第2章 憤怒の死神編 エピソード10 憤怒の狂戦士ジャック
ジャックは両腕のガントレットの拳と拳をガツン!ガツン!とぶつけ、ライルにプレッシャーをじわりじわりとぶつけていく。
ジャックは身長180cmを優に超え、筋骨隆々の体格だ。その一撃の重さは、並みの格闘家や武術家さえ凌駕する。ましてや、太虎族の腕と背筋は異常に発達している。
対して、ライルはまだ子供。背丈も140cmくらいと、13歳の中でも小柄なほうだ。その差40cmは当然ながら大きい。
ライルがとうとうジャックの間合いに入り込む。
ザッ、ジャックが素早く踏み込む。
ブォン!ジャックの重い右ストレートが飛ぶ。
ライルは軽やかにかわし、ジャックの攻撃は空を切った。
ジャックがブンッブンッと拳を振り回しても、ライルはひらりひらりと身をかわす。ライゼンとの日々の実戦形式の訓練が、ここに活かされているのだ。
ライルは調子に乗り、ジャックを挑発する。
「やーい!やーい!鬼さんこちら!」
ブチッ、ジャックの血管が切れ、完全にブチ切れる。
ブンッブンッブンッブンッブンッブンッブンッ!
ジャック「オラオラオラオラオラオラおらぁーー!」
ジャックの怒涛の連続攻撃に追い詰められるライル。
ジャック「ちょこまかと逃げるだけか、てめえはぁーー!」
ジャックの渾身のスマッシュがライルのボディをとらえた。
ブォン!
ライルは素早く両腕でブロックし、ディフェンスする。
ズドーン!
あまりにも強烈な一撃が、ライルの身体を宙に浮かし、そのまま吹き飛ばした。
ドンッ、ゴロゴロ。
ライル「うぅ、痛いよう…」
エリー「ライルーー!」
ライゼン「うぅ~~。ば、馬鹿垂れ!神気術を忘れておるぅ~~」
ジャックが吠える。「ガルルルルうおぉぉぉーーー!」
興奮した海賊団の男たちも盛り上がる。「うおぉぉぉーーー!」
まるで、船上は獣たちの饗宴と化した。
ジャック「おい立てコラッ!寝てんじゃねぞコラッ!」
ドンッドンッドンッ!
ジャックはライルの腹を何度も蹴る。
ジャック「オイッ!ライル!大事なもんを守りたきゃなぁ、それ相応の力が必要なんだぜ? 俺たちバニングの人間はあの日誓ったんだ、もう二度と悲劇を繰り返さないってな! お前は守れんのかよ?ライル?てめえの大事なもんを。あぁッ! 半端な気持ちで剣なんか握ってんじゃねえぞコラッ! このちんちくりんがぁーー!」
ジャックが思い切り蹴りを入れようとした時、ライルが深く呼吸を吸い、そして吐いた。ライルの身体が徐々に熱を帯び始める。
ズドン!
ジャックの蹴りが入ったかと思いきや、腹の手前でかろうじて、ライルが力を振り絞り手で受け止めてジャックの左足を掴んでいた。
ライル「誰がちんちくりんだぁーー!」
ジャックは手を振り払おうとジタバタする。
「手を離せ、ぼけがぁーー!」
ライルはそのまま足を引っ張り、ジャックを転ばせた。
ドタァーーン!!!
ジャック「痛たたたた! てめえー!何すんだコノヤロー!」
ライルは立ち上がり、もう一度刀を構え、正眼の構えを取る。そして、ジャックに言い放った。
ライル「立て、このスカタン!!」
ジャック「てめえぇぇ!」
頭に血が上ったジャックは、もはやなりふり構わず、猛突進してライルめがけて突っ込む。
「うおぉぉぉーーー!」
ライルは巧みに刀で払う形でさばき、体が入れ替わる瞬間にジャックの脚に蹴りを入れ、転ばせる。
ゴロゴロ、ズダァーン!
ライルはまたもや挑発する。
「立てよ、この阿呆う!」
剣鬼ライゼンに育てられ、剣術の腕を磨いた力は伊達ではない。
ジャック「もう我慢ならねぇ! 俺は負ける訳にはいかねぇんだ!! 二度と大事なもんを奪われないためにも、勝たなきゃいけねぇんだ!」
ジャックはおもむろに立ち上がると、外していた神珠石をガントレットにはめた。
「死んでも文句言うなよ、ちんちくりん」
突風が吹き荒れる甲板の上で、左腕だけを曇天にかざすように上げる。ジャックは不敵な笑みを浮かべてライルを見据えた。
ジャック「喰らえ、魔刃技ーー『憤怒の羅刹衝』ーー!!」
ドゴォォォォン!
