ねえ君は
初めての作品です。頑張って書きました、よろしくお願いします!一人でも多くの方に読んで頂けますように・・・。
私には年子の弟がいる。小さい時は泣いてばかりで、すぐにお母さんの後ろに隠れていた。遊びに行
く時は必ずついてきて、友達には結構可愛がられていたと思う。黒目がちな瞳に小さな引き締まった
口と鼻は、誰が見てもかわいいと口に出してしまうくらい、そう、そんな弟の存在が嫌でならなかっ
た。
「ねえ待って、ジュン!靴ひもがほどけた!」
「しょうがないなあ、早くしないと遅刻するぞ」そんな私も、現在弟とは友達のような間柄になった。私はいつのまにか、弟といる時が一番楽しいと感じるようになっていた。あんなに泣き虫だったジュンが、まさかこんなに変わってしまうとは・・・ずっと一緒に成長した私でさえ、不思議でならない。
「・・・ほら行くぞ」
靴ひもが結ばれたことを確認するや、私の手をつかんで走り出した。
「ちょっと、早すぎ〜!!」
足の遅い私だが、ジュンと並んで走ると、景色がいつもよりも早く流れているような気がする。
あっというまに校門をくぐり、私達はその場で呼吸を整えた。
(もっと走っていたかったな)
「え、何か言った?」
ジュンが鞄を肩に担いで立ち上がった。
「何も言ってないよ!」
私はちょっとびっくりして、まだ早い呼吸を無理におさえながらロッカーに向かった。ジュンは時々、なぜか私の心の中を読んでしまうことがある。私はその度に否定しなければならない。というのも、もしそうだと分かってしまったら、いつでも自分の考えを知られてしまうから。
「笹井く〜ん、お早う」
ジュンの彼女のミユキさんだ。ジュンと同じクラスで、私にとってはクラブの後輩でもある。
「あ、笹井先輩、お早うございます」
「お早う、今日も遅刻はまぬがれたみたい」
私はそう言って、さっさと靴を履き替えて教室に向かった。背後で、二人の楽しそうな会話が聞こえてくる。階段を小走りであがると、笑い声はやがて消えていった。
今日はクラブもないので、まっすぐ家には帰らずに、駅のそばの本屋に立ち寄った。
毎月買っている漫画の雑誌がもう出ているはずだ。雑誌のコーナーで探していると、誰かに見つめられているような落ち着かない雰囲気に思わず周囲を見渡すが、本を読んでいる姿しかなかい。
(気のせいか・・・)
お目当ての雑誌を見つけてすぐにカウンターに向かった。
店員に雑誌を渡していると、
「うまそうな女だなあ〜、ギヒヒヒヒ」
背後で金属を引っかいたような耳障りな声が聞こえてきた。
「お会計590円です」
店員には聞こえなかったのか、すました顔でレジを見ている。
私は慌てて鞄から財布を取り出し、お金を渡した。
「あとで骨まで食ってやる、ギヒィヒィヒィ!」
鞄に雑誌と財布を入れる時に後ろをそっと見たが、怪訝な顔で立っているサラリーマンらしき男がいるだけだった。私は怖くなって足早に本屋を出た。そして出来るだけ人の多い所を選んで家に向かったが、どうしても一カ所だけ寂しい場所を通らなければならなかった。
(ま、夜じゃないんだし、さっさと通ればいいんだ)
この通りをまっすぐ行けば、突き当たりを右に曲がったところに住宅地が並ぶ。ただ、通りの右側は建設を中断している工事現場の空き地で、左側は封鎖された小さな工場があるだけだった。
なぜか握り拳を作りつつ、歩を早めた。通りの半ばまで来ると少しホッとする。
「ねえ君、ちょっと待って」
「わあ〜!食べないで!!」
ふいに肩を叩かれたので、私はとっさにしゃがみ込んで頭を抱えた。でも、よく考えると声が違うような・・・。
そっと見上げると、学ラン姿の男の子だった。小脇に不似合いな雑誌を挟んでいる。
「それ、私と同じ・・・」
「これ、君が落とした雑誌だよ、鞄に入れるつもりが落ちたみたいだね」
そう言って私に差し出した。わざわざ追いかけてくれたみたいだ。その学生はジュンと同じ制服、つまり私と同じ学校の生徒だった。
「ありがとう、危なく大損するところだったわ」
そうそう、お小遣いがパーになるところだった。
「君のことは知ってるよ、笹井ユイカさんだよね」
私が不審な顔をすると、慌てて弟の友人だと言った。
「名前は何ていうの?」
「春木トオル、クラブも同じなんですよ」
ジュンは小学校の頃から剣道をしている。学校の話は家でもよくするんだけど、こんな友達がいたなんて知らなかった。きっとミユキさんなら知っているんだろうな、と思った途端、そんなことを考える自分に違和感を感じた。
「いつもお姉さんの話をしてくるんですよ、あいつ。それで僕、時々からかってやるんです」
「え、私の話?ミユキさんの間違いじゃないの?」
そう言いつつも、内心ちょっとドキドキしていた。何を言ってるんだろう。
「話がちょっと長くなりそうだから、そこに座りませんか?」
春木君がそう言って工事現場の柵をくぐった。柵の向こうに手頃なベンチがある。私も何だか足が疲れていたので、続いてくぐり、年期の入ったベンチに腰掛けた。
座ってはみたものの、なぜか話し出すこともなく、時間だけがゆっくりとすぎていっているように思えた。
(そろそろ暗くなってきたし、帰ろうかな)
「あの、この話はまたこ・・・」
ギギギギギィ、ギギギギギィ・・・。
隣を見ると、春木君が俯いたまま、ベンチに両手のツメをたてていた。金属っぽい嫌な音が響き渡る。
私は怖くなってすぐにベンチから離れた。それでもそいつはずっと音を出し続けている。向きを変えて柵をくぐろうと中腰になった。
「帰さないよ〜、ギヒィヒィヒィヒィ」
本屋の時と同じ声だった。いつのまにか肩を強くつかまれ、身動きできなくなった。
人は本当に怖くなると、声が出なくなるようだ。私は口をパクパクさせながら、入ったこともない敷地にズルズルと引きずられていった。
(助けて!助けて、ジュン!!)
