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いいわけじゃない・いいわけじゃない

作者:誇高悠登
「お前! なんで終わってないと言わなかったんだよ。俺はどこが終わってないか聞いたよな!?」

 仕事が終わり、俺は事務所を後にしようとした。
 が、入り口付近で俺よりも先に帰ろうとした後輩――井分いわけ るなが、先輩に捕まっていたのだった。
 なにやら、口調を荒げて、女性である井分に詰め寄っている先輩。その光景は半ばうちの事務所では、よくある光景なので、他の先輩や、事務所をまとめ上げる筈の上司、課長も、誰も何も言わなかった。
 やれやれ。
 うちの事務所は終わってるな。と他人事な俺である。それどころか、説教するなら、入り口から離れてやれと思う俺も、他の人間と何も変わらない。
 どうやって、この脇を抜けて外に出ようかと考えている俺。
 俺以外の人間は諦めて、パソコンに向かい合い、嵐が過ぎるのを待つことにしたようだ。
 諦めるのが早いな。
 俺はカバンを持ったまま、どいてくれないかと態度で示し続けるが相手にされない。

「聞かれました。それがなにか……?」

「なにか? じゃねぇよ。お前、俺に何て言った?」

「終わってます。と」

「でも、その後、作業してたよな? 俺に嘘の報告をしたということか?」

 どいてくれアピールをしながら耳を傾ける俺。
 どうやら、今回のもめごとの原因は、井分の報告にあるようだった。

「仕事はホウレンソウだって言ってるよな」

「はい」

「嘘つく人間は要らないんだよ!」

 人の帰路を邪魔する人間もいらないだろと俺は思いながら、一息ついた先輩の脇を抜け、「失礼します」と帰ろうとしたが、「ゴホン」と課長席から咳払いが聞こえた。
 どうやら、それは俺に向けられているようで、横目で課長をみると、「井分はお前の後輩なのだから、お前がなんとかしろ」と視線で訴えかけていた。
 そんなの俺の仕事ではないと突っぱねる勇気があればいいのだが、勿論、俺にそんな勇気はない。一人で帰ろうと陣取っていた結果、二人の間に入る形で足を止めた。
 井分と俺は出身高が同じである。
 その為か、面倒はお前が見ろと押し付けられる。
「同じ高校だから」と言う、地方にある大手工場にありがちなしょうもない風習を強要してくるのだった。
本当は、年の離れた女性が入ってきて、誰もがどう接していいのか分からないだけだろうに……。
 井分 月は20歳。俺と5歳離れている。が、俺が一番年が近い。俺の上に一つ上の先輩が一人いるのだが、強い口調と行動的な態度で、かなりの仕事を任されている。
 故に雑用は全て俺に回ってくるのだが……。

「井分さん。取りあえず、帰りながら話を聞こうか……」

「……はい」

 この場を収めようと、話を聞くと言いながら一緒に事務所を出る。明日、俺が先輩になにか言われるかもしれないが、あの空気にいるよりはマシだ。
 事務所の外に出て、駐車場まで歩く。
 徒歩で5分も離れている駐車場は、社員の運動不足を解消するためだとか言っているが、それを言ってる上の人間達が誰もが肥満なので説得力はない。
 駐車場までの道を歩きながら、俺は井分に聞いた。

「で、なんで報告しなかったの?」

「作業量、終了までの時間、個人の仕事を計算したうえでの判断です。あのまま、先輩に本当のことを言うと、自分の仕事をそっちのけて、私の手伝いをしたでしょう」

「別にそれでもいいじゃないか」

「結果、あの人は残業します。恐らく一人で。そうすると、一人なのを良いことに、作業に必要な時間以上残って、残業代をかすめ取るでしょう」

「かすめ取るって言い方……」

「つまり、私は悪くありません」

「だろうね……」

 井分 月。
 凛とした美人で、苦労を知らなそうな彼女はツンとした表情で言い放った。

「……はぁ」

 うちの事務所に初めて若い女性が来ると、誰もが興奮していた半年前が懐かしい。最初は教育係は俺でなかった。誰もが自分が教えたいと挙手していたのだが――。
 その理由の一端として、今回の件に近いことが毎度起こるのだ。
 例えば、一か月前。
 二人の社員が風邪で休むという、人で不足の工場において、最悪の自体が発生した。誰もが忙しい中、当然、新入社員である月に作業を振り分けた。
 だが、誰もが自分が教えると教育していた結果――古いやり方を教えた人間がいた用だ。
 定年近い上司だった。
 機械のデータが変わっているのに、古いやり方で作業したことで、機械が停止し、製品が何個か駄目になった。
 しかし、作業してたのが月であり、忙しかったからしょうがないと誰もが励ましていたが、

