あなたのお家に虫よけスプレーはありますか?
虫除けスプレーは、人類の叡智を集結させ誕生した発明品の中で最高傑作だと思う。
森林公園へピクニックに出向いた。お日様のいい香りがするくらい良い天気だ。
森林公園にある湖のほとりに、木でできたテーブルや椅子がある休憩スペースがあることは以前来た際見つけていた。
休憩スペースでランチをしようと持参したおにぎりとタクワンと唐揚げが詰まったお弁当ボックス。
せっかく休憩スペースに到着したがお弁当ボックスを開けることはできなかった。
なぜならクルミ程のサイズの黒く…そして断続的に目で追えないくらいのスピードで素早く飛びまわる虫がいる。ブブブブーン!とバイクのエンジン音のような羽音を鳴らし威嚇するように私の周りを旋回していた。1…2…3……6匹は目視で確認できた。
アブだろうか。もしアブなら刺されたらたまらなく痛いだろうしすぐさま下山し病院へ直行し治療を受けるはめになる。
「こわー!」
わたしは虫対策グッズを持ち合わせておらず、すぐにその場を離れて立ち寄り所の山小屋へ退散した。山小屋とはいっても、雨を防げる程度の屋根が設けられ中心には地域のお知らせや森林清掃のボランティアを募集しているチラシ等を貼り付けた掲示板が立っているのみだろう…そう思ったがわたしは以前なかったものを目にした。
〈 どなたでもご自由にご使用ください 〉と書かれたプラカードが簡易テーブルに置かれそしてその隣には…
無造作に置かれた虫除けスプレーのスプレー缶が4つ並んでいた。
「まだ使えるのかな」
虫除けスプレーを手に取る。ふるとわずかだが中で液体が揺れて残っている感触をスプレー缶ごしに感じた。
ある!
迷わず全身に吹きかけて、わたしは休憩スペースへと向かう。
どうか効果よ、現れてくれ!
「?」
わたしは首を傾げながら椅子に座り背負っていた荷物をテーブルに置く。あたりを360°見渡しても先ほどのアブのような黒い虫は一匹も見当たらない。
きっと目に追えないスピードで退散したのだ。それほどまでに虫除けスプレーが嫌なのだ。
「すっげえ」
おにぎりにかぶりつき、ほのかな塩の辛さに舌鼓を打てるほど余裕をわたしは取り戻した。
それからというもの、レジャー先など虫のテリトリーでは虫除けスプレーに後光がさして輝いてるいるように見える。噴射した瞬間から
凄腕スナイパーがわたしの半径ウンメートルを守ってくれているような心強さである。
あなたも知っているだろう。虫除けスプレーの凄まじい威力、バツグンの効果を!
飛ぶタイプの虫は迂回し逃げおおせるし、鳴くタイプの虫は沈黙する(空気読めず力なく「り、りりりー…?」みたいに鳴く個体もいるがごく僅かだ)
虫除けスプレーがなぜ虫を寄せ付けないかご存知だろうか。
まず虫は元々罪人の人間だった。
輪廻転生の中で懲りずに盗みや暴力、詐欺に放火と極悪非道の限りをしゃぶりつくし、
かみさまにとうとう虫の姿にかえられてしまった。小さく弱く、鳥やいたちやカエルにヘビの捕食対象。人間からも疎まれ始末される。
にもかかわらず筋金入りの悪党は生き物の肉を刺して噛んで蝕むのだ。
虫になっても
どうしようもなく悪いことがしたくてたまらないのだ。
もうくせになってしまい虜なんだろう。
朗報だが虫除けスプレーの成分には罪人を改心させる癒しの雫が含まれている。
女神さまが日本人に転生し製薬会社の開発部門に配属されたときにちゃっかり創りだしていたのだ。
表向きは、虫除けスプレーは害の少ない天然由来成分で出来ていると謳っている。虚偽広告ではない。癒しの雫は女神さまの涙でできており、生けるもの全てが抱く『愛されたい』という願いを叶えるから。
虫除けスプレーの香りを嗅いだだけで虫の魂は慈愛に満ちて自ら反省し全てやり直すためための報いの旅に出る。そうしてどこかへいってしまう。行方は風が知っている。
とある少女が日付が変わる前に
消灯し、ベットに潜り込んだ。
目をつむるとゆるやかな眠りの波が押し寄せてきて気分が良い。お布団最高。
あー…寝れそ…いい夢見れますように。微睡みながら少女は満足そうに笑む。
少女の耳元で蚊がプーンと飛んだ。
「…」
ガバリと上半身を起こす。
ふにゃりと掛け布団が落ちた。
瞬く間に少女の意識は戻り額には血管が浮き出る。
「もう少しで寝れそうだったのに邪魔しやがってよォ…」
電気をつけて部屋の隅々に血走った眼を向けるが蚊は見つからない。
「チッ!」
舌打ちする。
少女は真っ暗な廊下をペタペタ歩き玄関横に置いた用具箱をひっつかみ用具箱ごと持って部屋に戻り後ろ手で扉をぱたり閉めた。用具箱から虫除けスプレーを取り出す。
ニヤリと口端をつりあげニヒルな笑みを浮かべた少女は虫除けスプレーを密室に噴射した。
ハッカの爽快感のあるスッキリした香りがする。少女はハッカの香りが好きだ。少女はたまに、父の肩こりに貼るサロンパスを何度かくすねて鼻に押し当て、フガフガ嗅いだりしてハッカを満喫している。
「ふん」
鼻を鳴らし、虫除けスプレーをベットサイドに置く。消灯して少女は今度こそ眠った。
少女は虫除けスプレーを殺虫剤と勘違いしているようだ。
朝、柔らかな日差しが部屋にさしこみ自然と少女の目は覚めた。良い日だ。たまらず窓をあける。薄手のカーテンをふわりと舞わせた風が虫除けスプレーの香りをさらっていった。




