第5話 リバース・リバース
「さて、これから昼は私とゼロのトレーニング。夜はレイのトレーニングにあてましょう」
「おっけー」
「りょーかーい!」
風の吹き抜ける草原に俺たちの声が響く。現在、俺たちは昨日もお世話になった平原にいた。昨日の戦闘の痕跡が残っており、まるで大型のモンスターが荒れた後のようだ。
「ま、昼間は暫くゼロの魔法トレーニングだけどね」
「ん?俺は魔法なんて使えないぞ。お前達とは違ってそもそも生まれつき魔力自体が無いから、トレーニングする意味がない」
そう、俺は生まれた頃から魔力というものとは無縁だ。何度も血反吐を吐きながら、モンスターの魔力攻撃を喰らい続けて、感知だけなら出来るようになったが、終ぞ使用することは出来なかった。
だが、女性人は不思議そうな顔つきで首を傾げる。
「いや、そんな筈は無いよ。だって私が感じる限り、貴方の魔力量は決して少なくない。寧ろ、かなり多い部類に入るから」
「うん、私も初めてゼロと出会った時は、ゼロの魔力に惹かれたから、あそこに行ったんだよ」
「はあ?んなわけ無いだろう、実際に魔力測定器を使っても反応はゼロだったし、どれほど、身体を極限まで追い込んでも、魔力が出てきたことは無かった」
「成る程ね・・・」
アンジェリカが顎に手を当てて、俯く。そして、5秒ほど考えた後に、「よし」と呟いてから、こちらを見据えた。
「とりあえず一回死んでみましょう」
「え・・・」
「ちょっ、アンジェリカ!?」
「行きますよー、『蒼き氷群の蹂躙』」
一瞬であった、加護を発動させる間も無く、アンジェリカが作り出した無数の氷が一気に視界を埋め尽くす。そして迫り来る氷が俺の指先に触れる瞬間、俺は違う場所にいた。
「なっ、ここは一体・・・」
そこは真っ暗であった。厚く何層にも重なりあった雲が空を覆い尽くし、日輪の輝きも月光の聖なる光すらも通さない。そして、周りの街はランタンの一つも灯さず、ただただ、陰鬱な雰囲気を醸し出すだけである。
だが、その風景には見覚えがあった。
「ここは、俺の生まれ育った街・・・なのか?」
そう、そこは紛れもなく、少年が生まれて絶望の少年期を過ごした街、『王都』であった。
遥か彼方には、殺してやりたい程に憎む『王』が住む鉄壁の城塞が望める。
「てか、これは何なんだ?転移・・・じゃ無いだろうし、だとしたらあの世って奴なのか?アンジェリカに殺されてそのままポックリと行っちまったのか?」
「それは違う」
「!?」
突如、背後から声をかけられて即座に振り向く。そこには一人の少年が立っていた。
少年、といっても普通の容姿ではなく、全身を黒いコートのようなもので包み、適当に切り揃えられた白い髪と、左右で金と蒼に別れたオッドアイを携えている。
その様は、どこか神秘的で彼を人の姿をしているにもかかわらず、人ならざるものとして見せた。
「ここはお前の心の中だ。だからこそ、お前の最も馴染んだ光景を映し出す」
「心の中だと、だったら、俺の心で勝手に講釈を垂れるお前は誰だよ」
少年は大きくため息を吐く。まるで失望しているかのように、まるで心底悲しい出来事があったかのように。
「私はお前だ」
「何を言っている」
「お前は不思議に思ったことは無いのか?」
「だから、何を言ってるか答えろつってんだろ!」
「なぜ、お前は加護を貰えないのか」
その言葉を少年が呟いた瞬間、思わず息が詰まった。この話し方をするということは、彼は何故俺が加護を持たないのかを知っている。俺の知りたいなにかを知っているということだ。
少年は、目を見開いた俺に構わず話を続けた。
「そもそも、人間の子が生まれてから5年目を節目として加護を貰えるという所についてちゃんと考えるべきだったのだ。お前はな・・・」
そこまで言うと、少年の声が聞こえなくなる。そして、唇の動きで伝えようとしても、全身を麻痺してしまったかのように、痙攣して動けなくなった。
「ぐっ、この話はやはりまだ伝えられないか」
「な、一体お前はなにを知っている!やはりって言ったってことは、お前はこうなることを予測していたんだろ!お前は一体・・・」
「その話はもう終わりだ。まずは目先の事を考えるべきだよ、お前はな」
「目先の事?」
「ここまで来た経緯は知っている。先ずは、あの魔法をどうにかしなくちゃならん。お前本来の魔力を、そっちの姿でも使えるようにしてやる」
その言葉を言った瞬間、少年の綺麗な顔が目の前にあった。
そして、哀しみの感情を乗せた瞳を携えて、少年は呟く。
