――苛――
昨日は入学式だったから、母さんの車で学校に向かった。だが、今日から俺達はスクールバスを使って通学しなければならない。
俺ん家から鷹飛高校まで、片道二時間はかかる。……と言っても、始めに電車で移動しなければならないから、スクールバスで移動するのは実質一時間ほどだ。
これだけ遠い高校を選んだのも、同じ中学の奴らと一緒になりたくなかった。と、言う思いがあったからだ。
駅を出て少し歩けば、すぐに目的の停留所がある。
俺と白子は駅から足を踏み出すと、すぐにスクールバスが来る停留所まで歩いた。
俺が歩くのが早いらしく、白子の歩き方が小走りになっている。
「唯人くんっ、速いよー。置いてかないでっ」
「お前が遅いんだろ。てか、着いてくんなよ」
「着いてくるなって言われても、私だってこっちなんだから仕方がないよー。それに、私は唯人くんと行きたい」
「同じ学校行くんだから仕方がないけど、離れて歩いてくれよ。変に誤解されたくない」
「むぅー」
白子の情けない膨れっ面が横目に入ると、可笑しくてたまらなかった。
だけど、少しずつバスの停留所が見えてくると俺は足を早める。
「あっ、待ってよー!」
それに合わせてか、白子も走るように俺を追いかけてくる。
俺は白子を睨み付けてから、「しっし」と猫を追い払うようにする。白子はまた頬を膨らますと、「そうですかーっ!」と言い捨てふから、てくされてしまう。
その光景を物珍しそうに見てくる、数人の先輩達と目が合う。
……だから、目立った行動はとりたくないんだよ。
俺は、白子と距離を保ちながら、ゆっくりとスクールバスを待つことにした。
スクールバスを待っている間に、俺のスマートフォンにメールが届く。中身を確認してみると、白子からであった。
『ごめんね。次からは気を付ける』
そのメールの内容を見た俺は、ついふっと笑ってしまう。そして、白子に返信するメールを作成する。
『別にいいよ。ただ、家だけにしてくれよ? 学校では、目立ちたくないんだ。わかってくれるよな?』
俺はその軽快なリズムで文章を打ち終わると、送信の文字をタップする。『メールを送信しました』と言う文字を見てから、横目で白子を見た。
ちょうどその頃にメールが届いたらしく、白子は一生懸命にスマートフォンを両手で操作している。
そんな一生懸命な白子の顔を見ていると、またおかしくなって失笑すると、スマートフォンにメールが届いた。
『気を付けるね、ごめんね』
俺はそのメールを見て、少しだけ申し訳なくなった。別にそんなに怒っている訳じゃない。
たまに思うんだが、白子は気にしすぎなんじゃないかと思う。いつも謝ってばかりで、気が引けると言うか……なんと言うか。
そう思っていると、ゆっくりとスクールバス近付いてくるのがわかった。
先頭近くに立ってた俺は、素早く乗り込むと前の席に座る。
白子はどこに座ったのか気になったが、あまりキョロキョロし過ぎるのもまた注目を浴びる可能性があるから、静かに窓から外の景色を眺めることにした。
ほどなくして、バスはゆっくりと動き出す。
この鷹飛高校に向かうスクールバスは、七時と十七時の朝と夕方にしか運行していない。
理由と言えば、そこまでの人数が乗らないからだ。
それを乗り過ごすことさえしなければ、遅刻することはない。万が一、乗り遅れたとしたら普通運行のバスを乗る、もしくは、歩いて学校に向かわなければならない。
……滅多に歩くやつはいないらしいけど。
部活を始めれば、時間通りに帰れない。だから、普通のバスを使って帰る人達が多いって聞く。
最近になってから、「遅い時間にもスクールバスを出せないのか」という声が上がっているようで、今検討してる段階なんだとか。
俺も、部活を始めたらそうなるんだろうな。……いや、どの部活に入ろうか慎重に決めなければ。俺にとっては、それが最重要だと思うんだ。
だけど、ふとあの時の事が脳裏を過ると、俺の手は震小刻みに震えてしまう。
俺は深呼吸してからその震える手を握り締め、必死に震えを抑えた。
***
目的地に到着したバスは、ゆっくりと路肩に停車させると、出口となる扉を開く。
このスクールバスから降りるときは、必ず学生証入りの生徒手帳を運転手に見せなければならない。
スクールバスと言う名目で運行しているんだが、ここら辺一帯の地域が田舎だから、スクールバスでも金さえ払えば一般客が乗れるって仕組みらしい。
確かに田園ばかりのこんなど田舎じゃ、爺さん婆さんにはきついと思う。
前の座席に座っていた俺は、素早く立ち上がると運転手に生徒手帳を開いて見せた。
運転手のおじさんは目を細めて俺の学生証を見てから、
「いってらっしゃい」
と言って、笑いかけてくれる。
俺は挨拶するのは照れ臭かったから、軽く会釈をすると素早くバスから降りた。
白子を待っていてやろうかな……と思い、後ろを振り向くが、なかなか次の人が降りてこない。
よくよく見ると、婆さんがもたもたと財布を探しているようで、バスの通路は長蛇の列になっていた。
