第2章 憤怒の死神編 エピソード7 狂瀾怒濤
その後、ジャックとシルヴィアは
人目を忍んで故郷バニングの地に戻った。
そこで二人は、影からわずかながらの資金援助を
申し出てくれる人物と出会う。
彼らはその資金を元に、かつての仲間たちを集め始めた。
集まったのは皆、バニングの悲劇の当事者たち。
絶望の淵から立ち上がった者たちが、復讐を誓い合い、海賊団を結成したのだ。
影の出資者からの援助で、一行は一隻の海賊船を建造する。
それは、荒波にも耐え、雄然と航海できる頑丈さと、速く進水できる速さを兼ね備えた船だった。
さらに、ゼノンでも指折りの鍛冶師に作らせた最新の火砲を積み込み、ゼラフィム海軍の軍艦にも劣らない力を手に入れる。
嵐の吹き荒れる中、船は力強く水面へと着水した。
航海士には、全盛期時代のバニング漁師組合の棟梁を迎え入れた。
彼もまた、悲劇により愛する妻と子を失った者の一人だ。
その他、復讐に燃える多くの仲間たちを迎え入れ、準備は万端に整った。
すべては、あの日、故郷を蹂躪した者たちへの報復のために。
「お前たち、覚悟はいいかい!」
キャプテン・シルヴィアの鋭い声が、荒れ狂う嵐の風に乗って響き渡った。
「この船に乗ったが最後、死んでも復讐を果たすまでは降りられないと思いな!
あたしらが次に陸に足を降ろす時は、すべてを成し遂げてからだ!」
その言葉に、船員たちは固い決意を込めた咆哮で応える。
「おうっーーーー!」
シルヴィアの隣に立つ副船長、ジャックが報復戦の狼煙を上げる。
「いくぜ、てめぇら!奴らを皆殺しの血祭りにしてやるぜ!」
彼の叫びとともに、船は勢いよく戦地へと向かう。
嵐の強風を味方につけ、全開に広げた帆が悲劇の復讐者たちを加速させた。
8洋の一つ、中央大嘯洋と呼ばれる広大な海域。
その南西に位置するアライバル海域は、ゼラフィム海軍が築き上げた最大の軍港がある場所だった。
何隻もの軍艦が停泊し、厳重な警戒態勢が敷かれている。
その海域の水平線に、一隻の船影が姿を現した。
それは、嵐にも耐えうる頑丈な船体に最新の火砲を搭載した、「憤怒の死神」海賊団の船だ。
船首に立つジャックは、ゼラフィムの軍港を睨みつける。
彼の瞳には、故郷を蹂躪された怒りと、愛する人々を奪われた悲しみが宿っていた。
船長であるシルヴィアの指揮の下、海賊団の仲間たちはそれぞれの持ち場につく。
静寂に包まれた海面が、復讐の炎に燃える男たちの熱気で揺らぎ始める。
今、ゼラフィム海軍と「憤怒の死神」海賊団の、血で血を洗う海戦が始まろうとしていた。
後にこのアライバル海域の海戦を、人々は「死神の狂瀾」と呼ぶ。
「姐御ーーー!」
見張り台から、海賊団の仲間が叫ぶ。
「敵方の軍港が見えてきたぜぇ!」
海賊団には、密偵として協力する人族の仲間がいた。
そのおかげで、彼らはゼラフィム軍の停泊場所を正確に把握していた。
明け方、まだ空が薄暗い時間帯。船が軍港に目前まで迫ると、海上に突如として濃い霧が発生し、彼らにとっての天恵となる。
この霧のおかげで、海賊団は厳重な警戒態勢にも関わらず、敵艦隊の目の前まで気づかれることなく接近することができた。
「野郎どもー!ゼラフィムの奴らに、お早い朝のご挨拶ブチかましてやりなぁ!」
シルヴィアの砲撃の号令が響き渡る。
その声には、冷たい怒りと、抑えきれない復讐心が燃え盛っていた。
「雷火砲、撃てぇ!」
ズドォーーン! ズドォーーン! ズドォーーン!
