ロボット
私は都内に住む老人である。
ある会社の社長を退き名前だけの会長という立ち位置にいる。まぁいわゆる富裕層というやつだ。私に子供はいない。若い頃から仕事に専念していたため、結婚なんてものは仕事のできない、女々しい奴がするものだと思っていた。そんな私も50代に入り仕事にもかなり余裕が出てきたため、少し結婚というものに興味を持ったのだ。私は同い年の美人な妻を手に入れた。周りからは熟年結婚だの、結局は結婚するんだとか揶揄されたが、そんなの私にとってはどうだっていい。
私は孤独という名の一線上にいたが、私は一戦から退いたのだ。最後まで孤独を貫いてやるという偏屈な頑固さを持ち合わせるのは私に言わせれば時代にそぐわない。私が幸せなら何でもいいのだ。
そんな私も結婚から数年後に妻に末期癌が見つかり、私の順風満帆の生活はいとも簡単に幕を閉じたのだ。妻は呆気なくぽっくり逝ったのだ。
妻が亡くなり十数年がたち私も生い先そう長く無いだろうと考え始めた時、健康について考えるようになった。私の孤独と健康をサポートしてくれるものはないだろうか、、そう考えていた時だった。チャイムが鳴った。
「何か用かね、先に言っておくが私はセールスや宗教勧誘なんてものは興味がなくてねそれならお断りする。」
私ははっきり言った。私の目の前に立つ男は背が低く、薄い頭髪に加え、今の時代に珍しい社会科の先生がつけていそうな度の強い四角いメガネをつけていた。私はこんな奴にセールスが務まるのか、営業成績は下から数えた方が早そうだと少し同情した。ただ愛想だけは人一倍良かった。
「少しだけでもお話をお聞きしていただけないでしょうか、ほんの少し時間はかけません。1分だけでも大丈夫です。」
私は最近人と話す機会がほとんどなかったし、この後の予定もこれと言ってなかったので、仕方なく話を聞くことにした。
「少しだけだぞ。退屈だと感じたら帰ってもらう。」
「わかりました。必ずお客様のご満足いただけるように尽力いたします。」「まだ客になったつもりはないがな。」男はやけに嬉しそうだった。こんな様子じゃ久しぶりに話を聞いてもらえたのだろう。
男は饒舌に話し始めた。「現在おひとり様で暮らすご高齢者様のご自宅をご訪問しておりまして、お客様ほおうちにお伺いさせていただいたのです。」
「高齢者とは失礼な、まだまだ気持ちは若い頃のままだ!よくここが一人暮らしだと分かったな、」
「それは大変失礼いたしました。それはそれは有名でございます。ご近所では評判のおしどり夫婦であったとか、、しかし奥様に先立たれ傷心なさっていると噂になっております。」
「そうなのだ、結婚してすぐに私は妻を亡くしてな、、今わしは孤独なのだ、」
「そんなお客様に理想の商品がございます。このロボットでございます。」
「ロボットとな、、それは一体何なのだ、」
「簡単に説明いたしますと家政婦ロボットのようなものでございます。このロボットにはAIが搭載されているためお客様に沿ったお客様専用のロボットを提供することができるのです。」
「そのロボットとやらは、私の孤独と健康を満たしてくれるというのか?」
「はいその通りでございます。このロボットは毎朝決まった時間にお客様を起こし、お客様の健康状態に合わせて、朝昼晩と食事を作ることができます。掃除に洗濯、全ての家事や業務を行ってくれるのです。また毎日会話をすることでお客様の趣味趣向に合わせた会話をすることも可能です。お客様が退屈になることはないでしょう。ドライブがしたいといえばこのロボットが代わりに運転をすることだってできます。しかも、30日間無料体験をすることが可能なのです。もしお客様が気に入らなければ30日以内に返品していただければよろしいです。」
「うーん、、、ここまで聞けばお前のいう通り素晴らしい商品だろう。しかし本当にわしの孤独や健康を満たしてくれるというのか、、」
「お客様の気持ちは大変ご理解できます。30日間は無料体験をすることができるのでぜひ使っていただけないでしょうか?」
「うむ、、よかろう。しかし本当に満足できなかったら即返品するからな。」
「もちろんでございます。二日以内でご自宅に配送させていただきます。では失礼いたします。」男はそう言い残すと名刺を渡して帰っていった。