「私は悪くありません。やり方が間違ってます」

 と、自分のミスではなく、教えた人間が悪いのだと口にしたのだ。
 例えそうだったとしても、わざわざ、言わなくてもいいだろうと、俺は思った。いや、誰もが人がいない中で新入社員の作業なのだから仕方ないと、思ったのではないか。
 幸いにしてそこまで重大な停止にならなく、また、不良製品もそんなに多くなかったのだから。食品工場なので、数個程度なら、最悪、そこまでの被害はない。
 出すのは勿論良くはないのだけれど。
 責める気のない人間達を何故、敵に回すのか。
 当時、俺には理解できなかった。
 そして、それを気に、俺が教育係になった。
 話を聞くところによると、井分には前からそう言う節があったようだ。
美しいバラには棘がある。
チクチクと細かいところを指摘するようだ。

「井分さん。井分さんの言うことも分かるけど、たまには、人の言うことにも聞いたらどうかな?」

「どうしてですか?」

「どうしてって、ほら。今日のだって、先輩からすれば、理由はどうであれ、ホウレンソウしなかった井分さんが悪いって思ってるんだと思う。だから、言い訳するなって感じるんだよ」

「言い訳ですか?」

「あ、いや。勿論理由があるのも分かってるんだけど、そう取られるかもって」

 なんで、俺が後輩に気を使わなくてはいけないんだと思いつつ、勿論言えない。へらへらと笑いながら、井分に、「たまには顔も立ててやってよ」と我ながら、情けない言葉しか出てこなかった。

「言い訳じゃないですよ。本当のことです」

「勿論、井分さんの言うことが正しいよ。あの人が一人で残業代を稼いでるっているのは、井分さんが来る前からの話題だったし」

「なら……」

「でも、ほら、あの人最近、子供が生まれてさ。三人目なんだよ。お金もかかるから」

「……そっちの方がいい訳じゃないですか」

「井分さん……」

 SNSの普及。
 簡単に得られ、知ったような気になれる情報。
 それらが揃った時代で育った最近の若者らしい井分。正しい事をしているのだから、それが当然だと。
 今の時代はそうなのかもな。井分と5つ離れているとは言え、俺も共感できるところはある。
 今回の件も、ネットに上げれば、井分が正しいと指示する人間の方が多いだろう。
だが、昔ながらの人間はそれが気に入らない人間もいる。
上の世代がそうだったんだから、俺だっていいだろうと思う人間。また、後輩が先輩に逆らうなと年の功をみせつけてくる人間。
それなりの大手の工場で、地方と言う条件だからか、ウチでは余計そう言う思想の人間がいる。

「人間なんだから、そういう所もさ」

「でも、労力に見合わない残業はずるじゃないですか?」

「そうなんだけど」

 正論を吐くのは気持ちいいだろうが、それだけじゃ生きて行けないんだよ!
 そう、怒鳴りつけてやりたい気持ちを押さえて、俺は言う。

「とにかく、次からは、『言い訳』――じゃないね。井分さんの正論を飲み込んで、にっこりと謝ってあげてよ。そうすれば、きっと、皆許してくれるから」

 一々噛みついてくる人間より、愛想よく笑顔を振りまく方がいい。
 俺はそうやって働いてきた。
 ニコニコと話を聞いては笑って、頷いて。
 先輩や上司に噛みついたことなど生きていくことはなかった。

「いいんですか?」

 俺の言葉に、足を止める井分。
 もう、駐車場の中に入り、自分たちの車の場所に向かうだけなのだが、わざわざと足を止め、井分は俺に言うのであった。

「いいんだよ。けど、たまになら、好きなように言ってもいいんじゃないかな? 今まで未定に、毎回毎回、反論は駄目だよ」

 井分は既に職場で、『言い訳姫』などと呼ばれているのを俺は知っている。
 ミスが多い訳ではないが、先輩の気遣いを無視し作業を行う。そして、なんでだと聞けば、決まって反論されるのだ。
 それが面白くないからか「言い訳」ばかり言うと名づけられたのだ。
 因みに、名付けたのは今日、怒鳴っていたあの先輩である。

