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プロローグ:ハイド

ライトノベルを書くのは初めてですがよろしくお願いします。

小説としてまだまだ至らない部分も多いですが読んでいただければ幸いです。

 なぜこんな場所に来てしまったのだろうか。

青年は隣にいる自分の相棒であり使役モンスターでもある〈ブラッド〉に目を向けながらそう思った。

 青苔の生えた石造りの壁や床から漂う埃、湿気が充満する濃密な空気がその場所の歴史を物語る。

長方形を切り出したかのような部屋には、周囲一帯を照らすほどの無数の松明が壁に配置されている。

明かりの色は一般的な炎の色をしているはずだが、一つ一つが左右にゆらゆらと揺れているせいか、それぞれの炎が意思を持っているようだ。

空間の広さはだいたい学校にある典型的な体育館ほどだった。

だが実際は壁の一部が崩れているせいで、本来の広さを保ててはいない事が全体の景観から伺える。

そして何よりこの部屋に漂う不気味な雰囲気は、肺を満たす空気をより重いものへと変えるには十分に感じられた。

 この部屋では何者かの戦闘が行われているらしく、何やら金属と金属が激しくぶつかり合うような音が響いている。

それを裏付けるように複数の戦士たちが剣を片手に持ち、今もそれぞれが互いの生存をかけて一進一退の攻防を繰り広げていた。

彼らの中央で分断された二つの陣営は、端から見ればなんとも異様な光景に映るだろう。

というのも彼らの戦力には大きな偏りがあるらしく、見たところその数の差は五対一というなんとも不均衡な組み合わせだった。

そのため誰が見てもこの戦況は一方的で、明らかに数が多いほうがその場を制するとしか考えざる負えない状況だ。

すぐにでも片方の陣営が勝利の旗を掲げそうなほどの戦力差に思われたが、意外にもその予想に反して戦闘は継続されていた。

そんな戦場で一人、剣を片手に戦う青年の姿があった。

彼が目を向ける先には、見るものに明らかな違和感を与えるほど異様なものが写っていた。

それらの姿を一目見れば誰もが悪寒を感じずにはいられないだろう。

それもそのはず。

青年と相対する彼らの容姿は生身の人間ではなかったからだ。

いくらか武装したその身体には人体を動かすために必要な肉体と呼べるものがなかった。

簡単に言えば、足の先から頭頂部にかけての各パーツが全て骨で構成された人型のモンスターだった。

彼らの姿にもし既視感と呼べるものがあるとしたら、それはRPGゲーム等の中で登場するような〈スケルトン〉と呼ばれるものがまさにそれに該当した。

スケルトンたちはまるで呼吸でもしているかのように体の中心から規則的な揺れを生じさせていた。

また彼らの頭上には名前らしきものが浮かんでいるらしく、文字が彼ら自身の動きに合わせて随伴していた。

そこにはみなが一様にしてその個体名や強さを示すように、〈ガーディアン・オブ・スケルトン:レベル13〉と記されていた。

 全体的にほっそりとしたその手には、それぞれの攻撃手段であろう武器が握られている。

中でも五体いるうち四体のスケルトンの手には、1メートルほどの長さを有したロングソードが握られていた。

手入れはほとんどされておらず、長い年月を経たせいか全体的にさび付いている。

その錆びついた剣には見えない魔力でも込められているかのように禍々しさが感じらた。

そして中でも強いオーラを周囲に放出している残りのスケルトンだが、他の四体とは見た目からして大きく異なる。

 まず高さが五メートル近くある背丈に加え、体にはこれまたRPGゲームに登場する〈ソーサラー〉のような濃い紫色のローブを纏っていた。

ソーサラーの手にはいかにも魔法使いが手に持っているような大杖が握られ、上方には濃い紫色の球体が取り付けられている。

その宝石のような球体は暗く澱んでいるが時折見せる発光は、さながら月光に照らされた水晶のような蠱惑さを感じさせた。

さらにソーサラーは他の四体にはない王冠を被っており、多くの宝石が散りばめられたその象徴的な装飾から察すると彼らの中で最も権威のある存在に見える。

ソーサラーのそんな荘厳ささえ感じさせる姿は、この部屋の寒々とした雰囲気と相まって妙な調和を生んでいるように見える。

ダンジョンに潜む異形の魔術師、そんな言葉が合いそうな姿態だった。

この個体にも先ほどのスケルトンたちと同様、頭上にはモンスターの個体名とレベルが記されており、書いてある文字を見ると〈エンド・オブ・ソーサラー:レベル15〉と書かれている。