翌日にはロボットが家に届いていた。本当に人間くらいのサイズ感であった。ロボットと言うともっと無機質で大きく鉄くさい塊だと思っていたが、私の予想は外れた。私はロボットに付属していたマニュアル書を読みつつロボットを起動させた。
「初めまして、ご主人様。」ロボットは決まった定型文を喋った。私は無機質な感じがとても苦手だった。ロボットと暮らす老人なんて周りから見ればより孤独に見えるからだ。私はすぐさま返品しようと思ったが、その日は疲れ果て寝てしまった。
私は懐かしい声で起こされた。起きると、頭に吸盤のようなものがついていた。脳波でも測る機械なのだろうか、その吸盤から伸びた管はロボットの足元まで伸びていた。怖くなった私はすぐさま吸盤を頭から外しロボットを問い詰めた。
「どう言うことだ、なぜ勝手に料理をしている。それに朝起こした声は誰の声だ、妙に懐かしい声だった、」
「私は昨晩あなたが寝ている間に脳波を測るセンサーを取り付けさせていただきました。その情報からあなたに関する記憶や情報を全てインプットしたのです。」
「勝手なことをするな、気味が悪い。」
「今作っている料理はあなたが今一番摂取しなければいけない栄養素や健康状態を良くする料理を作っているのです。それに朝起こした声はあなたの記憶から奥様の音声をAI機能で再現したものです。」
「そう言うことか、だからやけに懐かしいと感じたのだ。」私はここまで科学が進歩していることに驚いた。
「完成しました。朝食です。」ロボットが作った料理はドロっとした液体状のもので見るからに食欲が失せてしまう、そんな見た目をしていた。
「わしはこんなスムージー状のもんは食わんぞ。大体こんなもの食えるわけがない。」私はあのセールスマンを疑った。こんなロボット家に置くんじゃなかった。結局私は騙されたのだ。
「そんなこと言わず騙されたと思って食べてみてください。」
「くそ、ロボットのやつ妻の声を利用して私に食べさせようという魂胆か、悪あがきをしたって私は絶対に食わん。」
「お願いです。せっかく作ったのに、、、」
「うるさい!ロボットが作った料理なんか、、」
私はそう思っていたが、心の奥底では妻と久しぶりに話せた気がして嬉しかったのだ。なんせ生前の妻の料理を一度も残したことがない私は妻の願いを断るのは少し荷が重かった。しかも何も食べずに朝を過ごすのは私には考えられない。私はほんの少しだけ味見してみることにした。
「ほんの少しだぞ、、」食べてみると、驚嘆した。
美味かったのだ。何より妻の料理に似ていた。私は有無を言わず皿にあった料理を平らげた。感動した、こんな幸せがまた訪れるなんて思いもしなかった。何より体の底から力がみなぎる感じがした。
「美味かった、ありがとう、、」私は悔しくもロボットの作った料理に一本取られた。
「どういたしまして、あなた。」ロボットがそう言うと本当に妻が帰ってきた気がした。嬉しかった。私は黙ってロボットを抱きしめた。そこにはわずかに温もりが感じられた。
それからと言うもの私の人生は打って変わった。毎日孤独で寂しかった日常に彩りを取り戻したのだ。ロボットと旅行に行ったり、デート他にもたくさん色々なところに行った。私はこの30日間人が変わったように人生を謳歌することができた。何より体の調子がすこぶる良かった。節々が痛くて何もできなかった私が今ではジムに通い、趣味だったゴルフを再開させることすらできるようになったのだ。もちろんバディはロボットである。私は毎朝ロボットとキスをするのが日課になった。私は幸せ者だ。この調子なら100歳、いや150歳まで生きることができそうだ。何より死にたくない。このまま不老不死にでもなれやしないかなんて幻想すら抱くようになった。そう、生きる価値、生きる希望を人生において見出すことができたのだ。そして私のせいに対する執着は加速していく。
無料体験期間が過ぎようとした頃、例のセールスマンに電話をかけた。
「もしもし、あの時の私だが、、」
「お電話ありがとうございます。あの時のお客様ですね。ロボットはいかがでしょうか?満足いただけておりますでしょうか?」男は不安気に質問する。
「大変気に入った。私はあのロボットのおかげで人生が見違えるくらい好転した。素晴らしい!君には感謝するよ。ところで、そろそろ無料期間が過ぎると思うので電話させてもらった。前の話では月々レンタルと聞いていたが、、」
