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綴られし者  作者: 白露 彩風
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禄 育てる者、育つ者


「よっ!元気してたか、千」

箒を右肩で担ぎ、左手を顔の近くまで上げ、挨拶の仕草をする魔理沙。

「えぇ、そちらこそ」

対するは、真紅の巫女装束に艶やかな黒髪を靡かせ、凛とした姿で魔理沙(さんぱいきゃく)を迎える千夢。

「なんだ、連れない挨拶だな。何処ぞの貧乏巫女にそっくりだぜ。それに、歳上には敬意ってもんを払うもんだぜ」

「神社に来て、直ぐに踵を返す方に言われたくありません」

千夢の言葉には、明らかに棘があった。しかし、どのような棘が刺さろうともそれをびくともせずに進み続けるのが霧雨魔理沙という人間である。

「久しぶりにここでお茶したくってさ。お邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰って下さい」

何を言っても自分勝手に神社に上がろうとする魔理沙に、千夢は怒りを沸々と募らせた。

「冷たい巫女様だな。前の博麗の巫女は、そんな無下に参拝客を帰したりしなかったぜ」

その言葉に、千夢の怒りが爆発した。

「いい加減にして下さい!私と霊夢様は違います!霊夢様をお探しなのなら、ここは見当違いです!お帰りください!それでも帰らないというなら人間でも退治しますよ!」

千夢は袖口からスペルカードを取り出した。しかし、それを見ても魔理沙はたじろぎもしなかった。そして、魔理沙はこう告げた。

「お前に私が退治出来るのか?出来るならやってみろ。言っておくが、私は全力で行くぞ」

その言葉に、千夢の方が一瞬たじろいでしまった。

「今まで...私の事なんか気にしたことなんて無かったのに...今更気遣いなんてするんですか?今までの私の気持ちなんて全く知らない癖にっ!今頃...親代わりの振りなんて、ふざけないで!」

千夢は弾幕を展開させた。そして、無数の弾幕が魔理沙の方へ一目散に放たれた。











煙が博麗神社を包んだ。

コツ、コツ。と靴が石畳を歩く音が聞こえた。

やがて煙が晴れ、魔理沙の目の前には肩で息をしながら必死に立とうとする千夢がいた。

「止めとけ。今立ったらぶっ倒れるぜ」

その言葉を聞くが早いか、千夢はバタッと倒れてしまった。

「なんで...なんで...」

千夢の顔の下の石畳が涙で濡れていた。魔理沙は千夢の前で、箒を支えにして腰を(かが)めた。

「実力不足だな。修行が足りないぜ。もっと上の奴らを相手してみろ。きっとどこが自分の弱味か分かる」

「私が聞いてるのは...それじゃない...です...」

千夢は腹を押さえながら、魔理沙を見る。

「千、私は魔法使いになるよ。本物の、魔法使いにな。それがどういう事か分かるか?」

魔理沙の問いに、千夢は小さい声で「...いいえ」と答えた。

「本物の魔法使いってのは、人間じゃないんだ。妖怪と同じで、不老不死とはいかなくても、人間より何十倍も長く生きる妖怪だ。お前のことだから、幻想郷の禁忌くらいは知ってるよな?人間が妖怪になる事は禁忌の中でも一番やらかしちゃいけない事だ。それを私はしようとしてるって訳だ」

「禁忌を犯す...」

千夢はその言葉を噛み締めるように呟く。

「そして、禁忌を犯した奴は、博麗の巫女によって退治、抹殺されなければならない。これは、霊夢がスペルカードルールを作る前から決まってた掟で、霊夢はこの掟だけはスペルカードルールを適応しなかった。...もう分かるよな?」

千夢の歯茎が音を鳴らした。

「だけど、お前に私は殺せない。それが今の弾幕ごっこでよーく分かったぜ。だけど、お前が殺せなくても、私を殺せる奴はゴロゴロいるからな。例えば、早苗とか」

「え...」

千夢は驚いた。

もし、早苗が魔理沙を殺したら…。

早苗を慕っている早季はどうなるのか?

