一枚目「転校生と嫌われ者」
「──というわけでいきなりですが、このクラスの新しい仲間になる旋城ユリナさんです。質問当あったら本人に直接、訊いてください。わたしが答えるのは面倒ですから」
さらっと本音を交えて終始笑顔な諏訪原先生は、彼女を席へと誘導する。
「では旋城さんは相坂くんの後ろの席になります。相坂くんは窓側の一番後ろに居る男の子です。なりはひょろいですが、一応男の子ですので、男の子として扱ってくださいね」
男の子を連発して強調させる腹黒スワちゃん、さすがだ。
心にグサッとクるね。
もう慣れたからいいけどね。涙目だけど。
来たばかりで慣れない彼女、旋城さんは先生の黒い発言に戸惑いながらも、席へと移動する。
……ち、近付いてくる……!
いや、当たり前なんだけど、思ったより早く、しかも思いも寄らぬ出逢いでテンパってしまってどうも平常心が保てなくって。
僕は目が泳いでしまう。
「……相坂、くん?」
「はい、相しゃかですっ」
「旋城ユリナです。これから宜しくお願いしますね」
「あ、うん……よろしく」
あっちから話し掛けられてテンパって噛んでしまったが、それを笑いもせず受け流してくれた彼女は、美しい綺麗な佇まいで自分の席に着いたのだった。
なんか僕恥ずかしい人だ。
知ってたけど。
SHRが終わり、諏訪原先生のブラックトークを交えた業務連絡が去った今、転校生にはありがちな質問責めタイムへと移行していた。
「その制服、乙坂学院のだよね!?」「はい。まだ制服が届いてないので」
「その髪の色綺麗だね!ハーフなの?」「祖父譲りですから、クォーターです」
「かわいいね!」「ありがとうございます」
「さっき相坂に何か言ってたよね。どういう関係なの?」
──え?
クラスの視線が僕向けられ突き刺さる。
僕?
いきなりで心臓がバクバクと鼓動を打ち始める。
「えっと……」
旋城さんは答えに困っている。
それもそのはず。
僕のことを話せば趣味のことがバレる。
そうするとこのクラス、この学校に居づらくなる。そうなれば苦痛でしかない。
「お友達です」
違った。旋城さんは僕とどういう関係かに迷っていたんだ。趣味とかではなく。
瞬間、クラス内はざわついた。
だけどクラスの奴らはそうはいかない。
僕のことを一斉に叩き出す。
「相坂は止めておいた方がいいぞ」
「あれでしょ、オタクって奴でしょ?」
「性格暗いしな」
「なんか変なの読んでるんでしょ?ほら、ラノベってやつ?」
「どうせエロ小説だろ」
みんなして後ろ指差して嗤い出す。
胸が騒いで息苦しくなる。
旋城さんがこの状況に困った様子でいる。
呼吸がままならないけど、それを抑え込んで一言吐く。
「旋城さんと僕は、なんでも……ないよ」
「そうなんだ?」
クラスのリーダー的存在で、僕に対して目の敵にしている狩野さんは冷たい目線を僕に浴びせながら、威圧的に聞き返す。
「……う、うん」
それに対して何とか返事をする。
「そう。みんな、旋城さんを快く向かい入れましょう」
「「「はーい!」」」
こういう時だけ連携の取れたこのクラス。
僕は最初からハブられている。
これはもう、仕方ない。
これで旋城さんまでハブられない。
彼女の日々は、彼女の〝モノ〟なんだから。
僕なんかで縛られてはいけない。
けど……なんでだろう。苦しい。
とても、苦しい……胸が、引き締められる。
我慢、しないと。
僕は……誰からも祝福されない、惨めな人間なんだから。
だから、独りでいい。
楽しそうな声は遠ざかり、意識が薄れて──消えた。
× × × × ×
放課後のチャイムが鳴り、校内のざわついた雰囲気は霧散してなくなってゆく。
空は相変わらず変わらない。
変わるのは空気と、時間の流れだけ。
ぐったりとした身体を起こして体を抱く。
震えはもう止まって、胸の苦しさもなくなっている。
もう大丈夫だ。
