弐 星色の小瓶
霧雨魔理沙は、ガラス瓶の中の星屑を見つめる。魔理沙の魔法で生み出した星を数個だけ詰めた簡素な小瓶。先日、千夢から手渡されたものだった。
「これ、魔理沙さんが霊夢様に渡された小瓶ですよね?昨日書棚を整理していたら、偶然出てきたんです。私には必要ありませんので、お返しします」
全く関心がないのを隠す素振りもなく、千夢は魔理沙に突き出した。
「せっかくだからお前が貰ってくれないか?霊夢にあげたのは確かだが、だからといって1度あげたものを返されるのもなぁ」
魔理沙は素直な気持ちを千夢に告げた。それでも、千夢は無表情でこう言い残した。
「私が貰ったものではありません。ずっとここにあっても私にとって利点はありませんし、魔理沙さんの思い出の品ではないですか。私に処分を求められても困ります」
そう言われ、返答に困っているうちに魔理沙はその小瓶を突き返されていたのだった。
「いつからあぁなったかな、あいつは」
魔理沙は、はぁーとため息をついた。そしてベッドに横たわっていた体を反動をつけて起こし、手に取っていた小瓶をコトンと置く。乱れた髪をそっと耳に掛け、もう1度ため息をついた。そして再び小瓶を手に取る。右手の親指の腹で小瓶の側面を擦る。
「寂しいなぁ。そう思わないか?霊夢...」
小瓶がそうね。と答える訳もなく、魔理沙は何故かそれが可笑しくて息を零す。そしてまた淋しげな表情を浮かべた。
「もし、お前がまだ博麗の巫女をしていて、あいつが博識の巫女見習いのままだったら、どうなってたんだろうな…」
返答のない小瓶の代わりに、魔理沙は自分の頭で考えた。きっと今頃もあの頃と変わらず、おっちょこちょいで「霊夢様、霊夢様!」と霊夢の背中を追って、のんびり神社で霊夢とお茶を飲みながら、早季と弾幕ごっこをして、異変解決には私と霊夢も含めた4人で行って、霊夢に負けて悔しがってまた頑張ろうとするんだろうな。と。しかし、現状はと言えば、千夢は参拝者の増えた神社を1人でやり繰りして、霊夢の名前はほとんど出さないし、のんびりお茶を飲むこともあまりせず、異変解決は初めのうちは早季と私の3人で行っていたが、そのうち私は何となく居心地が悪くなって、今では若い2人だけで行っているし、場数を踏んだお陰でとても強くなった。
だけど、何より違うのは...
物事に関心が持たなくなった事だ。
霊夢もあまり物事に干渉しない性だったが、どちらかと言えば、面倒がっていた節が強かった。しかし、千夢の場合は何事も真面目に忠実にこなす性である。だけど、どこか事務的に見えてしまうのだ。神社の運営も日常も異変解決も。5年前の彼女とは似ても似つかない姿だった。それを喜ばしいとは到底思えない。それよりも...。
「そろそろ私も潮時なのかね…」
環境が変わったのは何も千夢だけではない。魔理沙もその1人である。まず、彼女の生き甲斐とも言えた異変解決は先程も言った通り、次の代(普通の魔法使いである魔理沙にそのような言葉が合うかは定かでは無いが)に事実上引き継がれた。しようと思えばいつでも出来る。まだあの2人より先に異変の犯人を突き止め、退治する腕はあると自負している。だけど、どうもあの2人とは歩調が合わない。2人を毛嫌いしている訳では無いが、何故か息苦しさや気まずさが上回り、勘が鈍るのだ。それに何より、気力が無くなってしまった。もしかすると、千夢に対する後ろめたさがそうさせているのかもしれないとは何度も考えた。それは恐らく千夢も同じだろうとも。魔理沙はそれも分かった上で、時々心配して来るアリスにこう言う。
「あいつらも妖怪退治の先輩がいいとこ取りしていくのは癪だろうからな。あいつらの為だぜ。どうだ、先輩っぽいだろ?」
それを聞いたアリスは、ため息をつくか酷い時には無視という反応なので、内心ヒヤヒヤしているのも事実だった。無論、アリスが魔理沙の言い訳を見抜いていることは百も承知なので、ヒヤヒヤするだけ無駄なのだが。
「はぁ〜。ってさっきからため息ばっかだな」
自分のため息に自分で突っ込みをいれる。孤独な者の孤独な一人芝居である。
「次、アリスに問い詰められた時何て言うかな…」
魔理沙は再び体をベッドに埋めた。そして手を枕代わりにして天井をじっと見つめた。
「そうだ。『私には、霊夢しかいないからな!』これがいい!」
魔理沙はそう言って跳ね上がる。何度も主の体重が変動するベッドがギシギシと文句を言う。それに謝罪の意を述べることなく、魔理沙は遅めの朝食を取ることにした。心は踊っていた。これなら、苦し紛れに言うこともない。アリスもきっと無視はしないだろう。せめてため息、もしかしたら何か言葉を返してくれるかもしれない。魔理沙は勢い良く寝室の扉を閉めた。
残された小瓶の星屑がキラキラと朝日に照らされていた。