「だから、それまでに死んでくれるなよ」
「っ!?」
白い輝きが起こると同時、強い衝撃と共に、背後の民家へと吹き飛ばされた。
「がはっ!」
内臓が潰れて、バラバラにされた肋骨がありとあらゆる部分に突き刺さる。死から逃れるように俺は血塗れの咆哮を叫んだ。
「『暴食のグラ』!俺に力を!」
全身の傷を即座に完治、追撃をかけて来た少年の頰にカウンターで拳を叩き込み、今度は少年を反対側の民家へと叩きつけてやる。
激しい音を立てながら、3軒分程の壁を貫いて、少年が吹き飛んだ。
一旦様子を見るべきかと迷った瞬間、土煙を切り裂き、とんでもない速度で、瓦礫が飛んで来た。
間一髪でそれを回避するが、その瞬間、4つに増えた瓦礫が俺の視界を埋め尽くす。
「おお!」
全ての瓦礫を拳で破壊、だが、ひと息つく間もなく、距離を詰めて来た少年の右腕が俺の頰を掠める。
「舐めんな!」
そこから、互いの反射神経を競い合うかのように、無数の拳と脚を交わし合う。
少年の鋭い蹴りを腕で受け止めると同時に、蹴りを返せば、少年は背を反らしながら、それを回避。同時に左手を地面につきながら、足払いを仕掛けてくる。
俺たちの息はピッタリでお互いの攻撃をお互いが直撃スレスレで回避するため、一発のヒットもまだ出ない。
だが、均衡を崩したのは少年の一撃であった。
鋭い右ストレートが俺の鼻っ面を叩き、吹き飛ばされる。
「フン!」
起き上がると同時、鼻から、鼻血を飛ばす。一瞬、鼻血が出たが既に加護のお陰で血は止まっている。
少年を睨めば、彼からは白いオーラ、魔力が漂っていた。
「さあ!どう頑張ろうと、魔力の差がある限りは、お前に勝ち目は無い!ここは、お前の心の中だ。イメージしろ!自分が魔力を使う姿を!お前に魔力はある。まだ気づいていないだけだ!」
「ちっ!んなこと言われても、わかんねえよ!」
「魔法はイメージだ、お前の想像を魔力により実現することが魔法だ!例えば・・・」
瞬間、少年の姿が消えて俺の視界が分厚い雲を向いていた。
どうやら、顎を蹴り上げられたらしい。
更に、肘鉄を鳩尾に叩き込まれ、息を詰まらせながらふきとぶ。
「グオォ・・・」
「このように体を動かすイメージを持って、魔力を身体に通せば、素早く正確で力強い動きができるようになる」
理屈ではわかる。だが、そもそも魔力があるというのがわからない。
どれほど、イメージしようと自分の体の中に無いものは動かせないのだ。
「さあ、もう一回行くぞ!」
恐怖の塊が迫ってくる。瞬間、蘇るのは加護を持たぬ頃に幾度となく味わった死の記憶。イヤダ、イヤダ、痛いのはもうイヤだ。
まるで子供のように泣きじゃくりながら、岩の陰に隠れて、魔獣をやり過ごした記憶、虎のような魔獣に追われながら、崖から必死のダイブを試みた記憶、ありとあらゆる死の記憶が走馬灯のように走った瞬間、俺の体は動いていた。
「あれ?」
気がつけば、少年の姿は遠くにあり、俺は別の民家に突っ込んでいた。
少年は、ニヤリと口元を歪ませながら、呟く。
「やれば、出来るじゃん」
「これが魔力の感覚・・・」
「さあ、後はもう一度・・・」
そこまで少年が言ったところで、俺は少年の懐へと既に潜り込んでいた。
「もう掴んだ」
硬く握り締めた右拳を少年の頰を目掛けて振り抜く。少年は驚愕の表情をしながら、全力で体を反らしてその攻撃を回避した。
だが、完璧にはかわしきれなかったようで、拳がコートの右肩に掠り、吹き飛ぶ。
空中で回転しながら着地した少年のコートの右腕は肩の部分が千切れており、肩の肌を露出させる。そして、その部分をみた瞬間、俺は驚愕に目を見開いた。
「な、それは」
そこにあったのは悪魔の加護を示す紋章。少年はそれを隠すこともなく、呟いた。
「だから言ったろ、俺はお前だって。さあ、現実に戻れ。今のお前ならあの魔法くらいどうにかなる」
俺の疑問に答える前に、少年の姿もかつての故郷の光景も薄れていく。だが、不思議と納得している俺がいた。だって、彼はあまりにも俺に似ていて、あの口元を歪ませる動作は俺自身かと見間違うほどだったから。
× × × ×
アンジェリカの放った氷塊の群れがゼロに殺到した瞬間、それらの全てが砕け散って、まるで星屑のように煌めく。
そして、煌めく氷の中心、1人の少年が黒いオーラを纏って立っていた。
同時にアンジェリカは成功を確信して、呟く。
「やっぱりね」
そして、少年はまるで、あの白い髪の少年がしたように口元を歪ませて嗤うのだ。その姿はまさしく、悪魔の如し。