第2章 憤怒の死神編 エピソード9 嵐の決闘
バニング領海の沖で、激しい嵐が吹き荒れていた。波は荒れ狂い、中型の交易船を大きく揺さぶる。船はいつ海の底に沈んでもおかしくないほどだった。
「おい、こんなボロ船の上じゃケンカもできねぇ!」
ジャックが叫ぶ。
「仕方ねぇ、俺たちの海賊船に招待してやる。来いよ!」
交易船はクラーケンの襲撃で大破しており、沈没寸前だった。ライルはジャックとのやり取りを忘れ、目を輝かせた。一行と共に海賊船へ乗り込む。
「うわあ、カッコいいなぁ!」
「すげぇ頑丈そうで、強そうだ!」
物珍しそうにあちこち触り、勝手に探索を始めるライルに、ジャックが苛立ちを募らせる。
「おいガキ、勝手に触るな!」
「船内をウロチョロするんじゃねぇ!」
「ちぇ、どケチぃ~」
ライルが拗ねたように呟く。
ジャックの頭に血管が浮かび上がった。(エリーの連れじゃなかったら海に放り投げてるぜ……!)
「ねぇ、この船の名前を教えてよ!」
ライルが尋ねる。
「あん? 船の名前だと?」
ジャックは眉間にシワを寄せる。
「ねぇよ、そんなもん」
「えぇ~! もったいない! カッコいい名前をつけてあげようよ!」
(何がもったいないって? 意味分からねぇ……)
ジャックとライルが話している間に、交易船の全員が甲板に集まった。
「よし、全員乗ったな」
ジャックは静かに告げた。
「昔使ってたバニングの漁港にでも降ろしてやる。黙って大人しく乗ってな」
「ごめんね、ジャックお兄ちゃん」
エリーが申し訳なさそうに言う。
「いいってことよ」
ジャックは優しく返す。
「父ちゃん母ちゃんの墓参りに来たんだろ?」
「うん、そうだよ」
二人の間に重い沈黙が流れた。故郷を襲った日の悲劇が、幻のように蘇る。かつての活気は消え去り、港に広がるのは瓦礫ばかり。潮風は懐かしい香りではなく、悲しみの残滓を運んでいた。二人の胸の底には、癒えることのない傷が静かに横たわっていた。
ガシャーン! ドタンバタン!
静寂を破るように、船首の方から騒ぎが起こった。
「てめぇ!コラッ、ふざけんな!」
「なんだ、またケンカかよ」
ジャックはうんざりしたように向かう。
「まったく、どうしたんだ?」
海賊団の男たちが、一人の男を取り囲んでいた。交易船の船長が必死に彼を庇っている。
「コイツ、ゼラフィム人だ! 一人だけクソ野郎がいやがった!」
海賊団の男が叫んだ。
騒ぎに気づいたシルヴィアとノイマンも駆けつける。
「おや、困ったことになったねぇ」
シルヴィアが困った様に頭を抱えた。
「まさか、ゼラフィムの人間を乗せちまうとは。こいつはとんだ御笑い様だねぇ」
交易船の船長が弁明する。
「違うんだ、聞いてくれ! コイツは確かに訛りがあるが、純粋なゼラフィム人じゃねぇんだ」
「ゼラフィムに滅ぼされた国の出身なんだ。長年憎しみを抱き続け、仕方なくゼラフィムで暮らしてきただけなんだ」
シルヴィアは男をじっと見つめる。
「どうしたもんかねぇ」
心配になったエリーが声をかけた。
「ジャックお兄ちゃん、許してあげて?」
ジャックの鋭い眼光が男を捉える。
「アンタ、元海軍の水兵だろう」
ジャックは言い放った。
「顔の火傷の跡。レインダー式銃を撃つ時にできるもんだ。銃は貴重な武器だ。お前、将校クラスだろ?」
「だから言ってるだろう、昔の話だ!」
船長が叫ぶ。
「ひぃ~! 勘弁してくだせぇ!」
男が震えながら懇願する。
「もう足を洗ったんです! 家族と平和に暮らしたいんです!」
パァン!
乾いた破裂音が船上に響き、弾丸が船べりを掠めた。
「ジャックお兄ちゃん!」
エリーが叫ぶ。
「うるせぇ! 俺らにはもう、家族はいねぇんだよクソが!」
ジャックが怒りに任せて叫んだ。
「何が平和だ! 俺らの故郷を破壊し尽くして、よくそんなことが言えるな!」
(ちっ、キレちまった。こりゃもうダメだわ)
シルヴィアは内心で呟く。
男は船長に庇われて助かった。危険を感じたエリーも身を挺して男を庇う。
「もう止めて、こんなこと!」
エリーが叫ぶ。
「うるせぇ! 邪魔だ、どけ!」
ジャックはサーベルを振りかぶるが、エリーに阻まれる。勢いあまって振りほどいた拳が、間違ってエリーに当たってしまった。
それを見たライルが激怒する。
「ちょっと待て!」
「てめぇ! 何すんだ、バカ野郎!」
「ライル……?」
エリーが驚く。
「……?」
ジャックも困惑する。
「おや?」
シルヴィアも目を見開いた。
ライルの怒声に、ジャックは冷静さを取り戻し、後悔に苛まれる。しかし、今さら引くわけにはいかなかった。
「ほう…」
ジャックは不敵な笑みを浮かべる。
「この俺とやるか、小僧?」
「さっきはガキのケンカだと思ったが、今度は見過ごせねぇぞ」
「上等だ、コラ! 俺っちがお前をやっつけてやる!」
「ジャック!」
シルヴィアが止める。
「心配すんな、姐御」
ジャックは言った。
「あぁいうガキは一度痛い目に合わせねぇと、世の中の厳しさが分からねぇんだ」
「ライル、あんたいい加減にしなさいよ!」
「いったいどうしちゃったのよ!」
「エリーお姉ちゃんなんか、フンッだ!」
ライルは彼女から顔を背ける。
ジャックは不敵な笑みを浮かべた。
「ルールは簡単だ。負けた方は、勝者の言うことを一つだけ絶対に聞くと誓え。分かったか、小僧!」
「上等だぜ!」
ライルも応戦する。
(どれほどのものか見せてもらおうじゃねぇか。俺たちの大事なエリーを守れる漢かどうかをよ!)
ジャックは心の中でつぶやいた。
ライルは「名無しの刀」を構える。ジャックは「マジックガントレット」から魔刃技を発動する神珠石を外し、ただの金属の篭手で戦うようだ。
「さぁ、かかって来い」