にもあなたの後ろに近づいt…zzz(察し)

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