他のスケルトンと比べるとレベルが少しばかり高い事から、自身が彼らの首領的存在だということを示しているかのようだった。 

 そんな圧倒的なオーラを感じさせる彼らに対して刃を向けるもう一つの陣営には、青年が一人立っていた。

もはや陣営とは言えないほど人数的に不利な局面で戦う青年の横には、横に並ぶような形で一匹の大きな鷹が浮遊している。

長い時間の経過で血液が凝り固まったような翼を持ったその鷹の姿は、青年と並ぶようにして相手を鋭い眼光で睨みつけているようだ。

青年もまた同じくらい鋭い目つきをしているため、二つの並ぶ姿からはなんとなく統一感が感じられる。

そんな彼らにもまたスケルトンたちと同じく名前が記載されていた。

大きな鷹の方にはその個体名を示すかのように〈ブラッド・ホーク〉と記され、隣にいる青年には〈ハイド〉という名前が記されていた。

だが青年の場合、この状況の流れなら個体名というよりプレイヤーネームと言った方がいいかもしれない。

ちなみに彼と〈ブラッド・ホーク〉にはレベルらしきものは表示されていなかった。

〈ハイド〉は十代後半のような見た目をしていて、髪は全体的に黒いが毛先あたりに向かって徐々に色が白くなっていた。

そのコントラストはまるでチェスの盤を思わせた。

身体は長身痩躯ではあるが意外に筋肉は引き締まっているらしく、その気丈とも言える佇まいは冷静さを感じさせた。

だがハイドの服装を見てみると、彼自身と相対するスケルトンたちとは違った意味で異質に見えた。

革のベストの下に黒のワイシャツ、その下には薄手のチェインメイルを着込んでいるらしく首筋付近には網目のある金属質なものが見えた。

下は黒のズボンにブラウンの革靴という一見してバーの店主のようにも見える格好なのだが、見た目は若く見えるので少し奇妙な組み合わせだと感じられなくもない。

そのためハイドの見た目は戦闘を行なう兵士の相貌とはあまりにかけ離れていた。

だがそんな彼の手には、短剣と思しき武器がしっかりと握られ戦闘の険しさを感じさせる若干吊り上がった目はまるで獲物を捕らえる寸前の肉食動物の様だ。

鷹と青年、二つの鋭い眼光が向かう先にあるスケルトンの顔には色がなかった。

そのぽっかりと空いた眼窩からは不気味なほどの無機質さを淡々と伝えている。

彼らの混沌とした戦場に変化があったのは、それから少し間を置いた後だった。

 突如、スケルトン陣営の前衛にいた〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉の一体が進み出てきた。

