二章 天使の心が痛む
夜一人で部屋にいると凄く胸が苦しくなってしまう。
最初は恋だと気づかなかった。しかし、だんだんそれがキリアへの恋だとわかってきた。
キリアのことを考えるとなかなか眠れない。
食欲も出ないし、読書や勉強もあまり集中できずにいた。
けれど、考えれば考えるほど自分と相手が遠く感じてしまう。
シルクは天使でキリアは悪魔。シルクは片思いのつらさを初めて知った。
今まであまり恋愛をしたことがないシルクはどうしていいかわからなかった。
しかし、友達に相談するわけにもいかない。シルクは堕天使。汚れた天使。
暗く閉ざされた心の中で悲しく叫ぶ。告げてはならないこの想いを。
花が舞い散る様に心が綺麗に乱れてゆく。暗く閉ざされた心の傷痕が癒えないまま、
少しずつ、乱れてゆく・・・・・・
シルクが恋に堕ちてから三週間くらいが経った。まだ外は雪が小さく降っていて、
春なのに溶けてくれないままだ。
ある日の昼休み。シルクは教室で友達と一緒に食事を取っていた。
レイとアリスと悪魔の「ルキ」だ。ルキはシルク達と仲の良い悪魔で、
もちろんミルクと呼んでいる。実はキリアとルキは幼なじみでかなり親しい仲だ。
「ミルクちゃん、あの小説三巻まで読んださ!あの女の子は最後に死んじゃうのかな?」
アリスが聞いた。
「あれ、結末言っちゃっていいの?」シルクが笑いながら答えた。
「わーっ絶対言っちゃダメだから!」アリスが焦っている。
「ねぇ、それって何の話?小説?」
「うん。小説だよ。ルキも読みなよInto the dream 。」
「そういえば、その小説キリアも読んでたよ。私も読もうかなぁ。」
ルキの口からキリアの名前が出た時、シルクは少し動揺した。
そして、ただ名前を聞くだけで動揺する自分に戸惑った。
「ねえルキちゃん、なんでキリア君は悪魔なのに髪黄色に染めてるの?
ルキちゃんは黒だし、他の悪魔もみんな黒っぽい色だし。」
だんだん話題がキリアのことに変わってきた。
「えっ、アイツは元々黄色だよ?アリス知らなかったの?」
「えっーウソ?!」三人とも知らなかった。
「キリアって天使の血も入ってるんだよ。父親が天使で母親が悪魔。
けど、離婚して母親と二人暮しになってるんだって。って、こんなこと
勝手に言って良かったのかな・・・。」
天使と悪魔が結婚することは許されている。子どもが生まれても、
一応どちらかはっきりするので問題はないのだ。
そして、シルクがキリアに惚れた理由がこれではっきりした。シルクはキリアの
天使の部分に引かれた。本当に純粋な天使の心に。
「そうだったんだ。でも、私は堕天使も悪くないなって思ってるのよね。」
レイが突然思わぬことを言い出した。
「好きな悪魔がいるわけじゃないけどね。別に人を好きになるのはその人の自由だし、
何より天使と悪魔はもう敵じゃない。好きになって付き合っても全然いいと思うのよ。」
レイの本音を聞いた。
「私とか悪魔の方はそんなの初めから気にしてないし!」ルキが笑って言った。
レイとルキの言葉にシルクはほっとした。友達にちゃんと相談できると思うと、
一人で悩むよりずっと気持ちが楽になると思った。しかし――
「えーっ、私は堕天使は好きじゃないなぁ。もっと自分の種族に誇りをもってほしいよ!」
アリスは堕天使を否定した。
「ミルクちゃんはどっち?」
「えっ、私は別にどっちでも・・・・・・。」
動揺を隠しきれず、中途半端に答えてしまった。
そしてその時、丁度ベルが鳴って昼休みが終わった。
シルクは悩んだ。友達に正直に話すか、やめるか。
アリスの一言で一気に不安になってしまった。複雑な気持ちでいっぱいで
午後の授業はまともに聞いていられなかった。そして学校が終わったら一人で家に帰った。
家には誰もいない。シルク一人。シルクは二階の自分の部屋に行った。
そして制服のままベッドに倒れこんだ。どうしていいかわからなかった。
何を信じていいかもわからない。一人、ベッドの上で悲しく泣いた。
外はまだ寒いのに雨が降っていた。灰色に曇る空。灰色の雨。灰色の自分。
ただ相手を想うだけで友達が一人減ってしまう。
今まで以上にシルクは悩んだ。けれど何を考えても答えがでない。
ベッドの上の水色の豚のぬいぐるみを強く抱きしめた。
ただこの切なさを消してしまいたかったから・・・
「ピンポーン」
突然誰かが来た。シルクは慌てて涙を拭いた。
でも涙目はごまかせそうにない。あまりにタイミングが悪かったので、
せめて友達じゃないようにとシルクは思った。しかし、ドアを開けてみるとレイだった。
「ミルク、あんた学校に財布忘れていって・・・・・・・どうしたの?泣いてるの?」
やっぱりばれた。
「レイ、私どうしたらいいのかわからないよぉ・・・」シルクはとても寂しそうな顔をした。
「とにかく家に入るよ?」
「うん・・・・・・。」
二人はシルクの部屋に行った。シルクは涙のわけを全て話した。
今日のアリスのことも含めて全部。すると、レイが言った。
「そんなに心配することないって!てかねぇ、アリスのことわかってないよシルクは。
アリスがあんたのことどれだけ気に入ってるか。シルクが堕天使になったって言うなら、
アイツもなるって言い出しそうなくらい、アリスはシルクが気に入ってるんだよ。」
「そうなの?!」
「そうよ。だから、全然心配ないって!」
「うん・・・・・・」シルクはまた少し泣いた。
今度はちょっぴりあったかい涙。シルクは安心した。
「でも、問題はキリアの方よ。天使でもいいって言ってくれるか
どうかわからないじゃない。」
「そうだよね・・・。」
「そこで、アリスの出番なわけだ。アリス恋愛経験多いから相談してみなよ。
正直に言ってさ。」
「うん。」
シルクが少し笑顔に戻った。
もう涙は見せてない。
「さて、そろそろ帰ろうかな。はい、忘れ物。」レイはシルクに財布を手渡した。
そして二人は階段を下りて玄関まで行った。
「ありがとう。話聞いてくれて。」
「いいよ。じゃあまた明日学校で。」そう言ってレイは帰っていった。
シルクは部屋に戻ってベッドに座った。
「ゴメンね。強く抱きすぎた。」
隣にいたぬいぐるみに少し笑って言ってみる。外はもう雨なんて降ってない。綺麗な月と星だけが夜空に広がっている。部屋の窓から月を眺めて誓う。あの人に愛を――
二章 完