列の後ろの方で白子が困った顔をしている。
少し待っては見るが、婆さんはゆっくりゆっくり行動するので、俺は白子に視線で「先に行ってる」と送る。白子は頷き、「後から行くね」と言わんばかりの申し訳なさそうな顔をした。
俺はいつもの早さで、なだらかな登り坂を歩きながら校舎へと向かう。
結城の顔が見たくて、無意識に早まる速度すらわからないまま、俺はひたすらに歩いた。
一足先に校舎に着いた俺はすぐに二階に上がると、俺のクラスである『1‐A』と書かれた教室を目指す。
校舎の中は、少し緊張した雰囲気と、生徒達の楽しい笑い声が聞こえてくる。
開けっぱなしの入り口に足を踏み入れてから、まず始めに視線が合ったのは、他でもない結城であった。
「おはよう、好間くん。今日はボーッとしてなさそうだね」
昨日の事を思い出しながらなのか、笑いながら俺に話し掛けてくれる結城。
昨日の事をここまで引きずってくるとは思っていなかったから、俺は恥ずかしくなった。
「昨日は、その。…………ただ、緊張してただけだよ」
「……そうですか」
結城は口元に手を当てて、クスリと笑う。
俺は咳払いをしてから席に座り、荷物の整理をし始めた。
「ねえねえ、好間くん。阿黒さんは?」
「…………あれ? 白子、まだ来てないのか。本当にあいつはトロいなぁ」
結城にそう言われると、少し気になった俺はスマートフォンを覗く。だが、白子からメールは来ていないようだ。
「そっか。いつも好間くんと一緒だから、今日はお休みなのかなって思ったよ」
「一緒にバス乗ってたから、休みじゃないよ」
結城は自分の席に座ると、俺の方を向いた。
あまりにも気軽に話し掛けてくるものだから、俺の心臓は高鳴るばかり。
「好間くんと阿黒さんって、恋人かなにか?」
急な質問に、正直俺は戸惑いを隠せなかった。
よりによって、一目惚れした相手にそんな誤解を生んでしまっているとは。
「ちげーよ! あいつは、その。……い、妹みたいなもんだ!」
「…………で、本当は?」
「嘘じゃねぇ! 本当だよ!!」
「ふーん、そう」
俺の動揺は、余計に怪しく見えてしまう。
結城は疑いの眼で俺の顔を見ている。
「まあ、そんなことが聞きたかった訳じゃないんだ。私ね、阿黒さんと仲良くなりたいの。だから好間くん、阿黒さんを紹介して?」
「……へ?」
「だから、阿黒さんを紹介して?」
俺は耳を疑った。
結城が男で、「白子を紹介して」と言うならば分かる。だが、結城は女だ。
俺は疑心暗鬼になりかけながらも、恐る恐る結城き訪ねた。
「変なことを聞くけど……結城って、レズとかそっち系?」
「え、何でそうなるの? 私はノーマルだよっ!」
「いや、だってさ。男に女の子を『紹介して?』……なんて聞く女の子、始めてだからさ」
俺はいたって真面目な顔で話す。
そんな俺を見てか、結城は顔を赤らめて首を横に振って見せた。
「わっ、私はただ、阿黒さんとお友達になりたいだけよっ! 勘違いしないで! ……それに」
結城はそこまで言うと、一転して辛そうな表情で言葉を続ける。
「阿黒さんの事が心配なの」
その言葉を聞いた俺は、首をかしげる。
「白子が心配?」
俺の驚いた表情が意外だったのか、結城は目を見開く。
「昨日のあれを聞いても心配にはならなかったの?」
「昨日のあれ?」
その言葉を聞いた結城は、深く溜め息を吐く。
……なんかまずいことでも言ったのかな、俺。
「気付いてないの? 新堀さん達の野次り」
「…………ああ、あれか。気にはしていたけど、本人曰く『いつもあんな感じだよー。弄られて困っちゃうなっ』って。だから、俺はそんなに気にしてなかった……んだが」
俺はそう言いながら、あの時のことを思い出す。
あの時の俺も、母さんに心配はかけれまいと、必死に普通を装っていた。
まさか……まさか、な。そんなはずがない。白子に限って、そんな。
俺は息を飲むと、笑って見せた。
だけど、結城は残酷にも俺にそれを聞かせる。
「阿黒さんと同じ中学にね、私の幼馴染みが通ってたんだ。彼女に聞いてみたの」
その時だけ、異様に結城の口が動きがゆっくりに見えた。
聞きたくない。
家ではあんなに笑顔で話していたと言うのに。
あれが、白子の笑顔の全てが嘘だったなんて。
いや、それよりも、白子が俺と同じように――
「阿黒さん、新堀さん達にいじめられていたみたいなの」
予想していた言葉が俺の鼓膜を響かせ、脳に情報として入り込んでくる。
だけど、だけど。
その言葉を聞いてなお、俺はそれを受け止めたくなかった。
「…………まさか、ないない。白子は毎日のように、『学校が楽しい』って――」
「もし、それが上辺だけだったら?」
その言葉を聞いた俺は、あの時の俺と白子をダブらせてしまう。
あの頃の俺もそうだった。母さんに心配をかけさせないように、家では笑顔を作った。死んだ父さんと、母さんを守るって約束したから。
じゃあ、白子のいままでの笑顔は、俺達に心配をかけさせないための作り笑いだと言うのか?