スケルトンは体の上体をゆっくり落とすと、剣を持つ手を一気に引くと空気を歯の間から吐き出すような音を出した。

「シイイイィィッッ」

肉体のない彼らの声は一体どこから発せられているのだろうか、とハイドはこの時思った。

途端にスケルトンの発する威圧感は高まりを見せ、ハイドは自身の握る短剣に自然と力が増すのを感じた。

スケルトンはそのまま剣先の狙いを相手に定めると、迷いを感じさせない動きで突進を繰り出した。

向けられた剣の矛先にいたのはハイドだった。

対してハイドは眼前に迫るスケルトンの攻撃を事前に察知していたかのように、すでに両手持ちに切り替えた短剣を正面に構える。

その際、ハイドは手に持つ短剣を縦向きにすると右手を軸に、左手を短剣の背に添えた。

彼は正面から来た一撃に対して短剣を少し外側に傾けながら受けた。

すると短剣の刃に当たったロングソードがギリリという金属の軋る音を響かせる。

相手のスケルトンは攻撃が逸れる格好で後ろにある空間へと吸い込まれるように流れた。

ハイドはその衝撃を受け流すように剣を後方へ弾くと、そのままスケルトンは体ごと前のめりに倒れ込んだ。

彼は倒れたスケルトンへ振り返ると、ふんと鼻を鳴らしてから吼えるような声を発した。

「ブラッド!!!後は任せた、俺はこっちの相手をする」

「ピイィィィッ!!」

ハイドは自身の横にいる〈ブラッド・ホーク〉であろう鷹に目配せしつつ前方に進み出た。

彼の命令とも取れる言葉に反応を示すように、鷹は甲高い獰猛な鳴き声を上げた。

直後に自身の血に染まったような赤黒い羽を大きく伸ばして飛び立つと、高度を得るためかある程度飛行してから内壁付近で旋回した。

ブラッドは飛行した状態から力強い羽をもう一度大きく広げ直し、天井付近にめがけて急上昇した。

その見た目は一般的な大きさの鷹に比べると一回り大きく、血に染まったような赤黒い羽に加えて磨いた黒曜石のように黒光りした鋭利な鉤爪とくちばしを持っている。

そんな威圧感さえ感じさせるブラッドはフィールドの天井すれすれまで一気に飛行したと思うと、驚くべきスピードで急降下を始めた。

降下の勢いは止まらず、むしろその速度を早めていく。

その様子はまるで隕石が落ちるが如く加速していき、同時に周囲にトパーズのような黄色の輝きが生じ始める。

加速に乗じてさらにその色彩が高まると、ブラッドの周囲に螺旋状のエフェクトが加わり始めた。

灰色のキャンパスに絵の具を使って筆で殴り書きするかのような軌道を描く様は痛快さを感じさせた。

この芸術的とも言える技をハイドは知っていた。

〈ビーク・スラッシュ〉という名のブラッドが持つ固有の攻撃スキルだった。

するとハイドの後ろで倒れたスケルトンの隙をカバーする様に、彼の前へもう一体が素早く前に飛び出してきた。

注意を完全にハイドに向けているスケルトンは今にも斬りかかりそうな気迫でジリジリと近づいてくる。

その間に先ほどハイドに攻撃を逸らされ、倒れていた方のスケルトンが起き上がると背後からゆっくりとハイドに攻撃を仕掛けようとしていた。

背後のスケルトンは自分の姿がハイドから死角になっていると思ったのかロングソードを両手持ちに持ち替えると、

ほとんど音を立てずにハイドの背面に近づいた。

挟み撃ちのような形になったハイド。

睨み合いの末、ついに後ろにいたスケルトンが大きな挙動で斜めに斬りかかってきた。

それを予期していた出来事かの様にハイドは器用に顔の半分だけニヤリと笑みを浮かべた。

すると同時にその場に居たはずのスケルトンはいきなり姿を消した。

そう思ったのも束の間、ドゴッという中空になった木材を思い切り蹴り飛ばしたかの様な豪快かつ子気味いい音が遅れて聞こえてきた。

当のスケルトンは身の丈ほどの鉄球が横から突撃してきたかのように体をくの字にしたまま水平に吹き飛んでいった。

先ほどの衝撃音はブラッドによる空気抵抗すら感じさせない強力な攻撃によってスケルトンの体ごと吹き飛ばされた際に発した音だったのだ。

直後にスケルトンの体は空中で激しい輝きの軌道と共に肋骨のあたりから四散した。

ブラッドの飛行した軌道には黄色に輝く粒子の線が残っていた。

周囲に舞い上がった骨片が音を立てて地面に落ちると、粒子の軌道もうっすらと消え入るように薄くなった。

敵を撃破したブラッドが先ほどまでスケルトンが立っていた場所にゆっくり羽を下ろすと、ハイドの方を向いた。

ブラッドのそのいでたちは石像を思わせるほど落ち着いていたが、同時に活力に満ちていた。

その視線の先にはすでにもう一体のスケルトンを倒し終え息をついたハイドの姿があった。

「よくやった。こっちも何とか片付いたよ。まあ、本来テイマー自身が戦うのはかなりリスキーなんだけど。仕方ない」

ハイドはため息とも安堵とも取れるような息を軽く吐き、自分の顔を手の平で仰いだ。

そろそろこの戦闘にも慣れていいはずなんだが、とハイドは思った。

よほど緊張したのか額にかいた大粒の冷や汗が顔の表面を流れるように滴っていく。

そんなハイドの様子は先ほどの戦闘が自分にとっていかに危険だったのかを如実に表していた。

 ブラッド(ブラッド・ホーク)という名の鷹を使役しているハイドはこの世界における調教師、いわゆる〈テイマー〉という職種だった。

ハイドにとって〈テイマー〉とはよほど切迫した戦闘でない限り自分自身が敵と一対一で殴り合うという状況はまずない、はずだった。

その理由は当然、使役されたモンスターが主人の代わりに敵との戦闘を代行するからだ。

具体的に言えば基本的に敵との戦闘はモンスターが戦闘を担当、主人であるテイマーが離れた場所で全体の戦況を把握したりモンスターに指示を出すという戦闘スタイルが定石だ。

だがもちろん例外はある。

モンスターの大きさや攻撃方法等によっても異なるが、例えばテイマーが使役するモンスターが竜種や大蛇などの大型モンスターであれば、テイマー自身が背に乗ることで戦闘時の安全を確保する場合もある。

あるいは使役されたモンスターの攻撃の射程や戦闘手段によっても方法は変わる。

例えば獣種の装備した武器による攻撃は自身との距離を保ちやすいが、魚類や鳥類による水中戦や空中戦などは必ずしもテイマーが使役モンスターとの距離を安定して維持することは難しい。

