第8話 ブレイヴ・インターセプト
文字数が少なくなると言ったな、あれは嘘だ。(大嘘)
すいません、完璧に予告ミスやらかしました。てか、元々こんなに書くつもりなかったんですよ。まあ、過去編です。多分次の話できっかり終わらせるので、マグロ、ご期待ください
「これで3度目か・・・」
1度目は悪魔との契約時、2度目はレイとの戦闘後、3度目もまたレイとの戦闘後だ。
流石に、目を覚ますと同じ天井ばかりというのは飽きてくる。というか、悪魔と契約してから、意識を保った状態で宿屋の敷居を跨いだことがない。
俺が身体を起こすと、まだ深夜であるらしく、ランタンも消えており、窓からは月の光が射し込んでいた。とりあえず、水でも飲もうかと思い、ベッドから降りるべく脚を動かそうとする。
「ん?なんかいる?」
脚に何か暖かい感触を感じて毛布をめくってみると、足元にはレイが丸まって眠っていた。なんで、こんなところにと、首を傾げていると、軋んだ音を立てながら扉が開けられる。そちらの方を見てみると、そこにはアンジェリカが立っていた。彼女は、その綺麗な瞳に目一杯涙を溜め込んで、俺へと抱きついてくる。
「ちょ、アンジェリカ!?」
「死んで無くてよかった・・・もう、目の前で大切な人は失いたくない・・・」
フィオナに悪いと思いつつも、彼女を突き飛ばすことなんてできなかった。月光に照らされ、美しく輝く彼女の髪を撫でながら、ゆっくりと腰に手を回す。
「ごめん、でも、俺は勝手に死んだりはしない。奴、『勇者』を殺すまでは決して死なねえから。」
「当然よ、あなたの命は私のものなんだから・・・」
そこには、魔王、父親を失ったばかりで泣きじゃくっていた頃の少女がいるだけであった。俺と比べると余りにも細すぎる少女の身体に触れていると、このまま、雪のように崩れ去ってしまうのではないかという不安に駆られる。
こんなにも、弱い姿を見せる彼女の姿はかつての日を俺に思い出させる。
全てを奪われて、憎しみと無力さに身を焦がしていた俺が彼女と出会った日を。
× × × ×
三日月が雪原を照らす。
雪が降り注ぐ夜道を一人の少年が歩いていた。
世界にたった一人の理解者を奪われた少年には何も残っていない。寄る辺も帰る場所も、向かう先すらわからない少年はただひたすらに放浪し続けた。
雪に残される彼の足跡は、後ろに取り残されたものから新たな雪に覆い隠されていき、既に帰る道すら覚束ない。まあ、道がわかったところで、故郷に帰るつもりなんぞ、毛頭ないが。
ただひたすらに歩き、歩き、歩いたその先に何があるかなんて考えない。たとえ足の感覚が無くなったとしても、たとえこの身体の隅々まで凍りつき動けなくなったとしても、例え命を失ったとしても、その時まで進み続けるだけだ。
白い吐息を吐き出して、吹雪が霞ませる道を見据える。既に体の震えは止まり、体力も限界だった。ただ、少年はそれでよかった。これは、ただ自殺する勇気すらない少年が自らの命を仕方なく終わらせるための行軍なのだから。
最早、半分以上閉じかけた瞼の重さに任せて、そのまま眠ってしまおうかと考えた瞬間、声が聞こえてきた。
「・・・が逃げて・・・」
「探せ!・・な」
幻聴かと思ったが、どうやら違うらしく、吹雪の中で赤々と燃え盛る松明が木々の間に見える。少年は、何が起きてるのかを知るために、閉じかけた瞼を無理矢理持ち上げて、肢体に鞭を打ちながら、松明の見える方へと向かう。
そして、ある一定の距離を進むと松明の位置が動かなくなった。どうやら、目標を見つけたらしい。一層興奮した男の声が聞こえてくる。
「こいつだ!例の魔王の娘という奴だろ!」
「じゃあ、こいつの首を渡せば?」
「一生遊んで暮らせるぜ!」
木の裏から隠れて覗く。そこには、全身を毛皮のコートのようなもので覆った3人の男性と、薄いワンピースのようなもの一つだけを着て、膝をつく白銀の髪を持った少女がいた。
「さて、じゃあ俺たちの生活のために死んでもらうぜ?残念だ、魔王の娘なんかじゃ無ければ是非とも嫁にしたいくらいのべっぴんさんなんだが」
男が剣を腰からすらりと抜き、振り上げる。その下にはちょうどこうべを垂れた少女の首があった。
