第2章 憤怒の死神編 エピソード2 旅立ちの日
広大な領地を有する北方の国ゼノンには、あらゆる種族の獣人族が暮らし、独自の文化を築いている。
蒼猫族もそのうちの一派だ。エリス・クオーツ・キルベック、彼女はその蒼猫族の血を色濃く受け継いでいる。
彼女は、獅子族と人族のハーフであるライルを幼い頃から弟のように可愛がり、面倒を見てきた。ライルもそんなエリスを**「エリー姉さん」**と呼び、心から尊敬し慕い、甘えていた。
そんな大好きなエリー姉さんが久しぶりに帰ってきたというのに、ライルは彼女を見るや否や、奥の部屋に閉じこもってしまったのだ。
(なにこれ、エリー姉さんの顔を見るとドキドキする……)
ライルはもじもじしながら、心の中で混乱していた。
「ライルやぁー!」「ライルー!」
ライゼンの声が聞こえる。
(ヤバい、どうしよう、じいちゃんが来ちゃう……)
ドアが開く。
「ライルや、らっ、ライル!? お前はこんな所で何しとるんじゃ!?」
「お前の大好きな、エリー姉さんが都から帰ってきとるで?」
「うん……」
ライルは短く答える。ライゼンはしばし瞬きをして沈黙した。
(うむぅ……困ったのう)
「いいから来なさい」
ライゼンは半ば強引にライルの腕を掴み、リビングへと連れてく。
リビングで待っていたエリーは、ライルの顔を見ると優しい笑顔で声をかける。
「お久しぶり、ライル坊や! 元気にしてたかい?」
ライルは顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに「うん……」と素っ気なく答えた。
(あらっ!? なにか、いつものライル坊やと違うわ。どうしたのかな?)
エリーは不思議に思いながら、ライルの様子を伺う。
何とも微妙な空気の中、ライゼンは二人のやり取りを横目に、入れた紅茶を飲みながら、好物のパインパインクッキーを頬張っている。
そんなところに、タイミング良く村長のノイマンがやって来た。
「コンコン」
扉をノックし、「今晩は、ライゼンさん」と挨拶をする。
ライゼンが「どうぞ、どうぞお入りください」と中に促した。
古びた扉がガチャリと開くと、村長はリビングを見渡す。
「うちの娘は来てますかな?」
すると、何やらぎこちない二人の若者を挟んで、ライゼンがのんびりと紅茶をすすっている。
ノイマンも何かを察したのか、「ライゼンさん、少しだけお話があるのでよろしいでしょうか?」と切り出した。
「おう、どうしたね?」
「では、奥の部屋にでも行くかの? おっさん二人は大人の話でもするかの。お若い二人はごゆっくりと」
ライゼンは少し悪戯っぽくそう言うと、ノイマンを連れて奥の部屋へ行ってしまった。
ノイマンは部屋に入る前に、「じゃあ、エリーはお姉ちゃんなんだから、ライル君のこと、頼んだね」とニッコリ微笑んだ。
「ちょっと、お父さん!」
エリーも、なんだかだんだんと気恥ずかしくなってきた。
ライルは慣れない手つきで紅茶を淹れて差し出す。
「ガチャガチャ」
ライルの手は、心なしか震えているようだった。
「お口に合うか、わか…分かりませんが、ど、どうぞ召し上がれ……」
エリーも、心なしか緊張した面持ちで「あ、ありがとうございました」と答えた。
もはや会話が成立しているのか? 不思議な言葉の掛け合いが、微笑ましい二人だった。
一方、奥の部屋ではノイマンがライゼンに相談している。
「すみませんが、ライゼンさん。実は、お願いがございまして」
「エリーのことなのですが、あの子の生まれ故郷であるバニングに、実の両親の墓参りに行かせてやりたいと思いまして」
ライゼンは思案するように、紅茶をすすりながら「ふむ」と短く答える。
「忙しさにかまけて、ここ何年も行けてなかったものですから」
そう言って、ノイマンは頭を掻く。
「そこで、どうでしょうか? ライゼンさんとライル君に、旅の護衛をお願いしたいなと思いまして」
「もちろん、報酬と旅路のお金は用意しますので。どうでしょうか、お引き受けしてくれませんか?」
ライゼンは一度目を閉じ、深く考え込む。(ちと早い気もするが、そろそろライルにも新しい世界を見せてやるか……)
彼は目を開くと、ノイマンに向かって厳かに告げた。
「村長殿、貴方とエリーには常日頃からお世話になってばかりです。あなた方の献身的な支えがなければ、今の私たちはなかったでしょう」
ライゼンは日頃の感謝を込め、最大の敬意を払って続けた。
「いつか、恩返しをと思っていたところです。村長殿、謹んでお引き受けします」
ノイマンの顔に、安堵の色が浮かぶ。
「ありがとうございます!それでは明後日に準備ができ次第、海路で港町バニングに向かいましょう。ライゼンさん、何卒よろしくお願いいたします」
「うむ」
ライゼンは短く答えた。だが、内心は──
(海路かーい!? 陸路ちゃうんかーい!?)
ライゼンは超がつくほどのカナヅチで、おまけに船酔いにとてつもなく弱かったのだ。
そんなことは露知らず、ノイマンは上機嫌に語り続ける。
「いやぁ、それにしても、あの二人を見てると何だかこちらも初々しくなりますな! 若さとは素晴らしいですなぁ」
「そうじゃね……」
ライゼンは力なく返事をした。「若いっていいよな……」
その顔色は、気のせいか少し青ざめているようだった。