その考えに従うと、ブラッドの場合は後者にあたるため徹底した敵との距離感が重要になる。

だがテイマー自身が使役モンスターに騎乗できず相手との距離感に注意するという対策以外で、周囲の安全を確保する方法はもう一つある。

その答えはいたってシンプルだ。

『仲間に任せればいいのだ』

テイマーという職種は本来、自分の使役モンスターの種族や強さに戦闘を依存されやすいという性質上、前線向きではない。

そのことを踏まえても本来、テイマーのみならずあらゆる戦闘職にその常識が通ずることに間違いはなかった。

自身の命が掛かっているという状況では、なおさら承知の上だろう。

ハイド自身もそう思っている。

しかしハイドにとってこういう、言ってしまえば無鉄砲とも言える「ソロプレイ」は日常茶飯事だった。

それはなぜか。

答えはこれまたシンプルではあったが、その答えはそれゆえにハイドにとっては残酷とも言える現実でもあった。

実はハイドに現在、悲しいことに仲間は一人もいない。

さらに言えば、この戦闘が始まる前のあらゆる場所においてハイドはずっと一人だった。

それはこの戦場における陣営の人数差を見ても明らかだった。

そんな孤独極まりない状況を前にしても、ハイドは一人戦い続けた。

長い時間をソロでこなしてきたため、ハイド自身もこの苦境に慣れ始めていた。

それはハイドにとって相棒でもある使役モンスターの〈ブラッド〉がいたからだった。

彼はブラッドをテイムしたその日から、お互いの信頼を深めてきた。

だからこの苦境にも耐えられる、少なくともハイドは思っている。

そのおかげかハイドはソロプレイヤーとしての実力を確実に上げていった。

 本来ならば戦闘が想定される危険な場所には仲間を連れて探索することが常識とされるこの世界で、仲間を一人として連れていない彼は戦うための技術を得た。

それは戦場に必要な仕事を全てにおいて自身でこなすという形で培われた。

例えば危険地域における敵の索敵および自身やブラッドの回復、そして戦闘。

ハイドはほとんどの役職を一人でこなしてきた。

その証拠にハイドはこの戦場で未だ倒れていない。

ソロプレイに完全に適応したとは言えないものの、彼は危なげながらここまで生き延びてきた一人のサバイバーなのだ。

そのためハイドは先ほどの戦闘もある程度の危険を承知の上で戦っていた。

そしてそれはこれからも変わらないだろう。

サバイバーとして鍛えてきたゆえに培われた能力なのか、ハイドはこの過酷な状況で感じていた疲労をいつの間にか忘れていた。

「気を付けろ、スケルトン二体とエリアボスがまだ残ってる」

ハイドにとってここまでの戦闘は前哨戦に過ぎないのだろう。

それは敵も同じようで,仲間を二体失った彼らに狼狽した様子は微塵も感じられなかった。

ハイドはここがボスエリアの真っただ中だということを改めて実感させられた。

ここからが本番だな、そう小さく呟くと苦笑を浮かべた。

ハイドにとってはこの場所で最も強敵であろう〈エンド・オブ・ソーサラー〉、加えてその取り巻きである〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉たちと戦うのは今回が初めてだった。

