撥 永久の幸せの先の後悔
千夢は朧気ながら目を覚ました。目を覚ましたのにも関わらず、辺りは暗いままだった。
(もうこんな時間...あれ?魔理沙さんは...)
千夢が辺りを見渡しても、そこに魔理沙の姿は無かった。重たい体をゆっくりと起こしてみると、タオルが頭のあたりからぽとっと落ちた。ふと枕元を見れば、水の入った桶と吸呑が置いてあった。その隣には、置き手紙が添えられている。
『熱が引いたら姫林檎の甘煮食べろよ。着替えもこまめにして、今日は暖かくして、絶対に外へ出るな。明日薬を持って来てやる。 魔理沙』
それを見た千夢は、布団に掛けられていた半纏を羽織った。そして自分の額に手を当てて、熱を測った。
(熱下がってる...。薬いらないな、きっと...)
身体が少し汗ばんでいたが、着替えるのはもう少し後にしようと千夢は考えた。そして、もう一度置き手紙に目を向ける。きっと熱を出した千夢を帰る直前まで介抱してくれたのだろう。それに、消化に良さそうな食べ物まで置いてある。恐らく魔理沙の手作りだ。千夢は吸呑の横にあった瓶を手に取り、中から甘煮を一粒取り出した。甘煮になった姫林檎は可愛らしくて、齧ってみるとまだほんのり温かく、そして甘酸っぱかった。その味を、千夢はよく知っている。
あれは、五年前の秋。そう、霊夢が居なくなるほんの少し前の頃。魔理沙が大量に姫林檎を差し入れしてくれた事があったのだ。まだ完璧に熟してない姫林檎をどう処理しようかと考えた末に、霊夢が、
「甘煮にしましょう。そうすれば食べやすいわ」
と言って作ってくれた。
博麗神社のお金を奮発して、砂糖を沢山買ってきて、霊夢と二人で作った姫林檎の甘煮。出来てすぐに味見した時は、甘さと酸味が分離していてイマイチだったが、姫林檎を持って来た魔理沙、ちょうど遊びに来ていた早苗と早季にも振る舞った。みんなで甘いだの酸っぱいだの言いながら、それでも、美味しい秋の味覚を楽しんだあの時間。そして早苗が教えてくれた姫林檎の花言葉。
「たしか...『永久の幸せ』とか『後悔』だったっけ...」
千夢は涙を拭った。あの頃は、この幸せが永久に続くと信じていた。でも、あの異変があって、それぞれが後悔だらけの日々を過ごしている。
「全然...甘くないです...こんなにしょっぱい甘煮...霊夢様の方が...絶対美味しいんだから...」
口に含む僅かな甘みが、しんっと雪のように身体に染みた。
その時だった。
カサッ
外で誰かの衣が擦れる音がした。
障子の先から感じる強い妖気。
千夢の涙は消えていた。
今までに感じた事も無いほどの恐怖と
こんな夜更けに自分の寝込みを襲おうとしている者への嫌悪感と
『博麗の巫女としての使命』が織り交ざり、
一歩
また一歩
そして、障子を思い切り開け、
外の冷たい風に髪を靡かせ、
目の前の者を凝視した。
10〜11月が旬の姫林檎は、本来観賞用で食用には向いていないそうです(笑)
作者が林檎のコンポートが好物なので、姫林檎も食べれるのではと思ったのですが、コンポートくらいなら食べれるみたいです!でもかなりの量の砂糖が必要な気がするので、大量摂取は難しそうですね…。食べてみたいなぁ。