「私が言いたいのは違います」

「え?」

「そうやって、本当に言いたいことを我慢して笑ってていいんですか。って聞いたんです」

「それは……俺のことかな」

「はい」

 流石にこの言葉には俺も切れそうになった。
 なんで、5つも下の新入社員にそんなことを言われなきゃいけないんだと思った。俺だって苦労して働いているんだと。若い女性だからって優しくされているお前と違うんだと、理不尽な怒りを吐き出したくなるが、ここはまだ、会社の敷地内。
 問題を起こすわけにはいかないと、拳を強く握ることで怒りを握りつぶした。

「いやー。井分さんは凄いね。俺にはそんな風に、先輩に言えなかったよ、憧れるね」

 ヘラヘラ笑いながら、嫌味を更に遠まわしに薄めた発言をする俺。
 やっぱ、情けない。
 これなら、井分に舐められるのも仕方がない。

「いいんですか?」

 だが、俺の内容のない、中身がスカスカの反論を無視した井分は、もう一度、俺に聞いた。

「いいか悪いかで答えて下さい」

 そんなの決まってる。
 自分が一番分かってる。

「いいわけじゃないよ。でも、仕方ないんだよ」

 いいわけじゃない。
 駄目なんだと。
 はっきり言ったら嫌われるとか。機嫌を取るのも部下の役目だとか頭の中で言い訳してるのは俺の方だ。
 『言い訳』と言われるなら、井分より俺の方が相応しい。

「たまにならいいって言ったじゃないですか。なら、言えばいいのでは?」

 井分はそれだけ言うと、自分の車に向かっていった。彼女の乗る車は可愛らしい薄い桃色をした軽である。
 図星を指された俺は、それに乗る井分が似合ってないなと感じてしまう。

「しょうがないだろ」

 俺は子供の時から、親に逆らえば殴られた。
 逆らうのが怖いように育ってしまったのだと。

「……また、無意識に言い訳だよ」

 井分の言う通りだなと自身に呆れた俺は、自分の車に乗る。ハイブリットで値段も手ごろな普通車だからといって購入したものだ。

「……それすらも言い訳に思えるな」

 人気が一番だから。
 多くの人間が購入したから買ったのだと。
 平穏に終わるはずの一日だったが、憂鬱な気分のまま俺は帰路に就いたのだった。





 翌日。
 朝、事務所に入るなり、またも先輩と井分が揉めていた。
 先に来ていた定年間近の上司に話を聞くと、どうやら、昨日のことを謝る気があるのかと、井分に突っかかったらしいのだ。

「言い訳じゃないく、しっかり謝る気になったか?」

「全然です。理由がないですから」

「お前な……。おい! 昨日、こいつに名に説教したんだよ! まだ言い訳ばかりじゃないか」

 昨日、怒れなかった分が溜まったのだろうか。
俺に言ってくる。
昨日までの俺だったら、ここでへらっと笑って、場を和ますように機嫌を取る言葉を吐いただろうが、井分と話したことが、ずっと頭に残っていた。

「言い訳じゃない。本当のことです」

 井分が言う。
 その言葉につられ、俺も自然と呟いた。

「いいわけじゃない。たまにはいいんだ」

 自分が井分を諭すために言った言葉が俺自身に響いた。
 そして、井分の前に立った俺は先輩に初めて反論する。

「言い訳はやめましょうよ」

 先輩が怒ってるのは、残業代が稼げなくて怒ってるのだと認めて下さいと。
井分の判断は間違ってないと。
昨日聞いた井分の言葉を自分の意見のように――作業と時間から考えて、先輩が残業代を稼ぐために残ろうとしていたのだと。

「な……」

 俺に言われると思っていなかったのだろう。
 ポカンと口を開けた。

「今、先輩だけ仕事時間が多いと問題にもなっています。それを思って井分も言ったんですよ」

「……べ、別に」

 顔を赤めて事務所から出て行く先輩。
 これでいいんだと自分に言い聞かせる。
 言い訳をやめて現状を変える。
 良い訳じゃない現状を、良くするために。
 初めて自分の意見を述べた俺は少しだけ誇らしかった。

「ありがとうございます」

 井分の感謝の言葉に、俺は「井分さんも、次からこういうことがあったら、まず俺に言ってね」と、ガラにもなく言ってみてしまう。
 そして、その後に小さな声で、

「こちらこそありがとう」

と告げた俺の声はきっと聞こえなかったのだろう。
何が可笑しいのか、定年間近の上司が大きな声で笑っていた。

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