第3章・蒼穹の未来航路編 エピソード2 大魔海戦勃発!!
風が唸り、波が荒れる。シルヴィアの鋭い眼光が、この嵐を統べるかのように輝いた。彼女の旗艦**『レイヴン』(ライルが命名)**は、完璧な精度で風上を維持し、艦隊を先導していく。
「全艦、単縦陣を形成せよ!風を読め、波を読め!奴らに海の藻屑となる恐怖を味あわせてやる!」
シルヴィアの指揮が、嵐の海に轟く。七隻の艦隊は、まるで一頭の巨大な龍のように、優雅に、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら艦列を整えていく。
そして、その龍の口から、一斉に火を噴いた。
ドォォォン!!
轟音とともに放たれた艦砲の鉄弾が、クラーケンに向けて一直線に突き進む。空中で炸裂し、クラーケンの巨体に無数の傷を刻んでいく。しかし、その怪物は怯むことなく、大量のスキュラを船団へと差し向けてきた。
「焔筒銃隊、構え!龍火鉄の魔弾を浴びせろ!」
船の側面から、焔筒銃を構えたクルーたちが一斉に弾を放つ。
ズバババババン!!
赤い閃光が、スキュラの群れを焼き尽くし、海上を炎の海に変えていく。
「ノイマン、流魔機雷を!」
シルヴィアの指示に、ノイマンは冷静に頷く。船尾から投下された魔力を持つ機雷が、海の底へと沈んでいく。それらは、クラーケンの巨大な魔力に引き寄せられるように、ゆっくりと、しかし確実に、怪物の元へと向かっていった。
大迫力の海戦が、今、まさに始まったのだ。
「最高の舞台だ。かかってこい、タコ野郎!」
ジャックの雄叫びが、嵐の海に木霊する。彼は両手に構えた巨大な斧を担ぎ上げ、船に乗り込もうとするスキュラたちに真っ先に飛び込んでいく。
ガキィィンッ!
彼の斧が、スキュラの鋭い爪を弾き飛ばす。次々と甲板によじ登ってくるスキュラたちを、ジャックは鬼神のごとき速さで迎え撃った。斧を振り回すたびに、幾体ものスキュラが悲鳴を上げ、バラバラになって海へと叩き落とされていく。
「ガルルルル‼」
興奮して唸るジャックの豪撃が、魔物の群れをなぎ倒していく。彼は、ライルを狙って向かってくるスキュラを、まるで壁のように立ちはだかって食い止めていた。必死になって斧を振り回すその姿は、狩人を相手に一歩も引かない猛獣そのものだ。
しかし、スキュラの数は無限かと思えるほどだった。海中から、船の側面から、次々と新たな化け物が現れる。ジャックの体にも、少しずつ傷が増え始める。
その時、船の後方から放たれた一筋の矢が、ライルに向かって飛びかかろうとしたスキュラの頭を正確に貫いた。
放ったのは、甲板の一角に陣取るエリーだった。彼女は、ジャックのように派手に動かず、ただ静かに弓を構え、ライルに迫るスキュラを次々と射抜いていく。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……!
風切り音とともに放たれる矢は、決して外れることがない。彼女の眼には、戦場の喧騒など映っていないかのように、ただ標的を捉える静かな決意が宿っている。
ジャックが陽動でスキュラの群れを引きつけている間に、エリーは後方から確実に敵を減らしていく。二人の連携が、ライルをクラーケンに集中させるための完璧な盾となっていた。
その間も、ライルはブリッジの中央で、目を閉じ、静かに集中を続けていた。彼の体から放たれる黄金色の光は、初めはかすかだったが、時間が経つごとにその輝きを増していく。その光は、まるで内側から燃え盛る炎のように感じられた。
ライルは、意識の奥底で、おぼろげな光景を思い描いていた。一面に広がるお花畑の中、優しく微笑む女性がいる。その女性からは、ライルがなぜか懐かしく感じる、甘い花の香りが漂っていた。
「貴女は、誰なの?」
ライルが問いかけると、女性は何も答えることなく、ただ優しく微笑むだけだった。その微笑みが、彼の心を満たしていく。
そして、彼の脳裏に、今は亡き英雄アイルの姿が浮かんだ。アイルは、愛刀の獅子吼をライルの手にそっと添えて支え構えた、優しい眼差しでライルに語りかけていた。
「ライル。お前の魂は、誰よりも強く、そして優しい」
その言葉が、ライルの胸に熱い光を灯した。
黄金色の光が、さらに強さを増していく。それはもはや、単なる光ではなかった。彼の内に秘められた、獅子の魂がドクン、ドクンと脈打つ。
一方、ノイマンは、ブリッジの操舵手と共に、船尾から投下された流魔機雷の軌道を精密に計算していた。彼は、クラーケンの魔力の動きを感じ取りながら、冷静に指示を出す。
「機雷の流れが悪い。このままでは奴の触手に先に爆破されてしまいます。航海士、右舷へ5度、針路変更!」
操舵手が素早く舵を切り、船の進路を変える。それにより、波の変化で流魔機雷はクラーケンの巨大な触手を避け、その本体へと向かっていく。
「見事に奴の主力がこちらへ向かっていますね。このままいけば、クラーケンの本体が持つ魔力に反応し、機雷は確実に奴の懐で炸裂します。」
ノイマンは淡々と語る。その言葉通り、無数の機雷がクラーケンの巨体へと吸い寄せられていく。海中から、まるで光の玉が連なるように、巨大な怪物へと迫るその光景は、戦慄を覚えるほどだった。
「仕掛けは完璧です。あとは、ライル君が奴を繋ぎ止めてくだされば。」
彼の言葉と同時に、クラーケンは、自らの触手が引き寄せられる流魔機雷の存在に気づいた。しかし、その時すでに、機雷はクラーケンの至近距離にまで迫っていた。
ゴオオオォォォッッ!!!
無数の流魔機雷が、クラーケンの巨体に触れた瞬間、すべてが同時に炸裂した。海の底から噴き上がるような大爆発が、クラーケンを包み込む。轟音と衝撃が、嵐の海を震わせ、艦隊の船体をも大きく揺らした。
水面が真っ白に染まり、巨大な水柱が空高く舞い上がる。その光景は、まるで海がひっくり返ったかのようだった。
「やったか……?」
ジャックが斧を止めて、信じられない、といった表情で叫んだ。