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始まりの章 ライルという名の少年

WILDSOULs 世界樹の王

エピソード1:ライルという名の少年


広大な大地には、緑豊かな樹木がどこまでも生い茂る。


それはまるで、誰も寄せ付けない大自然の迷宮のようだ。


そして、天をも貫くような壮麗で神々しい山脈が連なる霊験あらたかなこの地には、あらゆる生命の始まりであり源泉である**「世界樹」**が存在した。


世界樹は、魔力、気力、精力を地脈、水脈、天風を通して世界に生命の息吹を送り込み、あらゆる恩恵を与えている。人や動物はもちろん、妖精や精霊、幻獣といった神秘の存在までもが、この世界樹なしでは生きていけない。


だが、その恩恵は永遠ではない。


数百年に一度、この世界樹にも**「負の穢れ」が溜まり、淀みが生じて枯れてしまう恐れがある。これを「不浄の厄災年」**と呼ぶのだ。


不浄の厄災年が訪れると、世界樹を創造した星産みの女神は、聖なる告示を授ける天使を遣わす。


その使命を告げられるのは、当代最強の魔力を持つ女性。この女性が使命を承諾して初めて、女神から直接**「聖女の力」**が与えられる。


聖女の力とは、創生魔法の特権であり、世界樹の穢れを払い清浄な力を取り戻す、いわば**「メンテナンス」**の役目を果たすためのものだ。


また、世界樹への旅の道中、聖女のお供として守護を司る者たちは**「勇士」**と呼ばれる。


幾度となく、天使からの告示が下され、聖女がその役目を果たす旅に出た。そして、幾度となく、厄払いの儀式が執り行われてきた。


そんな世界の一角、北に位置する小さな村では、雪がまだ完全に溶け切っていない季節の朝を迎えていた。


「えいッ!」「やぁッ!」


元気の良い声が響く。


少年が一人、剣の朝稽古に励んでいた。その様子を厳しい目で見つめる、一人の老人。


「そこをもっと腰を入れんか、馬鹿者!」


厳しい檄が飛ぶ。


「ねぇ~じぃちゃん、少しだけ休ませてよぉ~」


少年はへたり込みそうになりながら声を上げた。


「腕がパンパンだよぉーー」


「じぃちゃんではない! 師匠と呼べといつも言っておるだろうが!」


老人は少年を一喝する。


その時、いつもお世話になっている村の村長が、焼きたてのパンを持って現れた。


「ライゼンさん、もうそのぐらいにして朝ご飯にしましょう」


村長はにこやかに言った。


「おう、村長か。いつも世話になってすまんのぉ~」


ライゼンは照れくさそうに頭をかく。


「いやいや、こちらこそモンスターが出て来た時はいつも無償で危険を顧みず退治してもらっているのです。これくらいはさせて下さいよ」


「村長にそう言って貰えると助かるのぉ~」


ライゼンがそう言いながら、じっと自分を見つめる少年に気づく。


「まったく、しょうがないのう。まあ、腹が減っては戦は出来ぬと言うしの。ライルや、飯だ!」


「やったぁーー!」


ライルが喜び勇んで家の中へ駆け込む。


暖炉に火がともされ、ふわりと温かい空気が部屋全体に広がる。今まで凍てついていた空間が、じんわりと和らいでいく。


ライルは吐息混じりに言う。


「あったけぇ~」


ライゼンがチーズと紅茶を運んでくる。


「ライルや、パンを分ける皿を持って来なさい」


「村長もここまで来るのに寒かったでしょう。紅茶を入れたので飲んでって下さいよ」


ライルは暖炉の前で焼きたてのパンにチーズをのせて、ハフハフと口いっぱいに頬張っている。


村長が笑みをこぼしながら言う。


「パンは逃げないんだから、落ち着いてよく噛んで食べるんだよ」


そう言っているうちに、ライルは案の定、パンを喉に詰まらせた。


「ゲホゲホッ」


ライゼンは「だから言ってるじゃろうが、馬鹿たれ!」と言いながら、しょうがないといった様子でライルに紅茶を飲ませる。


村長が再び笑いながら問いかけた。


「そう言えば、ライル君は今年で何歳になりましたかね?」


ライゼンは遠い目をして答えた。


「今年でこの地に来て、早十三年くらいかのぉ~。まだ、こ奴が赤ん坊の頃じゃったかぁ~。遠い地でこの子の両親が流行り病で亡くなってから、旅路の果てにこの地にたどり着き、村長の助けもありながら、この地に根を張ることが出来ましたわい」