「ピィ…」

ハイドの足元に立つブラッドが小さく鳴いた。

「大丈夫、きっと勝てるさ。だってまだ俺らの冒険はこれからだろ」

ハイドは敵から目を背けずに言った。

主人を心配しているのか、ブラッドは時折こちらに目を向けているようだ。

倒せる見込みは今のところ薄そうだな、と思いながらハイドはブラッドの羽を軽く撫でた。

相手との戦闘が膠着している少しの間、ハイドは瞬きを挟んだ。

下を向くと水滴になった冷や汗が額から下に向かってゆっくりと滴り落ちていく。

大きく一呼吸置いてから、目線を敵全体へ向ける。

ハイドは敵の動きを見る半ば、ブラッドのことが気になっていた。

現在のハイドは体力的にまだしばらくは戦える余裕があったが、自分の使役モンスターであるブラッドについてはそうとも言えなかった。

敵から迂闊に目を離すわけにもいかず、ブラッドの状態を看ることができない。

どうしたものかと迷っていた時だった。

ハイドは相手の一挙一動を見逃すつもりはなかったが無意識に意識が逸れて、相手に思わぬ隙を与えた。

ソーサラーの腕が素早く動くと同時に、その手に持っていた杖の上部にある宝石がアメジスト色に強く光った。

何かがくる。

そう感じたハイドはいち早く戦闘態勢に入ろうと短剣を構える。

敵の名前と容姿からしておそらく魔法使いであろうと思った。

ハイドはブラッドへの心残りを残したまま、戦わざる終えなかった。

そうこうしているうちにさっそくソーサラーの魔法攻撃の予備動作を視認したハイドは、備えるべく鷹に告げる。

「攻撃くるぞっ!!!ブラッド、回避バフ頼む!」

「ピイイィッ!!!」

 ハイドの命令を聞いたブラッドはすぐさま羽を広げ飛び立つと、大きな鳴き声をあげた。

ブラッドは飛んだままハイドに近づき、彼の周りを一周ぐるりと旋回した。

すると、鮮やかなコバルトブルーのエフェクトが彼にかかる。

さっそくブラッドの回避スキル〈慧眼の見切り術〉がハイドに適応された。

ハイドの周囲には色のついたそよ風が流れている。

効果が付与されてからほとんど間も無く、ソーサラーの握る大杖がハイドに向けられた。

敵の視線はハイドに向かって伸びている。

直後、赤く発光し続けたその宝石から凝縮されたであろう光の流れが一直線に解き放たれた。

おそらく〈エンド・オブ・ソーサラー〉の攻撃スキルの一つなのだろうが、ハイドはそれを確認する術を持っていなかった。

なぜならハイドは〈索敵〉というスキルの一つである〈解名〉を習得していない。

〈解明〉は相手が一度使用したスキルの情報を確率で得られるというものだった。

まっすぐ飛んできたレーザーのような攻撃をブラッドホークは上方へ、ハイドはすぐさま右方向に回転して避ける。

二十メートル以上の距離を一瞬で詰めたその光線の破壊力は凄まじいものだった。

現にハイドが立っていたはずの床は抉れ、後には砕けた石の破片を残した。

そんな強力な攻撃を彼は初めて視認し一瞬とはいえ我を忘れてしまった。

ようやく正気に戻るとハイドは急いで気を引き締めた。

油断してたら隙を見せたときに何度も食らってしまうだろうな、と内心怯えながらも態勢を整える。

だが、同時にあれだけの攻撃ならばスキル後のインターバルも十分にあるはずだ。

そう考えたハイドはそのスキルの硬直時間を調べるため、何度かその攻撃を誘発した。