あまりのことに、俺の体が固まってしまい、思考も止まりかけた。
「好間くん? どうしたの?」
結城が心配そうに見つめてくる。
我に返った俺は「いや」と言うと、スマートフォンを握り締めた。
「白子とは離れたクラスだったんだ。端と端のクラスで、授業でも白子のクラスとは一緒になることもほとんどなかった。…………だから、俺は気付かなかった。いや、気づけなかったんだ」
俺はそう思うと、やはり両手が震えてくる。
……好きな娘の前なのに、カッコ悪いな。
俺は歯を食い縛りながら、両手を膝に置き、震える手を結城に見えないように工夫する。
結城は俺の態度を察っしたのかわからないが、急に立ち上がると校門が見える窓側まで歩き、そこから外を眺めた。
「それにしても、阿黒さん遅いね」
心配そうに外を眺める結城の横顔は、どこか物悲しさを帯びている。
そんな結城を眺めていたら、クラスの入り口から苦手とする甲高い声が聞こえてきた。
「みんなぁ、おっはよぉー!」
先陣を切って甘ったるい声を出したのは、他でもない、俺の大っ嫌いな瀬亜だ。
だけど、他の男はこう言うやつが好みらしく、嬉しそうに挨拶をしている。俺にはよくわからん。
瀬亜に続いて現れたのは、相変わらず化粧の濃い楽巌寺と、モデル並に背の高い新堀だった。
「ねえねぇ、燈花。だるいからサボっちゃわない?」
相変わらず楽巌寺は、綺麗にカールした髪の毛を人差し指に巻き付けながら話す。
「三人でサボって、由羅ん家に行こーよ」
「駄目だよぉ。真面目に通うことを条件に、この学校にこねこねしてもらったんだからぁ」
「由羅、安易にそう言うことを言うな」
白子ほどではないが、あの中で一番小さな瀬亜に軽くデコピンする新堀。
……もしかして、「こねこね」って「コネ」のことか? この学校に……コネで入ったってことか?
確か、瀬亜の父親が政治関係の人だって聞いたことはあるが……。こう言ってしまうのはいけないのだろうが、学力だって普通の高校にどうしてコネを使って入る必要があったのか?
俺は疑問に思いながら聞き耳を立てていると、学校のチャイムが鳴り響く。
そして教室の入り口に担任がやってくると、教室にいる生徒に向かって言った。
「体育館に集まってくれ。これから新入生歓迎会をする」
「先生っ! 阿黒さんを見ませんでしたか?」
待てども来ない白子を心配して、結城は担任に駆け寄ると、そう訪ねた。
「見てないなぁ。……好間、今日は阿黒は休みか?」
「いえ、今日は一緒にバスに乗って来ました」
担任は、俺と阿黒が一緒に住んでいると言うことは把握しているので、俺も気兼ねなく答える。
「おかしいなぁ。まさか、校舎で迷子なんて……」
俺達がそう話していると、性悪そうに笑う新堀が俺達に近付いてきてこう言い捨てた。
「阿黒さん、見かけましたッスよー? 『お腹が痛いから、トイレに籠もってます』って言ってましたよ」
身長の大きな新堀を見上げるように見ていた俺は、そのいやらしい笑顔を見て寒気を感じる。
――あの時のあいつらも、同じように笑っていたからだ。
同じようにその笑顔を見ていた結城は、新堀を睨み付けるように見ると、すぐに走り出した。
「お、おい! 結城!!」
担任が呼び止めようとしたが、結城はすぐに走り去ってしまう。
俺も意を決して、結城の後を追いかけるように全速力で廊下を走った。
まだラブコメっぽいですか?
途中まではラブコメっぽいけど、コメもないのでそちらの期待はしないでください。
これのジャンルはあくまで『ホラー』であります……。