嘘尽きな彼女
白い部屋。薬品の匂いがあたりに広がっている。その個室に一つ、ポツンと置かれた簡素なベッドに横たわる一人の少女。昔からずっと一緒にいた、幼馴染み。その少女が、病に侵された。
診断された病名は『恋煩い』。聞こえはいいのだろう。しかしその実態は根拠の無い、気持ちの問題で片づく問題ではなくれっきとした重い、いや、想い病なのだ。
想いが募り募って、それがパンクした時に発症する。要するに、一途であればあるほど発症しやすいのだ。一度発症してしまえば、治す方法は、無い。
いや、あるにはある。しかし、実質不可能な治し方だ。なぜなら『両想いの異性とキスをすること』が治療方法なのだから。
想いが届かない。それが発症原因なのだから、おそらくこの幼馴染みは既に行動を起こしたのだろう。そして、その結果がこうだ。その時点で、両想いではないとわかってしまっているのだから、もう治す方法は無い。
「あはは、もう来ないでって言ったのに」
少女が口を開く。病気だとは到底思えない、明るく朗らかな声。毎日見舞いに来て、毎日言われている言葉。
「大丈夫、私は元気だって」
嘘だ。そんな訳無い。だって日に日に痩せ細っているじゃないか。
血が出そうなほどに、強く拳を握る。
「もう……私は元気だってば。ほっといても治るよ、こんなの」
だったらなんでそんな顔してんだよ。なんでそんな――
「私はさ、好きな人と一緒にいられなくてもいいんだよ。私は今でも幸せだよ」
――そんな辛そうな顔してんだよ。
「あ、でもその人が幸せになったら嫌だなー。私の気持ち知っててそうしてるんだから。もしそうなったら私が不幸にしてやるんだから」
冗談めかして笑う幼馴染み。
「…………なんで笑えるんだよ」
「ん?」
「なんで笑えるんだよ! 死ぬんだぞ! もう、楽しいことも、嬉しいことも、何も出来なくなるんだぞ! なんで、なんで――」
「いいの」
俺の手を取る。
「いいの、別に。私のために泣いてくれる人はいないから」
「……そんな悲しいこと言うな。俺が泣くから。いつまでも覚えてるから」
「……いいよ、そんなことしなくても。私は満足だよ」
少し、翳りのある顔で笑う。哀しそうに、寂しそうに。小さく笑った。
「……もう嘘つくな。もう、本音を言えよ」
嘘が得意なこいつには散々騙されてきた。でも、いくらなんでもこれぐらいは嘘だとわかる。嘘でなくちゃならない。
少女は小さく笑って、身体を起こした。
「……じゃあ本当のことを言うよ」
怒らないでね、と前置きをしてからぽつぽつと話し始める。
「本当はキミがあまり好きじゃなかったんだよ。いつも私にくっついて来て、正直邪魔だった。私はもっと一人でいたかったんだよ」
いきなり衝撃の真実だった。今まで嫌われているなんて思いもしなかったから。
「周りの女の子がキミに近づいて仲良さそうに話してるのを見て、私はこれで離れられると思ったのに、キミはその子に断りを入れて私と一緒にいた。それがたまらなく嫌だったんだよ」
確かにそんなこともあった。そんな風に思われてたのか……。
「その子といればいいのに、お似合いだよ。キミはモテるんだから私に近づいて来ないで。そんな風に思ってた」
悪口を言われている筈なのに、何故か気持ちは穏やかだった。きっと本音で話しているんだろうなと、感じた。
「でも君は離れなかった。そんなこと話したことないから当たり前なんだけどね」
からからと笑う。
「本当に嫌だったんだよ、君と一緒にいるのが」
一呼吸置いて、
「大嫌い」
そう、言われてしまった。
「…………そう、か」
結構なことを言われたわりには、晴れやかな気分だった。本音が聞けた。それで十分。十分だ。
「あ……れ……?」
その筈なのに、視界が潤む。滴が、頬を伝って流れ落ちた。
「悪い、俺今日は帰るな。何か変みたいだ」
さっさと立ち上がって、逃げるように背を向け、扉を開けて廊下に出た。
周りの迷惑も気にせず、廊下を走って階段を駆け下りる。自動ドアが開くのももどかしく、開ききらぬうちに外へと飛び出した。
走る。走る。走る。心臓が破れるほどに、足が折れるほどに。視界は依然として滲んだまま。それでも走る、走る。
ひたすら走って辿り着いたのは、海の見える崖。彼女が好きだった場所だ。緑が広がり、少しではあるものの花も咲いている。潮風が気持ちよく当たり、波の音が気持ちいいと言っていた場所。
そんな、思い出の場所で、俺は膝に顔を埋めて蹲った。涙が止まらない。拭っても、拭っても、流れ続ける。
「う…………ああ…………」
情けない。情けない。こんなにも俺は情けない。好きな人一人助けられない。助けるどころか嫌われてさえいた。情けない。情けない。情けない。涙が止めどなく流れ落ちる。
「あーあ…………」
ぐしゃぐしゃになっているであろう顔を上げて、
「最低だなぁ」
空に、独りごちた。
『本当に、最低だよ』
滴が、流れた。
はてさて、彼女は『嘘を尽くした』のか『嘘が尽きた』のかどちらなんでしょうね。
それとも彼女の存在そのものが嘘なのですかね?
そして最後のセリフは誰が言ったのか。
人それぞれのエンドを浮かべられるように書いてみました。