「いえいえ、私は何も」


村長は謙遜する。


「謙遜されるな村長。赤子のライルの面倒を見てくださり、本当に助かりましたよ」


「まあ、それにしても大きくなりましたなぁ~」


村長がしみじみとライルを見つめると、ライルが村長に問いかける。


「ねぇ村長。いつもの英雄譚、聞かせてよ!」


村長がにこやかに、優しい眼差しで言いました。


「うん、いいよ。ライルが聞きたいのは、異端戦争の英雄アイルの物語だね」


ライルは目をキラキラ輝かせながら、急かすように簡潔に答える。


「うん!」


ライゼンはただ沈黙してその様子を見守っていた。


村長が、まるで大切な宝物を語り聞かせるように、ゆっくりと話し始めまる。


「世界樹のお役目を終え、長い旅から故郷へ戻った聖女ライナと勇士アイル。昔から惹かれ合っていた二人は、やがて結ばれ、故郷の人々も国を挙げて盛大に結婚を祝ったんだよ。」


「だけどね、聖女の力を欲する超大国ゼラフィムの野望が、大軍を率いて二人の幸せを引き裂いてしまうんだ。これが、後に**『異端戦争』**と呼ばれる、大変な戦の始まりだったんだ。」


「小国ながらも、聖女を擁護する故郷の人たちは、立ち上がったんだ。だけど、兵の少ない彼らでは多勢に無勢でね。戦況はだんだんと、ゼラフィムに圧倒的に有利になっていったんだよ。」


「そんな時、聖女様を何としてもお守りしようと、遠くから他の勇士たちが加勢してくれたんだよ。勇士たちの個々の武力はそれはもう凄まじくてね。まさに一騎当千の活躍だったんだ」


「これに対しゼラフィムも、武神、闘神、戦神、猛神、軍神、と呼ばれる**『五神』**をはじめ、猛将たちを送り込んできたんだ。彼らは勇士たちと互角以上の強さでね。圧倒的な兵力と名将たちの采配で、ゼラフィムの有利はますます確実になっていったんだよ。五神と勇士たちの一騎打ちでも、じりじりとゼラフィム側が押し始めていてね。」


「だけど、そんな絶望的な状況に、戦況を大きく変える力を持つ聖女ライナ様が、ついに戦場に姿を現したんだ。まさに、闇夜に差し込む希望の光のようにね。」


ライルが、村長に真剣な眼差しで問う。


「ゼラフィムの人たちは、悪い奴らなんだね?」


村長は、少し間を置いてから、ゆっくりと語りかける。


「うん、そうだよ。彼らはね、自分たちの信仰する神の名の下に、他の国々を次々に侵略していく、とんでもなく悪党どもなんだよ。」


そこで、村長は少し寂しそうな目をしながら言いました。


「実はね、今から30年ほど前に、私の故郷も奴らに滅ぼされてしまってね。国を追われて、この地にたどり着いたんだよ」


ライルは、その言葉に目を見開いて、驚きの声をあげる。


「えぇっ、そうなんだぁーー!」


村長は、優しい眼差しで語りを続ける。


「聖女ライナ様が戦場に姿を現すとね、すぐに創生魔法**『獅子心王の書』を取り出したんだ。そして、勇士たちとの誓約の証、『聖印』を解放すると……。驚いたことに、勇士たちの体が『神獣化』**を始め、その姿形がみるみるうちに変わっていったんだよ。」


「神獣となった勇士たちは、それはもう圧倒的な力を発揮してね。まさに人とは思えない力で、ゼラフィムの軍隊を次々と蹴散らしていったんだ。さすがの**『五神』**もこれには敵わず、中でも四聖帝の1人は、金色の獅子と化したアイルに、あっという間に倒されてしまったのさ。」


「そして、勇士の一人、竜王ヴェロンが天高く舞い上がり、そこから**神業『ヘルフレア』**を地上に降り注いだんだ。それはもう、目を疑うような光景だったよ。まさに、戦況が完全にひっくり返った瞬間だったんだ。」