軍港中に轟く砲声。
濃霧を切り裂いて放たれた砲弾は、ゼラフィム軍の戦艦一隻を瞬く間に海の藻屑へと変え、水兵たちを次々と海へと投げ出した。
「龍火鉄の魔弾を喰らわせてやりなぁ!」
「撃てぇ!」
海賊団の船員たちが、鴻木と精鋼で造られた稀少な**焔筒銃**を構える。
そこから放たれるのは、龍火鉄と呼ばれる魔弾だ。
撃針で叩かれると爆発し、炎の塊となって標的を破壊し焼き払う力を持つ。
パァン、パァン、パァン、パァン!
乾いた破裂音が連続して鳴り響き、ゼラフィム軍の兵士たちが炎に包まれ、悲鳴を上げる。
「打ち方やめいぃ!」
シルヴィアの号令で砲撃が止むと、海面には数多くのゼラフィム軍の水兵の死体が浮かび上がった。
生き残った水兵が、恐怖に震えながら命乞いをする。
「頼む、助けてくれぇ! 許してくれぇ!」
その哀願を聞くかのように、ジャックが静かに銃を向ける。
パァーンッ!
慈悲も容赦も無い一発が放たれ、水兵の命は泡沫のように海に沈んでいった。
「てめぇらに、慈悲はあったのかよ」
ジャックは、吐き捨てるように言い放つ。
その声は、海に沈んだ故郷の悲鳴を代弁するかのようだった。
その間にも、ゼラフィム軍は残りの軍艦四隻で迎撃体制を整え、砲門をこちらに向けてくる。
敵の砲弾が、海賊船目掛けて飛来した。
「ふん、そんな弱々しい弾がこの船に当たるもんかい!」
シルヴィアの言葉通り、ゼラフィム軍の軍艦の火砲は旧式で、射程距離が短かった。
放たれた砲弾は、海賊船のはるか手前で力なく海に落ちていく。
「よし、一度旋回して相手を誘い込むよ!」
シルヴィアの冷静な声が、的確な指示を飛ばす。
「おい、見張り台!しっかりと風の向きを測っておくれよ!」
「アイさぁ!」
見張り台の男が軽快に応える。
「ジャック!あんたは船首で潮の流れを見張ってな!」
「アイよ!」
ジャックもまた、信頼を込めて頷く。
「帆を全開に張りなぁ!」
海賊船の速度が急上昇する。それを逃すまいと、ゼラフィム軍の軍艦が後方から猛追してきた。
一隻が50メートル近くまで接近し、砲弾が届く危険な距離に入り、全船員に緊張が走る。
追い風を受けて、両船はかなりの速度で突き進んでいた。
そのとき、見張り台の男が、いち早く目の前に広がる危険な岩礁帯を発見した。
「姐さん!左舷に岩礁帯です! 規模は約二海里!」
「取舵いっぱい!岩礁帯を左舷に回り込むよ!」
シルヴィアの指示で、船はすさまじい勢いで左に急旋回を始めた。
「ジャック!船底が岩に当たらないか見張っておきなぁ!」
「アイさぁ!」
ゼラフィム軍の軍艦は、いまだ海賊船を射程距離に捉えることに躍起になり、
眼前の岩礁帯には気づいていない。
何も知らない軍艦は、海賊船を捉えたと確信し、そのまま岩礁帯へと突っ込んでいく。
「碇を降ろせぇ!」
シルヴィアの号令で、重りのついた碇が次々と海に投下される。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン!ドボン、ドボン、ドボン、ドボン!
船体を急旋回させながら急停止するという、並の船なら転覆か船体に亀裂が走るほどの荒業だった。
シルヴィアは、自身の船の性能と、風と潮の流れ、そして地形のすべてを計算し尽くし、敵艦を岩礁帯へと誘い込んだのだ。
完璧な位置で旋回を終えた「憤怒の死神」は、岩礁に乗り上げ、身動きが取れなくなった敵艦の横腹に、一斉に砲門を向ける。
「雷火砲! 撃てぇ!」
ズドォーーン! ズドォーーン! ズドォーーン!
敵艦に着弾した瞬間、雷鳴のような轟音が響き、船体全体に衝撃が走る。
ゴロゴロゴロ……バチバチバチ!
雷が走ったかと思えば、弾が炸裂し、船体は粉々に破壊され、瞬く間に火の海と化す。
シルヴィアたちの船は、岩礁に乗り上げて無防備になった敵艦を狙い撃ちにし、完璧なまでに葬ったのだった。
続いて残りの敵艦2隻も岩礁帯で座礁したところを木っ端微塵に吹き飛ばした。