恐らくそのまま振り下ろせば、あのような粗雑な剣では少女の首を一撃で断てずに、何度も何度も斬りつけるだろう。その度に少女は血を吐きながら、死を待つ。幾度となく振り下ろされる痛みの刃に身を刻まれながら解放される瞬間を待つのだ。
それがわかった瞬間、少年は駆け出していた。
頭の中にあったのは、ひたすらに憎しみだけが積もる、あの『勇者』の顔。
魔王の娘を殺せというのは、『勇者』ないしは、その関係者だろうと予想はつく。その時、少年は嗤った。自分の消え去るような命一つで勇者の奴に、ストレスを与えることが出来るのであれば、存分に差し出してやろう。俺の何かで奴に牙を立てられるのであれば、存分に使い潰してやる。
少年は、残ったスタミナ全てを搾り尽くすように叫んだ。
「ウオオッッ!!」
瞬間、男達が驚きながらこっちを見るがもう遅い。剣を持つ男の腕に思い切り噛み付いてやる。
「んだ!このガキ!」
腕を振って抵抗されるが、意地でも話さない。そして、噛み付いた腕とは逆の腕で顔面を一発ぶん殴られて、木の幹へと叩きつけられた。
焼けるような痛みが、顔に走る。鼻も折れただろうし、顔面の骨も折れているだろう。だが、文字通り、一歯報いた事にニヤリと嗤う。
「この野郎、殺す!」
もう声すら出ない。今ので残ったスタミナも全て使い切った。最早上がらない瞼で視界を閉じたままその瞬間を待つが、いつまで経っても痛みが来ない。まさか、もう死んだのかと思ったが、耳元に声が聞こえてきた。
「ねえ、貴方どうして私を助けたの?」
それは少女の声、少年は声にならない声で、「勇者が嫌いだから」と、答える。その返答を聴くと、少女は楽しそうに笑い出した。目が見えない少年からしたら何がどうなってるのかわからない。なぜ、剣が振り下ろされる瞬間にこんな事になっているのか、いつの間に少女は少年の近くにきたのか。
だが、そんな事の一切に関係なく少女は聞いてくる。
「貴方の命を賭けて、『勇者』に復讐したいと思う?」
「と・・うぜ・・・ん・・・だ」
「ならよし、少しだけ首元がチクリとするけど気にしないでね」
言われて、少年は意識を失った。その後の記憶は一切なく、気がつくと少年はソファの上に眠っていた。目の前には煌々と燃え盛る暖炉がある。
「ここは・・・」
少年が身体を起こそうとするが、全く動いてくれない。辛うじて首を回すと、流星群が瞬く夜空が見えた。隣から声がかけられる。
「綺麗なもんでしょ?魔法でドーム型のバリアを張っているから天然の天体観測場よ」
「お前は」
「うん、さっきは助けてくれてありがとね。私は、ご存知の通り、魔王の娘、名前はアンジェリカ」
姿を見ることは叶わないが、彼女もまた疲れ切った声音で言ってくる。
どうやら、少年の隣のソファにいるらしい。
「助けたと言っても、殆ど俺が助けられたようなもんだけどな。お前一人でも十分だった筈だ」
「お前じゃなくて、アンジェリカ」
「そうだな、悪い」
「さっきの質問だけど、私一人じゃ無理だったよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない、私の種族は『真祖吸血鬼』、つまり、私との同意を得た個体の血を得ることでしか力を使えない。だから、あの場ではどうしようもなかったのよ。けれど、貴方が助けに来てくれた。正直、貴方に血を貰う直前に貴方を助けただけで、力を使い切ったから、本当にピンチだったのよ」
「そうか」
少年は痛みで顔を痙攣らせながらも、愉しそうに嗤った。今にも死にそうだった魔王の娘を自分の命で助けてやる。これほどまでに愉快なことがあるだろうか、少年は今、勇者の行った行為を無に帰すかのような行為の手助けをしたのだ。あまりにも痛快で笑えてくる。
「楽しそうだね?」
「当たり前だ、勇者の不安そうな顔を思い浮かべるだけで楽しくなってくる」
少年は眼を暗い輝きで爛々と輝かせた。
『勇者』という存在が生んだ、少年の姿をした悪魔は、流星群の下で歪んだ笑みを浮かべて嗤う。
その姿を見た少女、アンジェリカはまるで愛しい恋人を見る眼差しで少年を見つめる。これから先、二人は復讐という炎に身を焦がしながら、堕ちていくこととなる。『勇者』という共通の憎しみは、決して二人を止まらせようとはしないのだ。