ライルが驚きながら「スゲー‼」と歓声をあげる。


「だけどね、そんな中で、事態は急に変わってしまったんだ。なんと、身重だった聖女ライナ様に、突然陣痛が始まってしまったのさ。」


「途端に、ライナ様は創生魔法を使えなくなり、その場に倒れこんでしまったんだよ。仲間たちが慌てて、彼女を城へと運び入れたんだけど……。その瞬間、勇士たちの神獣化も解けてしまい、また、状況は振り出しに戻ってしまったんだ。」


「そしてね、ここからが、後に語り草となる英雄アイルの、あの獅子奮迅の戦いが始まるんだよ。」


ライルが興奮しながら、待ってましたと言わんばかりに「やったぁーー。」と雄叫びをあげる。


村長は、ライルの興奮した様子に目を細めながら、語りを続ける。


「聖女様の指揮を引き継いだアイルはね、敵の将軍の一人が千もの兵を率いて自分を討ち取ろうと襲いかかってきた時も、微動だにしなかったんだ。その手には、愛刀である**『獅子吼』**が握られていてね。その刀が、まるで生きているかのように火花を散らし、咆哮を上げているようだったのさ。」


「アイルは、まるで詩を詠むかのように、その技の名を叫んだんだ。『獅子吼ししく――『天鳴てんめい・凶月きょうげつの黒漣くろさざなみ』――ッ!!』ってね。」


「アイルが刀を閃かせた瞬間、『キイィィィーーーン。』と、耳をつんざくような、それはもう甲高い音が刀から鳴り響いたんだよ。その音は、まるで天高くまで届かんばかりでね、魂を震わせるような音色だったのさ。」


「その音と共に、アイルの刀から放たれたのは、黒い無数の“陰”。それは、まるで漆黒のさざ波のように広がり、アイルに飛びかかってくる幾人もの敵兵を、瞬く間に斬り刻んでいったんだ。その波は収まることはなく、次から次へと立ち向かって来る敵兵を、底なしの闇へと飲み込むかのようだった。アイルは、まさにたった一人で千もの兵を迎え撃つ、まさに獅子奮迅の戦いを見せていたのさ。」


「ゼラフィム軍の兵士たちが、まるで草木のように次々と倒れていく。これではどうにもならないと悟った将軍は、すでに満身創痍のアイルに一騎討ちを挑んだんだけど……。それも虚しく、将軍はアイルの一刀の下に斬り捨てられてしまったんだ。」


「アイルは、そこで静かに目を閉じた。そしてね、愛刀である**神剣『獅子吼』**を、円を描くように『スンッ』と、流れるように一瞬で振り回したんだよ。その動きは、澄み渡る水面を撫でるかのように、淀みなく、本当に美しかったのさ。」


「**キンッ!**って、耳元で甲高い金属音が鳴り響いたかと思うと、直後には『斬ッ!』と、肉を切断する鮮烈な感触が将軍の体を襲ったんだ。ボトッ……と鈍い音が地面に響くのと同時に、将軍の利き腕である右腕から、ブシュウと鮮血が大量に噴き出した。彼の視線の先、地面には、つい先ほどまで自分が握っていたはずの右腕が転がっていたというから、恐ろしいもんだよ。」


「将軍は、激痛に絶叫したさ。あれが、アイルが放った必殺技――『獅子吼 絶響の圓月ししく ぜっきょうのえんげつ』。音速の衝撃波による、まさに一閃だったんだ。」


ライルが、大声で「かっけぇーー。」と叫ぶ。


しかし、村長の表情は、どこか悲しげだ。


「だけどね、どんなにアイルが凄まじい活躍を見せても、所詮は多勢に無勢。味方の兵士たちは徐々に倒れていき、もはや敗戦は免れない状況だったんだ。」


ライルは、しょんぼりしてしまう。


「そんなぁ~。」と、寂しそうに呟く。


村長は、そんなライルに語りかけるように続ける。


「そんな絶望的な中、戦場にお城の方から、微かだけど確かに、赤子の泣き声が聞こえてきたんだ。ライナ様が、大変な状況の中、無事に子供を産んだらしいとね。」


「アイルもまた、その泣き声を聞くと、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちたというよ。彼の口からは、たった一言、『僕の、赤ん坊が……!』と、絞り出すような声が漏れたんだ。」