「怖いかい、え?これからもっと怖いことが起こっちゃうんだよぉ」
そいつの顔を見ると、口がありえないほど裂けていた。目が灰色に濁っていて、どこを見ているのか分からない。
私は夢中でジュンの名を心の中で叫び続けた。
「グワッ!!」
気味の悪い声の後に体が自由になったため、何が起きたのかと周囲を見回した。
そこに奇跡が起きていた。ジュンがそいつを足で地面に押さえつけている。
「ど、どうして分かったの・・・?」
私は嬉しくて、ちょっと鼻声になりながら聞いた。
ジュンは、こっちを横目で見ながら、
「知ってるくせに」
と言った。
(ああ、やっぱり私の思っていることが分かるんだ。どうしよう、困ったなあ)
「おいお前ら!いつまでも良い思いでいられると思うなよ〜、必ず食ってやる!グヘェェェ!!」
途中でジュンに目を塞がれてしまったので、次に目を開けた時には、もう春木という男は動かなくなっていた。
「殺したの?」
「ああ、でも、誰も悲しんだりしない」
ジュンが冷酷なことを言うので、私はやけになった。
「どうしてそんなことが分かるの?この人にだって親や兄弟がいるんじゃない?」
あんなに小心者で優しかった弟が、まるで別人みたいだ。
「・・・そんなものいないよ。こいつはユイカを襲うために作られたんだから」
(え?何を言ってるの・・・?)
私の様子を見たジュンは、短くため息をついて例のベンチに座った。そして両手の指を重ね合わせ、何やら思案しているようだ。
「ユイカ・・・知らない方が良かったと後悔するのと、知らないまま平穏に暮らす方なら、どっちがいい?」
もちろん普通なら後者を選ぶだろう。誰だって後悔はしたくない、でも、何かすっきりしない。いつからジュンは私を(おねえちゃん)から(ユイカ)と呼ぶようになったのか、そういえばその頃からジュンはジュンらしくなかった。こんなに疑問を持ったままで平凡に生活できるはずがない。
するとジュンはふっと小さく笑って、目を伏せた。
「それがユイカの答えなんだな、じゃあ説明するよ」
私は今にもやっぱりいい、と言いそうになったが、ここでやめてもいつかまた聞いてしまうに違いない、そう思ってぐっとこらえた。
「僕とユイカは、ずっと昔に恋人同士だったんだ。神様が地上に住んでいる時代に、いろんな神様の手助けをしている人達がいて、僕達もその仲間だった。僕とユイカはある小川の女神様の手と足となって働いていた。で、次第に僕らが親しくなってくると、女神様は冷たい態度をとるようになった。なぜなら、僕は女神様に気に入られていたために、激しく嫉妬したんだ。それでも僕達の絆は深くなっていたので、二人で遠い土地へ逃げたが、すぐに捕まって、僕達が永久に結婚できないようにしてやると言われた。気が付いたら笹井ジュンとして生まれ、僕達は姉弟になってしまった・・・と、いうわけさ」
私は、この途方もない話を素直に受け止めることができなかった。それに、もし事実なら、ジュンが知っててなぜ私は知らなかったのか。そんなに愛し合っているというのなら・・・。
「それは、僕がユイカの昔の記憶を封印したからなんだ」
「どうして知ったらだめなの?」
この時私は、何となく引き返せない状態にいることを悟った。
ジュンは少し悲しそうな目で私を見た。
「ユイカが思い出してしまうと、もう一緒にはいられなくなってしまうから・・・。でももういい、今まで一緒にいられたんだし」
何か言わないとジュンが消えてしまいそうな気がする。
「ねえジュン、小さい頃すんごい弱虫だったでしょ?どうやって強くなったの?」
「弱虫じゃないよ」
「だって、いつもお母さんの後ろに隠れていたもん」
そうだ、あの時の私は、いつも弟がついてくる度に隠れていた。
「ユイカを襲おうとしていた存在が、僕にはいつも見えていた。初めは怖かったけど、すぐに守らなきゃと思って見張っていたつもりなんだけど」
ジュンの目から、小さな涙がこぼれた・・・それを見ていると、頭の中で滝のようにいろんなことが次々と蘇ってくる。
私は何のためらいもなく、ジュンを抱きしめた。ジュンも、痛いほど抱きしめてくれた。
「さようならユイカ、そばにいられないけど、ずっと愛してるよ」
「お願いジュン、また私の記憶を封印して!」
ジュンはうなずく代わりに優しくキスをして消えた。
ジュンが地上から消えた途端に、また元の平穏な暮らしが始まった。きっと女神様の怒りが収まったんだろう。ジュンという存在は、誰の記憶にも残っていなかった、そう、私以外は。
(ジュン・・・ねえ君は一体どこにいるの)
・・・おわり
読んで下さってありがとうございます!一言でも良いので、ぜひ感想をお聞かせ下さい!!
いろんなジャンルを書いてみたいと思います。