漆 白息と一番星
幻想郷は夜になった。
夜の街灯も家の灯りも消えかけているこの時刻に、早季は白い息を吐きながら守矢神社に向かって走っていた。つい先程までは、晩秋の夕暮れがとても美しかったのに、こうして帰り道を急いでいる間にも、夜の闇はどんどん深まっていく。まるで、何かから急かされているかのように、早季はただその一直線の山道を走った。
「早季、遅いね」
諏訪子は守矢神社の拝殿でじっと鳥居の方を見ている。
「少し様子を見てきます」
「まぁまぁ。もう少し待っていれば直に帰ってくるさ。問題ないよ、あの子は」
早苗が階段へ向かおうとするのを神奈子が制した。
「あぁ、そうだ。早苗に聞いておきたいことがあったんだった」
諏訪子は、少しわざとらしくそう言った。
「聞きたいこと、ですか?」
「早苗はさ、人間として生きるか、それとも神として生きるか。もし、どちらかでしか生きられないと言われたらどっちを選ぶ?」
諏訪子の問いは、雪が降る前の冷たい空気の中で発せられた。
「もし、どちらかでしか生きられない...。究極の決断ですね」
「きっと早苗は悩みに悩むんだろうなぁって神奈子とも言ってたんだよ」
諏訪子がおもむろに神奈子の方を見る。神奈子はただ瞳を閉じているだけだった。
「申し訳ありません、諏訪子さま、神奈子さま。私は、人間として生きる道を選ぶと思います」
「どうしてだい?」
「私が...人として生まれたから...だと思います。守矢を継ぐ巫女として生まれ、家族を捨ててこの幻想郷に来た私が、誰よりも信じてついて行きたいと思ったのは、御二方ですから...。私の生まれるずっと前から、私は守矢神社の巫女で、例え信仰を得ても、御二方を崇める気持ちは巫女ー人間ーのままですから。もし、どちらかでしか生きられないのならば、世界中で誰よりも御二方を信仰する人間として生きたいと思います」
早苗は、まるで歌を唄うかのように、そう紡いだ。その言葉一つ一つを二柱はしっかり噛み締めて、そしてこう言った。
「早苗は、守矢の巫女だよ。そして...」
「私達の大事な大事な家族さ」
二柱の言葉に、早苗は目尻を熱くした。
「早苗さまぁぁぁ!大変ですっ!」
まるで長距離走を走りきったかのように、早季が早苗の胸元に飛びついた。呼吸を乱す早季に、早苗は一言告げた。
「おかえり」
二人の頭上では、雪雲が空を覆っていた。
ーーーーー
今夜は星が見えないようだ。
魔理沙は星の見えない漆黒の夜空に手を伸ばす。
そして、空を掴んで目元まで持っていく。
(あとは、頼んだぜ...)
冬目前の冷たい空気を鼻から吸う。鼻がつぅんとして、ちょっぴり痛みが生じた。霊夢と出会った時もこんな夜空だった気がする。そして、あの日、初めて魔理沙は星の魔法を出す事に成功したのだ。真っ暗の世界で、ほんの一握りの星屑が、霊夢と魔理沙の目には満天の星に見えた。あの頃から比べれば、魔理沙は強くなり、星屑だけでは無くそれらを弾幕として扱えるようになった。それでも、あの日に見た星は何物にも変え難い綺麗な一番星だったのだと魔理沙は思う。
「私、お前のおかげでちゃんと自分の夢に進めるぜ。ありがとな、霊夢」
魔理沙は、再び拳を空に突き上げた。
この拳が、霊夢と自分を繋ぎますように。
そう祈りを込めて。