「そしてね、アイルはそこで、悲壮な覚悟を決めたんだ。この戦争を終わらせるために、自分の命と引き換えに、残された兵や民、そして仲間たちの命を助けてほしいと願い出て、すべての(無実の)罪を背負って敵軍に投降したのさ。」


「だけど、ゼラフィムは約束を守らなかった。聖女ライナ様と赤子は、城と共に焼け落ちてしまったらしいんだ。同時に、世界樹を司る女神様の恩寵も失われてしまったというよ。」


「その日のうちに、アイルも処刑されてしまったんだ。」


「こうして、後に**『異端戦争』**と語られる戦いは、一人の英雄であり、一人の父が、その命を散らすことで幕を閉じることになったのさ。」


ライルはもう、ワンワン泣いて号泣だ。


村長の語りも静かに終わりを迎えた。


村長がそろそろおいとましようとしたその時。


「そう言えば、君の名前は英雄アイルと聖女ライナの名前を掛け合わせて付けたみたいだよ。」


村長は、思い出したかのようにライルに話しかける。


「以前、ライゼンさんが言ってたものだからね。」


ライルが驚きながら、叫ぶ。


「えっ、爺ちゃんそうなのぉーーーーーーー!!」


ライゼンは「ふんッ」とそっぽを向きながら、小さい声で呟く。


「師匠と呼べと言っておるだろうが、このバカ弟子。ただ英雄殿と聖女様にあやかりたいだけじゃったの。」


村長は笑いながら、「それじゃあライゼンさん、また明日。」と短く挨拶し、帰っていきました。


それを見届けたライゼンは、一人自室に戻っていく。


ライゼンは壁の隠し金庫を開くと、厳重に保管された刀と書物を取り出す。それらを手に、13年前の出来事を偲び、想いに耽る。


ライゼンは、その刀を眺めながら、当時の記憶を呼び起こす。


アイルは、愛刀である獅子吼ししくをライゼンに手渡した。


「お父さん、これを我が子に……」


ライゼンは思わず叫んだ。


「お前、死ぬ気か!?」


アイルは覚悟の表情の中にも、義理の父を気遣うように優しく微笑んだ。


「私の命ひとつで、兵と民の命が守られるのなら安いものです。」


ライゼンは泣きながら懇願した。


「待て、頼む!行かないでくれ!」


しかし、アイルは敵の使者に連れられ、去っていく。


今度は書物を見つめながら、ライゼンはあの日のことを思い返す。


「お父さん、大丈夫!?」


敵の大軍に囲まれた城で、実の愛娘である聖女ライナにまで気遣われてしまうライゼン。彼は、力ない声で、アイルから託された愛刀獅子吼を娘に見せる。


「アイルが……敵に降伏して……ううっ……連れて……行かれてしまった……」


ライナは悔し涙を浮かべたが、どこか諦めたように呟く。


「そう……あの人らしいわね。」


そして、自らも覚悟を決めたように、視線を上げた。


「なら、私も覚悟を決めなくちゃね。私も投降するわ。彼らの目的は私だもの。」


ライゼンは、血相を変えて怒鳴った。


「ライナぁーーーッ!!」


その怒りを制するように、ライナは冷静に言葉を繋ぐ。


