表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと絵空ちゃん

作者: 芦川玲

登場人物:九尾の狐と女子中学生

 目路が紫に薄明るい彼は誰時。早朝も早朝の時分に、私は神社の石段に座っていた。

 肺に吸い込む空気は凛と冷たく、乾燥しきっている。


(お狐さまもまだ寝てる、かな)


 訪れるにも非常識な時間帯だと、落ち着いて考えればわかりそうなものであったが。そこまで頭が回らなかったのだから仕方ない。

 とにかく少し待って、反応がなかったら帰ろう。

 そう決めて持ってきた文庫本を開いた。



 数分後。

 短編を読み終えて顔を上げると、少し離れたところにお狐さまが座っていた。

「おはよう。ごめんなさい、全然気付かなかった。声、かけてくれればよかったのに」

「おはよう。こんな朝早くから来ていたわりに、随分と夢中で読んでいるものだと思ってね。せっかくだから離れて見ていたのさ」

 悪趣味な人だ。でもここは、気付かなかった私の負けか。


「それで、何の用かな?」

「うん、いや、別になんでもない。ただちょっと、急に会いたくなったから」


「そうか。ところで、そんなに夢中になるほどその本は面白いのか?」

 四足歩行でこっちに来て、私の膝の上の本を覗き込むお狐さま。

「ホラー短編集だよ。季節外れだけど、本棚整理してたら読み返したくなっちゃって」

 教えると、お狐さまは驚いたと言わんばかりの顔で私を見た。


「お前、怪談は平気なのか」


 うん? ……ああ、そういうことね。

 九尾狐を映す私の目は、幽霊のたぐいも見えてしまう。だから、普段から怪談さながらのものを見ているのに、小説でも怪談を読んでいて怖くないのかということだろう。


「平気。ここ数年は怖い体験もしてないし、小説は面白いからね」

 要は自分と重ねなければいいだけのことだし。

「ふうん。意外だな。てっきりお前、色恋話と怪談は読まないものだと」

「面白いものなら何でも読むよ。恋愛モノも怪談も、詩も随筆も」

「お前も色恋話でときめいたりするのか」

「なによ、意外?」

「別に。想像すると可笑しいと思って」

「ひっどーい。言っとくけど、そこまでベタベタしたのじゃないよ、私が読むヤツ。恋愛一色じゃ一冊読むのはきついから」

 かといって戦一筋・政治一筋でも面白くないけどね。そのへんはよくわからないのが正直ってところだし。



「戦争か。お前が生まれる遥か昔に終わったが、あれももう絵空事に近い感覚になっているのだろうなぁ」

 お狐さまは、どこか遠くを見てそんなことを言う。

 その瞳を見て、胸を衝かれたような感覚がした。


(――この人は、戦争を知ってるんだ)


 焼夷弾の雨も、戦闘機が埋める黒い空も、焼け野原の町も、ぜんぶ。

 人が焼ける様を、それが止まぬ日々を、これは知っている。


「ねえ、お狐さま。戦争が終わって、嬉しい?」


 何気なくそんなことを尋ねた。お狐さまはそれに、こう答えた。


「そう、だなあ。静かになったのは嬉しいな」

 ――俺はね、うるさいのは、大嫌いなんだ。


 鳥居の向こう、はるかな水平線が金に色づいている。日が昇ると、町に朝が来るのがわかるから好きだ。

 畑と田んぼと山と海と。自然ばっかりの、あまり賑やかではない、田舎町。

 私の町。


「お狐さま、私もね、うるさいのは嫌いだな」


 できればずっと静かに。決して子供が銃を持たぬように。

 私が残すなら、そういうのがいい。



「この町は、静かだから好きだ」

「私も」


 町はまだ音もなく、朝焼けに染まっている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