「左様でございますか。それは良かったです。翌月からレンタル料がかかりますので、大体1ヶ月100万円程度でしょうか、、少しお高いとは思いますが、いかがなさいましょう?」
「ぜひお願いしたいね。金なら有り余るくらい持っておる。もうこいつを手放せなくてね、、」私は即答した。こいつなしの生活なぞ考えられないのだ。
「わかりました。ロボットが故障した際の保険などに入ることを強くお勧めしておりますが、いかがなさいましょう。少し高くのですが、、、
「いくらだ。」
「永年保証で十億になります。」
「そんなに高いのか?なぜそんなに高いのだ、」私は疑問に思った。
「それは企業秘密となっておりまして、、、お答えすることは差し控えさせていただいております。誠に申し訳ございません。」男はとても申し訳なさそうに答えた。
「まぁいい、保険なんぞに入らなくても私の幸せを保証してくれればそれで良いからな、」私は顔をほころばせて語った。
「本当によろしいのですか、、私どもは保険に入られることを強くお勧めしております。一応弊社と致しましては一年を期限として、一度ロボット点検させていただくことを強く推奨しております。なのでぜひ、保険に入られた方がよろしいかと、、」男はしつこく訴えかけてきた。どうせ自分自身の売り上げを伸ばしたいだけであろう。経営をしてきた身としてはそんな魂胆は見え見えである。
「いいのだ、それで死ぬわけでもなかろう、」
「はぁ、、そうではございますが、、」私はセールスマンの訴えを跳ね除け月々のレンタル料金だけを契約した。
そして一年と数ヶ月が過ぎようとした頃、異変を感じるようになったのだ。体の調子が悪いと言うわけではないが、何か少し重たいような気がするのだ。まぁ年も年であるため体が衰えたのであろう。言うならば体の中の潤滑油が足りない気がするのだ。しかし、相変わらずジムに通っているがどんどん重量を上げることができるようになってきているのが不思議に感じられた。私はこの歳からでも十分人は成長できるとそう信じていた。そう信じるしか他なかった。そして私は、その時の違和感とセールスマンの言ったことを素直に聞いておけば良かったと後々後悔するのだった。
ある朝起きると急に体が楽になった感覚があった。二十代に戻った、いや人生において最高潮の時の感覚に近かった。そして私はロボットと毎朝恒例のキスを交わす。そのあとジムに行き体を鍛える。今まで上がらなかった重量が上がるどころが今ならどんな重さでも上げられるそんな気がした。私は不老不死以上の超越した体を手にしたと思った。全て物事がうまく行ったのはロボットのおかげだ。妻を亡くしてからはロボットが妻代わりとなり余生を満喫することができている。素晴らしい。私は家へ帰る道中急に倒れた。目の前が真っ暗になったのだ。起きると家のベッドにいた。介抱してくれていたのは私の妻であった。妻に何があったのかを尋ねるとなかなか家に帰ってこないので位置情報を確認してそこへ向かうと道端に倒れている私を見つけたそうだ。そのあと私に点滴を与えていたところ目が覚めたのだという。もちろん点滴の中身は妻自家製の特別な点滴である。私はこんなこともあるのだなぁと思いながら、ますます妻が作る料理を積極的に取らねばならないと感じるようになった。
とあるセールスマンの自宅では男とその妻が話をしていた。
「あなたの売っているロボットの保険に入らないとどうなるのよ、あなたの顧客で唯一保険に入らなかった孤独な老人がいるらしいじゃない。他の顧客はみんな入ると言うのに」と妻は聞いた。
「いや、僕も根気よく伝えたんだがなぁ、なかなか聞き入れてもらえなくてさ、僕は善意のつもりで言ったのになぁ」と男はポツリと呟く。
「で、なんなのよ。保険に入らないとどうなるの?」すると男は小さな声で囁いた。
「誰にも言うなよ、バレたらクビなんだからな。あのロボットは一年を過ぎると自我を持ち出す。そこで私たちが点検を行い自我を持たないように整備するのさ、自我を持ったロボットは持ち主を自分の仲間にしようとする。つまり、無意識のうちにロボットに改造されてしまうのさ。寝ている間、食事においても全てロボットの自我によって着々とロボット化計画は進められる。だから今頃あの老人は、、、」
と男は言うとため息をついて、「だから言ったのに、、、」
ロボット 〜完〜