「ダメよお父さん。逃げても無駄よ。私がいる限り、あの人たちは諦めないわ。」


そして、懇願するように続けた。


「お願い、お父さん。この子を連れて逃げて。お父さんにしか頼めないのよ! お願い!」


ライナの悲痛な叫びにも似た嘆願が、ライゼンの心を締め付ける。だが、武骨で不器用なライゼンは、弱々しく言い放つ。


「わしには無理だ……討ち死にした方がまだましだ……」


ライナも引き下がらない。


「この子を見て、お父さん!」


ライナの傍らで、赤ん坊はスヤスヤと、何事も無いかのように眠っている。ライゼンは、その初孫の顔を見て、またもや涙が溢れて止まらなかった。


「この子まで捕まえられていいの!? 捕まったらどうなるか分からないわよ!!」


ライナは一刻を争うと悟り、餞別を惜しむように我が子の頬にキスをすると、半ば強引に赤子を父に託した。


「お父さん、あとこれも渡しておくわ。」


そう言うと、彼女は獅子心王しししんおうの書を父ライゼンに渡す。


「いずれ、この子に必要になるから。」


ライゼンは涙をこぼしながら呟く。


「何が失われた女神の恩寵だ。」


「本当にお前たちは勝手じゃ……。」


彼は独り言のようにブツブツと呟きながら、刀と書物を大事に隠し金庫へしまった。


そして、その重い感情に押しつぶされるかのように、そのまま深い眠りについてしまった。


北方の果て、小さな寒村がある。


ここは移住者が行き交う未開の地だ。目の前には荒れ狂う波が打ち寄せる海が、背後には高く険しい山々がそびえる。


冬は長く、農作物は育ちにくい過酷な大地。モンスターや狼、ヒグマ、白豹など、多くの肉食獣が闊歩する、手つかずの北の大自然がそこには広がっていた。


ドスン、ドスン、と地面を揺らすような足音が響く。


茂みの奥に身を潜めるライルが見つめる先にいたのは、体長およそ8メートルもの巨体を持つヒグマ・グリーズ種。


縄張りを誇示するように歩くその姿は、最早モンスターと見紛うばかりだ。


だが、モンスターとの決定的な違いは、こいつが「食える」ということ。


モンスターも稀に食糧となるが、正直なところ味は期待できず、耐性がなければ腹を壊し、最悪は魔病で命を落とす危険さえある。好き好んで食う者はいない。


対して、今目の前のヒグマは、美味な上に栄養価も高い。ライゼンにとっては、まさに獲物だ。


ライルは息を殺し、ライゼンの動きを懸命に追う。この未開の地で生き残るため、狩りの術を身につけることは、彼にとって死活問題なのだ。


ライゼンの身体が、まるで大地に溶け込むかのように気配を消し、ヒグマの背後へ間合いを詰める。


ヒグマがライゼンの方を振り向いた、その刹那――足元に仕掛けられた罠のワイヤーが片足に絡みつき、巨体がバランスを崩し、盛大な音を立てて倒れ込む。


ライゼンは「しめた!」と小さく呟き、ライルに鋭く合図を送る。


「ライルや、今だ‼」


その声に、ライルは迷わずナイフを抜き、切りかけの巨木を支えていた紐を一気に断ち切った。


ズドォーーン!