無理矢理に震えを抑え込んでいたから、授業中ずっと気絶してたな。
昼休みにはここ、屋上まで来れたからいいけど。
「……旋城さん、心配してるよな。はぁ」
溜め息を吐いても何も変わらない。
なんて言えばいいのかな。
こんな風になってしまって、僕から会いに行くのはリスクがあるし、かと言って待つのもなんだか男らしくない。
「……別にいっか」
そういう以前の問題だ。
嫌われたらそこまでだし、僕は最初から独りだったんだ。
今更だよな。
「……帰ろ」
立ち上がって屋上の入り口のドアノブを掴む。
──バンっ
「あ痛!?」
開け放たれた扉は顔の鼻骨を折る勢いでぶつかった。
これが自分でだったら笑えただろうけど、残念ながら内側から誰かが開けたのだ。
「ご、ごめんなさい……っ」
「痛つ……あ」
「……えと、相坂、くん。大丈夫ですか?」
「うん。とりあえずは、まあ」
「「……」」
気まずい空気が流れる。
このまま去るのも後味悪いけど、今何か言っても、曖昧に終わる気がする。
それに、旋城に悪いし。
旋城さんはどう思っているんだろうか。
「相坂くん、鼻……!」
「え?」
──ポタッ……ポタポタッ
コンクリートの床に赤い雫が落ちて弾ける。
鼻に手を当ててみると、湿っていて、見たら血だった。
カッコ悪い。
「今ハンカチをっ」
「いや、別に大丈夫だかっら──」
言い終わる前に取り出したハンカチを鼻に押さえつけられた。
「ごめんなさい、まさか扉の前に居るとは思わなくて……ごめんなさい」
「いや、別にいいんだけど……」
鼻声で答える。
旋城さんはそれに笑わないで心配そうな顔をしている。
「……ごめん」
「え、何がですか?」
「教室でさ……みっともないとこ見せちゃったからさ。幻滅……した、よね……?あはは」
仕方ない。あんな風に周りから嫌われていたら、あんな風に何も言い返せないでいたら。
僕は誰からも好かれない、気持ち悪い奴なのだから。
「私は……相坂くんの友達です」
「──!」
驚いて顔を上げると、彼女は笑っていた。
「確かにクラスの人達に遠ざけられていたかも知れません。だけどそれは相坂くんが悪いわけではありません。私がそれで相坂くんを嫌いになるわけないじゃないですか」
優しい言葉。
高校生になって、初めての……暖かい言葉。
「それとも、私を信用できませんか?」
「あ、いや……」
「それに、忘れてませんか?」
「……?」
「私、相坂くんから借り物しているんです。ちゃんと読んでお返しします。それまで、ちゃんと待っていてください」
そうだ。僕は貸していたんだ。
だから彼女に会えるのを楽しみにしていた。
彼女も、僕が好きなラノベの愛好者なんだ。
ライトでもヘビーでもそんなの関係はない。
それだけで彼女と僕は仲間──友達だ。
「うん……わかった」
「はい」
ドキッとする。相変わらず、彼女の笑顔は反則だ。
「だけどさ……」
「はい」
「僕って、見た通りクラスから嫌われてるからさ……学校ではあまり一緒にいない方がいいよ。一緒にいたら、旋城さんまで嫌われてハブられちゃう」
彼女は彼女で、好きなものを隠していた。
良くは知らないけど、彼女は変装をしてまで求めていたのだから。
「優し過ぎです……相坂くんは、優し過ぎです!」
「え、え?」
「言いました。私は相坂くんの友達だって。だから、その友達の相坂くんを嫌うクラスの人達は友達ではありません!」
「そ、そこまで言うのも……」
「だから」
彼女は僕の手を掴む
「──だから、一緒にクラスの人達と仲良くなりましょう」
「それって……どういう?」
「クラスの人達に嫌われたからと言って、クラスの人達を嫌うのは間違いだと思うんです。私は相坂くんを見て、そう思いました」
「けど、みんなは……僕が近寄っても、みんなは受け入れてくれないから」
「それなら作戦を立てましょう!」
僕は彼女の言葉に首を傾げた。