第3章 蒼穹の未来航路の編 エピソード3 深海の主
ジャックが「やったか」と叫んだ直後、天を突いた水柱が、凄まじい水しぶきとなって艦隊に降り注ぐ。 だが、爆心地の白く泡立つ海面は、不気味に静まり返ってはいない。嵐の轟音に混じり、苦悶に満ちた怪物の咆哮が響き渡った。
「まだ生きてやがる!」
爆炎が晴れた水面の下で、巨大な影がもがいている。流魔機雷は確かにクラーケンに深手を負わせたのだ。 その深手を負った巨体に、残存していたスキュラの群れが、主をかばうように、あるいは新たな獲物としてか、一斉に群がっていく。
だが、次の瞬間、誰もが息を呑む光景が繰り広げられた。 「なっ……仲間割れか?」 クラーケンは、助けに寄ってきたはずのスキュラたちを、その巨大な触手で捕らえ、貪り食い始めたのだ。
バリバリと甲殻が砕けるおぞましい音が響き、クラーケンは傷ついた体を癒すかのように、同族を捕食していく。そして、スキュラを貪るたびに、大爆発で損傷したクラーケンの頭部が、段々と……不気味な緑色に発光し始めた。
ギュルルルルーン!!
先ほどまでの苦悶とは違う、甲高い咆哮が響き渡る。 次の瞬間、緑色に輝くクラーケンの頭部が裂け、そこから新たに二本の触手が、まるで角のように天を突いて現れた。 変貌を遂げた怪物が、その巨大な口腔をカッと開く。
「「ヤバいぞぉー!」」
ジャックか、あるいは別のクルーか。誰かの絶叫が響いた。 クラーケンの口から、辺り一面に、頭部と同じ緑色に発光する猛毒の霧が、凄まじい勢いでまき散らされ始めた!
緑色の霧は、海面に触れるとジュウッと音を立てて海水を蒸発させ、嵐の風に乗って艦隊へと迫る。このまま浴びれば、船もクルーもひとたまりもない。 旗艦『レイヴン』のブリッジで、シルヴィアが即座に決断を下す。その声が、艦隊全艦に響き渡った。
「全艦、最大戦速! 退避ーーーッ!!」
カン、カン、カン、カン! シルヴィアの命令と同時に、艦隊全隻に緊急退避を告げる警鐘が、嵐の轟音を突き破るように、甲高く鳴り響いた。
きゃあっ!」 「うわっ!」
凄まじい傾斜と衝撃が甲板を襲う。嵐で荒れ狂う波が、巨大な白波となって甲板になだれ込み、立っていることすらままならない。
「ライル!」
後方で弓を構えていたエリーが、悲鳴に近い声を上げた。 ブリッジの前、遮蔽物のない甲板の真ん中で、ライルがまだ目を閉じたまま瞑想を続けていたのだ。黄金色のオーラを放つ彼は、船の激しい揺れにも気づかず、無防備なまま座り続けている。
「ライル、危ない!」 エリーは即座にライルを助けに行こうと駆け出そうとした。だが、その瞬間、船体が大きく傾き、足元の甲板がほとんど垂直の壁のようになる。 「くっ……!」 エリーはなすすべもなく近くのロープにしがみつくが、ライルとの距離は絶望的だった。激しい波しぶきと船の急旋回が、彼女の行く手を阻む。
「ちくしょうッ!」 反対側では、ジャックもマスト(柱)にしがみつくので精一杯だった。 「おい、ライル! 起きやがれ!」 怒鳴り声を上げるが、彼の巨体ですら、この傾きと波の中では一歩も動けない。
甲板の上、荒れ狂う嵐と猛毒の霧が迫る中、ライルはただ一人、黄金色の光を放ちながら瞑想を続けていた。
「ライル、危ない!」 エリーが叫ぶが、ライルは瞑想から覚めない。 船が猛毒の霧から逃れようと必死に旋回する中、ついに嵐の風が、致死性の緑色の霧を甲板へと運んできた。
ブホォォォーー!
クラーケンが吐き出した猛毒の霧が、荒れ狂う風と共に『レイヴン』の甲板を容赦なく薙ぎ払う。 マストにしがみつくジャックとエリーは、かろうじて船壁の影に身を隠し、直接霧を浴びるのを避けた。
だが、甲板中央のライルは、完全に無防備だった。
「ライルーーーッ!!」
エリーの悲痛な叫びが響き渡る。 その声も届かず、緑色の猛毒の霧が、黄金色のオーラを放つライルの全身に容赦なく吹き荒れた。
ジュウウゥゥ……!
オーラと毒霧がぶつかり、耳障りな音を立てる。 瞑想によって研ぎ澄まされていたライルの意識は、外側から襲い来る激しい苦痛と不快感によって、強制的に現実に引き戻された。
「……ッ!? なんだ、これ!」
内なる光景から叩き起こされたライルが、目を見開く。 だが、時すでに遅く、彼の体は抗うすべもなく猛毒に侵され始めていた。