唸りを上げて、巨木が地面に倒れ込んだヒグマ目掛けて容赦なく降り注ぐ。轟音が辺り一帯に響き渡る。


直撃を受けたヒグマは瀕死の状態に陥るが、さすがは野生の獣。その生命力は桁外れに強く、ジタバタと激しくもがき続ける。


ライゼンは、その様子をライルに見せつけるように言い放った。


「よう見とけ。できるだけ無駄に苦しませないように、すぐに息の根を絶つんじゃ。」


静かに耀刀・黒桜こくおうの柄に手をかけたライゼンは、間髪入れずに止めの一撃を放つ。


「ライゼン流・神気刀法『――断墜牙だんついが――ッ!!』」


ライゼンの剣から放たれたのは、神気術で練り上げられた真空の刃。大地へと墜ちる牙のごとく、ヒグマの肉を断ち切る。


『斬ッ!』


鈍い肉を断つ音と共に、「グォルルルルァーーー!」ヒグマの断末魔が森全体にこだました。


ライゼンとライルは、貴重な食糧を確保して山を降り、無事に村へと帰還した。


人数が少ない小さな村では、久しぶりのご馳走を持って帰ってきた彼らを、まるで英雄の凱旋のように喜び祝う。ライルも得意げな顔で胸を張った。


それほど、この地にとって食糧の確保は死活問題なのだ。


ライゼンは、村の入り口で出迎えた村人に、獲物を見せながら言った。


「村長を呼んできてくれ。皆で分けてもらいたい。」


すぐに村長であるノイマンが、慌てて駆け寄ってきた。


「ライゼンさん、ご無事でしたか?」


まずは、無事を気遣うノイマンに、ライゼンは大きく頷く。


「ああ、問題ない。大丈夫だ。」


「いやぁ~、それにしてもかなりの大物ですね。さすがです。本当に助かりますよ、ライゼンさん、ライル君!」


ノイマンの言葉に、ライルはまるで英雄アイルにでもなったかのように得意げな様子で胸を反らせた。


そんな調子づくライルに、ライゼンが厳しい目を向ける。


「おみゃーはまだまだじゃ。これから剣の稽古じゃぞ。」


「ひえぇー!」


「まだ、帰ってきたばっかじゃん!」


ライルはぶーたれながら、露骨に嫌そうな顔をする。


「えい、やぁ、とぅッ。」


ライルは木刀を手に、何回も素振りを繰り返していた。


「もっと気の流れを意識して集中せんか、馬鹿者‼」


ライゼンの厳しい指導が飛ぶ。


「力任せで斬るんじゃない。もっと、こう、気を腹の底から練り上げるんじゃ。」


「神気術は、大地や大気に流れる気脈を感じ取るんじゃ。」


ライゼン流・神気刀法とは、ライゼンが若かりし頃、剣の道を極めんともがき、独自の探求の末に編み出した剣術である。


魔力に乏しい彼が着目したのは、この世界に流れる気脈だった。


生命力の源である丹田たんでんを利用し、気脈をまるで血流のように体内の**「気流」に変換する。そして丹田を介して全身の生命力のオーラ(精気)を闘気とうきへと還元する。それが神気術しんきじゅつ**と呼ばれるものだ。


神気刀法は、その神気術をさらに剣術に応用し、昇華させた、まさに唯一無二の技なのだ。


「ライルや、よう見とけ!」


ライゼンは目を閉じて集中し、呼吸を整える。


「すぅー。」と深く吸い込み、「はぁー。」と腹(丹田)を意識して吐き出す。この世界の万物に流れる気脈を感じ取りながら、呼吸法を繰り返す。


すると、彼の身体がじんわりと熱を帯び始めるのがわかる。次第に身体から湯気が立ち始め、熱の温度が増していくのが目に見えるほどだ。


そして、それは不思議な形を造りだし、オーラ、すなわち闘気とうきへと変換されていく。


「これが神秘なる気、神気じゃ。」


ライルは目をパチクリさせてライゼンを見つめた。


(ひゃ~、じーちゃんやっぱスゲーや‼)


あっけに取られているライルを見て、ライゼンは少し心配になる。


(大丈夫かのぉ。分かってくれたかのぉ~…?)


そんなライゼンの不安をよそに、ライルは木刀を握りしめ、目を輝かせた。


「よしッ、俺っちも頑張って神気術マスターすっぞ!」


「むむむむ~⁉」


ライルの顔がみるみる赤く染まっていく。


「ぷはっ!」「ダメだこりゃ⁉」


ライルは、思わず呼吸が止まってしまったように、妙な声を漏らした。


「バカモン‼」


「力みすぎなんじゃ!」


ライゼンの怒鳴り声が、森の奥深くまで響き渡った。


「もっと自然と一体になるように身体の力を抜いて、万物に流れる気脈を感じ取るんじゃ。」


「気の流れを感じ始めたら、呼吸法で自分の中に取り入れるように整えるんじゃ。」


「整えることができたら、腹の底(丹田)で気を溜め練り上げるのじゃ。」


ライルの目が、再び真剣な光を宿す。


「なるほど~。ほんじゃ、もう一度!」


「すぅーー。」(集中して気の流れを感じて…。)


ライゼンの目が、ライルの変化に気づき、微かに見開かれる。


(むむっ…!)


「はぁーーー。」


ライルが深く息を吐き出す。彼の身体は、再び徐々に熱を帯びていく。呼吸法を何度も繰り返すうち、ライゼンはさらに目を見張った。


(おおっ…!)


(お腹の底で気を溜めるぞ!)ライルは心の中で強く念じる。


辺りは静寂に包まれ、ライルの集中力が増していくのがわかる。ライゼンにも、ライルが気を練り始めているのが見えた。


そして、ライルがカッと目を見開いた、その瞬間――!