「約10秒ってとこか」

 ソーサラーの攻撃を見切りつつそう呟くと、ハイドは謎のレーザー攻撃に慣れてきたのか両手を膝についた。

ふうっと一息ついてから汗を拭った。

ハイドは気を鎮めると前方でソーサラーを守護しているかのように立つ二体のスケルトンに狙いを定めた。

ハイドは二体のうち一体だけなら既存の作戦で仕留められると思った。

先ほどソーサラーの攻撃を受けながらハイドはこの状況での次の一手を考えていた。

その際にブラッドをある程度は回復させることができた。

そんな彼が考えていた作戦は急ごしらえのためか単純なものだった。

自身が一体のスケルトンに攻撃を仕掛け、鍔迫り合いに持ち込む。

あるいはその攻撃を防御された場合、彼の持っているスキルでスタンさせ、その間にブラッドが攻撃を仕掛けるという方法だった。

この方法なら確実に倒せずとも、ある程度はダメージを稼げるとハイドは経験から学んでいた。

そして彼の作戦を実行するには一つ問題があった。

それはもし彼ら二体がソーサラーを守護する役割も担っているなら一体のみを引き付ける必要があるということだ。ハイドがはブラッドの方に目線を送った。

するとブラッドも彼を見てくちばしを上に少し傾けた。

ハイドはふっと笑みをこぼすとすぐに駆け出す。

彼は二体のスケルトンの前を横切り回り込もうとした。

さっそく予想通り前方のスケルトンはハイドの方に近づく。

二体が距離を詰めようとした途端、一体の後ろにいたスケルトンにブラッドが空中から鉤爪を使って攻撃した。

そうして彼の狙い通り手前のスケルトンのみが彼の前に立ちはだかった。

彼は作戦通り短剣で攻撃を仕掛けた。

ハイドが軽く攻撃の予備動作を見せるとスケルトンは両手持ちだったロングソードを縦に構えると防御態勢をとった。

その動作を確認した彼は短剣を引き戻し、短剣を逆手持ちにした。

「食らえ!!!〈セーフティ・ブレイク〉」

ハイドが短剣を横からスケルトンのロングソード、その腹部分に当たると剣先が黄緑色に光り衝撃波がスケルトンに伝わる。

ハイドにとって本来このスキルは盾崩し用のスキルだが、目の前のスケルトンに盾はなかったので武器の上から使った。

武器でのガードの方が防御できる面積が不安定になるため案の定、衝撃を受けたスケルトンは大きく仰け反ったまま硬直した。

「今だブラッドォォーーー!!!やれっ!!!」

「ピイィィィ!!!」

もう一体のスケルトンのタゲを取っていたブラッドがスケルトンの攻撃を避けながら、上方に飛び上がる。

すぐさま急降下したブラッドにさきほどと同じ黄色の輝きに焦げ茶色の螺旋が加わり始める。

〈ビーク・スラッシュ〉でハイドの抑えているスケルトンに攻撃するつもりだ。

ハイドの視界の端にふとあるものが写った。

どうやら少し前にディレイの解けたソーサラーが詠唱をしているらしく、杖の宝石が弱いながらも光っている。

先ほどのレーザー攻撃の詠唱時間から、ハイドはその詠唱が十秒ほどあることを知っていた……はずだった。

 その時、眼前の奥で〈スケルトン・ソーサラー〉の持つ大杖が白く光った。

その直後、ハイドの目の前にいる〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉の足元に何か黒い粒のようなものが見えた。