ライルをめがけて、爆風と爆炎が飛んでいく。ライルは小さな体でジャックを真っ直ぐに睨みつけ、仁王立ちしていた。
ライル「ライゼン流・神気術ーー『颶風の護』(ぐふうのまもり)ーー!」
ライルの周りに暴風が吹き現れ、厚い旋風の壁が爆炎と爆風を瞬く間に飲み込んでかき消した。
ブォオオオオオーーー! ヒュールルーーーン!
ジャック「何だよそれ! 糞がッ!舐めやがって!」
焦ったジャックは、とうとう死神の鎌の神珠石を右腕にはめる。今度は両腕を曇天にかざして振り下ろした。
ジャック「今度こそ喰らえ、魔刃技ーー『死神の鎌・憤怒の羅刹衝』ーー!!」
ライルもここで、得意技を繰り出す。
ライル「ライゼン流・神気刀法ーー『颯』(はやて)ーー!」
真空の刃と死神の鎌が空中でぶつかり合い、互いの威力で殺し合い、消滅する。だが、残った爆炎と爆風がライルめがけて飛んでくる。ライルは「しまった」と言わんばかりに歯を食いしばった。さすがに、もうこのタイミングでは「颶風の護り」は間に合わない。
もうダメかと思ったその時。
ライゼン「うぅ~~。『黒雷の太刀』ーー!」
ズダァーン!ババーーンーーー。ゴロゴロ!!!
間一髪のところで、ライゼンが光の速さで爆炎と爆風をいとも簡単に威力殺消させる。ライゼンの怒号が轟いた。
ライゼン「いい加減にせんか!馬鹿垂れども!! もう喧嘩の域を超えとるわい!」
ジャック(何だ今の!?あんな簡単に俺の魔刃技がかき消された?嘘だろ…。 てか、このじーさんどっから現れた?居たっけか?)
ライゼンは言うことを言うと、また船酔いで潰れた。
「うぅ~ん」
シルヴィア「そうだよアンタら!いい加減にしな! アンタらはいったい誰を何を護りたいんだい? その護りたい嬢ちゃんがこんなに泣いてるのに、何が大事なものを護るだ。 とんだ笑い種だよ、ホントに!」
エリーが号泣して泣き崩れていた。
シルヴィア「船長さんよ、その男、水夫を連れて奥の方で大人しくしててくれるかい?」
船長が申し訳なさそうに軽く頭を下げ、水夫を連れて奥の部屋に消えていった。
ジャック「オイ、ライルだったか?悪いが一時停戦だ」
ライル「うん、俺ッちも何かムキになりすぎた。ごめん。」
シルヴィア「先に謝る娘がいるだろう?」
ジャック「…。ごめん…エリー。」
ライル「心配かけてごめんね。エリーお姉ちゃん。」
エリー「……。ホントに2人は馬鹿垂れぇーー!なんだから…。」
これにはジャックもライルも照れ笑いするしかなかった。
ジャック「ありがとな、ライル。何か気が晴れたよ。俺の中のモヤモヤが、少し軽くなった気がする。あーあ、あとはこの空が晴れてくれたら最高なんだけどなぁー。」
ライル「ねぇ、じゃあさ。このお空、晴らそうよ!」
ジャックは思わず笑った。
「それが出来りゃ誰も苦労してねぇよ! …恐らくあのクラーケンさえ倒せれば、もしかしたらこの曇天も晴れるかもしれない。姐御が言ってたんだよな? クラーケンはライルがきっかけで深海から珍しく顔を出してきたんじゃないかって?」
ライル「何だそれ?」
ジャック「う〜ん、姐御の勘だよ。嗅覚というか? でも、よくこれが当たるんだよ!不思議なことに。それでいて姐御についた異名が**『死神の眼』**だぜ。笑っちゃうよな?効くのは嗅覚なのにな?」
ライル「はははっ、でも、俺っちにできることがあるなら喜んで手伝うよ!」
ジャック「ありがとなライル!」
2人の間には、なぜか奇妙な友情が生まれつつあった。
後は、この悲しみの嵐が去るのみ。