「後は、紫とかかな」

「...!?」

魔理沙が上げた予想外の人物に目を見開いた。

「あの人に勝てる訳ない!それに、あの人は!」

千夢は慌てて身体を起こし、それだけ言って、ふらふらと倒れ込んだ。千夢の身体を受け止めた魔理沙は、赤子にするように、千夢を優しく抱きしめた。

「私も、早苗や紫を敵に回したくない。そうなれば、お前もじっとしてられないだろう?だからな、私は誰にも退治されなくて済む方法を考えたんだ」

「どん、な...方法...なんですか...」

「それは秘密だぜ」

魔理沙はいつもの笑顔でそう言った。それを見た千夢はどこか安心していた。

「どうして、私にその事を?私に言わなければ、その秘策を容易に出来るのでは?」

「一つだけ褒めてやる。お前は霊夢より断然賢い」

その言葉に、千夢はにこりと微笑んだ。

「一つは、何も知らせないとお前が勝手に乗り込んで来そうだったから。邪魔はされたくないし、失敗はしたくないからな。二つ目は、お前の今の実力が知りたかったから。暫く見ないうちにまた腕を上げたじゃないか。特にラストスペルの夢想天生、まだ完成体ではないだろうが、あそこは本当に身の危険を感じたぜ」

「避けてた癖に...」

「ま、年の功だぜ」

魔理沙は千夢の頭を優しく撫でた。それを千夢は嫌がりもせず受け入れていた。こうして頭を撫でられるのは何年ぶりだろうか。魔理沙は、満身創痍の千夢を神社の中に運び、布団を敷いて寝かせた。優しく寝かされたはずの千夢だったが、打撲だらけの身体は悲鳴を上げた。生理的な涙が頬を伝う。

「こうしてると、私が霊夢に介抱された時を思い出すな。アイツな、時々本気に近いくらいのを出してくるんだよ。もちろん嬉しかったんだが、到底適わないんだよな、これが。それで、今のお前みたいにボロボロになった私を霊夢が介抱してくれた。謝罪とかじゃなくて、単に面倒見てくれてるって感じだったけどな」

「......」

千夢は、怪我の手当てをされながら、その話を聞いていた。

「眠かったら寝とけ。無理して起きてなくていいから」

魔理沙の優しい言葉が胸に染みた。次第に心が落ち着いて来て、微睡んで来た時だった。突然、魔理沙が手を止めた。不審に感じた千夢は眠らずにじっと様子を伺った。

「悪かったな、千。あの時、私と早苗は霊夢から聞いてたんだ。異変の原因もその解決策も。勿論反対はした。千を置いて消えちまうなんて、千が可哀想過ぎるってな。早苗も早季を育ててたし、私の意見に賛成だった。その時にな、霊夢のやつ言ったんだよ」

魔理沙は当時の様子を思い返していた。【異変解決】の支度の為に、戦場から一時神社へ戻り、何やら札の様な物と書物を手に取ってこちらを振り向いた、親友の姿を。その時、その親友はこう言ったのだ。


『私は、千に母親らしい事も、姉らしい事も何も出来なかったわ。あまりにも短過ぎた。もし、私がこの事をずっと前から知っていたら、もっと色々教えたい事もあったし、もっと髪をといてやりたかった...。でも、そんな事したら、あの子も私ももっと別れるのが寂しくなっちゃうでしょ?だから、魔理沙、早苗。私の分まで、千を守ってあげて欲しいの。あの子が私と同じような後悔をしなくて済むように...』


親友は、泣いていた。


その姿が、千夢に反映されていた。魔理沙は千夢の身体が小刻みに震えているのを肌越しに感じた。きっと、大泣きしたいのを必死に我慢しているのだろう。本当に、そういう所は霊夢にそっくりだ。血が繋がっていないのに、ここまで似るのかという程に。

「大きくなったな...千。霊夢が聞いたら、きっと大喜びするぜ」

いつの間にか、魔理沙の頬にも涙が伝っていた。




夕暮れ時。魔理沙は帰路についていた。あれから千夢は眠ってしまい、暫く面倒を見た後、置き手紙を残して現在に至る。魔理沙は、笑顔だった。きっと千夢は元の千夢に戻って行くだろう。霊夢が愛したあの笑顔を取り戻すだろう。もし、あれが魔理沙と千夢の最期の会話だとしても、魔理沙は決して後悔しない。


...しかし。


どうしても不安な部分があった。


「丁度いい所に来たじゃないか。お前さんと話がしたいと思ってたんだぜ」

そう。まるで心を読み透かしたように、突如として現れるこの者に、一言物申したかったのだ。




「あら奇遇ですわね。白黒の大魔法使いさん?」

口元を扇子で隠したその者は、妖しい紫色の瞳で、魔理沙の目の前に影を落とした。

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