その黒い粒子は地面から湧き出るようにどんどん増加していく。

ある程度の量になると一気に風に流されるように流れると、円状に回転し始めた。

その黒く不吉な風の流れはハイドに死の予感を呼び起こさせた。

中心に黒い粒子が凝縮されたかと思うと、瞬く間に形を持った奔流として上方に突き出した。

まさに一瞬だった。

人一人などゆうに飲み込まれてしまいそうなその本流は炎のように上り、その高さは天井に迫るほどだった。

ハイドは生命の危機を感じると、体の硬直が解けそうなスケルトンがガクガクとゆっくりと動き出した。

彼はスケルトンを置いて距離を取るべく後ろに飛んだ。

そしてハイドは一瞬息が止まった。

ブラッドがこの後〈ビーク・スラッシュ〉で自分の前にいたスケルトンに攻撃する手はずだったことを思い出したのだ。

スケルトンに突撃しようとしていたブラッドは瞬く間にその奔流に巻き込まれた。

「ブラッドォーーーーーー!!!」

流れに飲まれたブラッドの影は黒く濁ったトパーズ色の軌跡と共に上に流れて消えた。

ブラッドが消えて一秒ほど経ってから漆黒の奔流は小さな粒子となり拡散した。

残されたのは数枚の赤黒いブラッドの羽だけがハイドの頭上を舞った。

その色はあたかもブラッドの流した血の色を表すかのように、ハイドの眼前に散った。

「なんなんだよ、このスキルは…」

通常の詠唱から考えても、発動までが早すぎる。

ハイドの脳裏に〈エンド・オブ・ソーサラー〉の持つ大杖が白く発光した様子が映し出された。

もしかしたら、あれは詠唱自体を短縮するようなスキルの一種だったのかもしれない、と思った。

一人その場に残されたハイドはただ呆然と立ち尽くした。

目の前で起こっている状況を受け入られずにただ絶望するのみだった。

そして突然、彼の背中に衝撃が走った。

ドスッという鈍い音が聞こえた。

その音を聞いたハイドは下を向き、その物体を確認する。

それは一振り剣の剣先だった。

いつの間にか後ろにいた〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉の持つ、錆びついたロングソードがハイドの背中を貫き、胸から突き出している。

「がはっっ!?」

口に残っていた空気が残らず吐き出されると同時に、何か自分の中にあった大事なものが失われたような感覚に襲われる。

オレンジ色の粒子が傷口から流れ、同時に自分の体も粒子になっていく。

ハイドの目の前が徐々に暗くなり、ついに暗転した。

俺にはまだ早かったのかもしれない。

いや、そもそもあんなスキルを持ってる相手に本当に勝てるのだろうか。

それがハイドの脳裏をよぎった最後の言葉だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【GAME OVER】


 モニター中央に大きく表示されたのは死亡通知の文字だった。

彼を迎えたのはキャラクターが力尽きたことを告げるための、低いうなり声を思わせるBGMだった。

先ほどまでの彼らの戦闘はゲームの世界で起こったことだった。

その証拠にロードを挟んでいる間、暗転した画面中央にうっすらと映るのは先ほどの死闘を繰り広げた〈ハイド〉によく似た青年だった。

その画面を見た青年は口を半開きにしたまま、依然として自分に起きた事実を受け入れられずにいる。

画面の中のキャラクターと現実の青年の容姿に大きく変わったところはないが、強いて言えば目の下に大きなクマができているところだろうか。

青年はまだ状況がうまく飲み込めないのか、第一声を発するにはしばらくの程度の時間を要した。

「そんな…嘘だろ。あんなのありかよ」

不条理なまでに叩き潰された青年の心に残ったのは、失望だった。

青年はこの見るも無残な結果に思った。

一言だけ言わせてほしい、『幾ら何でも無理ゲーすぎだろう』と。

しかし同時に、彼の中である想いが湧き出した。

それは言葉で表現するのなら「熱意」、「情熱」あるいは「愛」。

あそこまで無理ゲーを見せつけられたにも関わらず、彼のゲームに対する愛はなおも健在だった。

 まもなくしてロードが終わるとさっきのキャラクターは教会のような場所にある、石作りの祠の前に立っていた。

青年はマウスを操作して、表示された画面からウィンドウを開く。

そこには先ほどのキャラクターの名前〈ハイド〉と書かれたキャラクターの職業やスキル、各種ステータスが記されていた。

「やられちまった。ごめんな、ブラッド」

先ほどまで共闘していた自分のモンスターに心の中で謝罪する。

しかし普通に考えれば、本来ならよくあそこまで戦ったと彼は賞賛されるに値するのかもしれない。

なにせ彼は誰の手も借りずに攻略しようと奮戦していたのだから。

そんなことを微塵も自覚していない青年は、画面の前でただただ悔しさを噛みしめた。

しばらく思索に耽った後、何かの糸が切れたように彼はゲーム画面を閉じ、PCの電源を落とす。

ゲーミングチェアの背もたれに全体重をかけて身を預ける。

「ふあぁぁぁあ、もう七時か…」

大きな欠伸をしながら正面の壁に掛けてある掛け時計を見上げてそう呟いた。

朝の七時過ぎを示すように、部屋の右側にあるカーテンから微かに光が漏れる。

その青年はただただベットに入る事を感がていた。

しばらくして顔を洗いに行こうと立ち上がって伸びをする。

また挑戦しよう、彼はふとそう思った。

するとドアをノックする音が部屋に響いた。

開けていい?という控えめな女性の声が聞こえる。

ゆっくりとドアが開いた。

開け放たれたドアの向こうにはエプロン姿をしたロングヘアーの女性が静かに立っていた。

「灰九起きてる?朝ごはんできてるよ」

「おう、今いく」

『道明寺灰九』それがリアルでの青年の名前だった。

 現在、高校二年生である灰九の父親は彼が小学生の頃に離婚してから会っていない。

灰九の母親は単身赴任で帰ってくるのは半年に一回ほどだった。

つまり彼らは母親とよほどのことが無い限り会うことはない。

先ほど灰九を呼んだこの女性は彼の姉である『道明寺藍子』だった。

彼女はエプロンの下に紺色のブラウス、下はチェックのスカートという落ち着いた服装をしている。

藍子は十七歳の灰九と二歳違いで大学生だ。

彼女は弓道の名手で高校時代、多くの大会で華のある成績を残している。

普段、彼女の周囲にいる人々の印象では凛として美しく、落ち着いた雰囲気があると評判だ。

その上、社交的で真面目なその性格から周囲の信頼も厚い。

そんな姉を持つ灰九は今にも倒れそうな足取りで洗面所から出てきた。

灰九は居間に入ると、椅子にどっさり思い腰を下ろしてテーブルに肘をつくなりすぐにうたた寝した。

そこにエプロン姿の藍子が朝ごはんを運んできた。

家事は普段、灰九と藍子で分担している。

「灰九、また朝までゲームやってたでしょ?」

不意に声をかけられて灰九は目を覚ました。

「…え?ああ、いつものことだと思うけど」

「目の下にクマができてるもん、お姉ちゃん心配です」

「元から目つき悪いから変わらないよ」

本気で心配しているらしい姉は静かに灰九を見つめている。

何を当然のことを言っているんだとでも言いたげに藍子を見つめる灰九。

「そんなことないよ、灰九はもっときちんとすればかっこいいのに」

「はあ?冗談を言うな。それより大学は?」

「お昼頃からだからまだ大丈夫。って聞いてるの?」

もうっと色の白い頬をかすかに紅く膨らませる藍子など気にすることもなく、灰九はいただきますと短く言って朝食に手をつけた。

灰九は自分と話す藍子はなんだか楽しげだと感じた。

外では冷静であまり感情の出ない彼女と違って、こんなに表情豊かな彼女を見れば周囲の人間はさぞ驚くだろうと思った。

ハイドが一日で最も話す時間が多いのはおそらく藍子だった。

 その後、灰九は学校の支度をして家を出た。

玄関まで姉が見送りにくるあたり藍子の灰九に対する関心は大きいものだとわかる。

その後、学校で授業を受けている間の灰九はほとんどゲームのことで頭がいっぱいだった。

それはおそらく、灰九が現在のめり込んでプレイしている「Another Lives Fantasy」というタイトルのゲームのせいだろう。

そしてこのゲームは既に灰九にとって自身の生活の一部として確立していた。


設定や文章表現など実際書いてみて、改めて小説書くのって大変なんだなって感じました。いい機会を得られたこの経験と苦労はとても貴重なものになりました。

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