「ぷぅ~~~~。プリッぷうううううぅ~~~~。‼‼⁉」


ライゼンはあまりの出来事にあっけにとられ、思わず口を開いた。


「へぇ~⁉ 今の、何これ⁉」


ライルは顔を真っ赤にして、ごにょごにょと答える。


「ごめんちゃい‼」「おなら出ちゃった?」


「このバカ弟子がぁーーーーーーー!」


ライゼンの怒鳴り声が、再び辺り一帯に響き渡るのだった。


それからというもの、ライゼンによる鬼のような指導のもと、ライルは修行に明け暮れる日々を送る。


およそ一ヶ月が経ち、雪は完全に溶け、ほのかに春の日差しがポカポカと暖かくなってきた頃。


ライルは一人、石の上に座禅を組み、瞑想している。


(少しずつだけど、大気と大地の気脈を感じるようになってきたぞ。)


(後は僕の身体に取り入れて、気を腹の底に溜めるイメージだ。)


ライゼンは、その姿を目を細めて静かに見守っている。


「すぅーー。」「はぁーー。」(呼吸を繰り返して、溜めた気をコントロールして…。)


ライルの身体が、まだ微弱ながらも闘気オーラをうっすらと纏い始めているのが見えた。


ライゼンは、その様子に気づくと、ライルに木刀をポイッと投げ渡す。


「ちと、それでその石を叩いてみぃ。」


ライルは言われたままに木刀を構える。


(集中、集中…。)


「ふぅーー。」と深く息を吐き、スンと迷いなく木刀を振り下ろす。


石に当たった瞬間、「カンッ」と甲高い乾いた音が響く。


「じーちゃん、やっぱダメだぁ~。」


ライルが落胆してライゼンの方に振り向くと、ライゼンは何も言わずに石の方を指さした。


ライルがもう一度石を見ると、先ほどの一撃で、ビシィッと綺麗な亀裂が入っているではないか。


「ふむ。まあ、良いじゃろ。」


その光景に、ライルは一人驚きを隠せない。


「ひゃ~‼」「これ、俺っちがやったべか⁉」


ライゼンの口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「それが神気の力じゃ。」


ゼノン連邦の首都・ドレスタッド


そこは、大冠おおかんむりと呼ばれる獣王が鎮座する、獣人族と人族が築き上げた特異な文明社会だった。


その一角、獣王の館にて、ノイマン村長の姿があった。


彼は毎年雪解けの季節には税を納めるために都に足を運ぶ。そして、それは獣王イルヴァーンとの30年来の付き合いでもある、久方ぶりの謁見の場ある。


「ノイマンよ、変わりなく息災であったか?」


イルヴァーンは、玉座からノイマンに気さくに話しかけ、その身を気遣う。対してノイマンは、片膝をつき深く頭を下げ、最大限の礼節を尽くす。


「畏れ多くも、この場に及びましてまで、陛下のご厚情に触れるとは。長きにわたりこの身を案じてくださるお心遣いには、ただただ恐縮の至りにございます。」


「はははっ。相変わらずノイマンは固いのう。」


獣王イルヴァーンは、玉座に深く身を沈めながら、朗らかに笑った。


「我ら二人の仲ではないか。まあ、良い。」


彼は片手にワインを持ち、思案するようにグラスをくるりと一回転させた。琥珀色の液体が静かに揺れる。


「では、早速だが、彼らの近況を聞こうか?」


ノイマンは片膝をついたまま、慎重に言葉を選びながら静かに口を開いく。


「畏れ多くも、陛下のご厚情に深く感謝申し上げます。ライゼン殿は、今だご健在でございます。かつて剣鬼と恐れられたその力は、老いを知らぬかのようです。」


ノイマンの言葉に、獣王の目がかすかに細められる。


「そして、ライル様は健やかに、そして逞しく育ち――あの方の面影が、彼の中に確かに息づいているようです。」


「また、最近は剣術と神気術なる力を磨いている様子です。」


ノイマンの言葉に、獣王は「神気術か」と呟くと、しばし考え込むように目を閉じて沈黙した。


「たしか、彼の英雄も神気術を操り、その師には剣鬼と呼ばれる男がいたな?」


ノイマンは簡潔に答える。


「はい。」


「その剣鬼と呼ばれる男の娘は聖女だとかではないとか?らしいな?」


「私のような辺境の田舎者には、真偽のほどは分かりかねますが……。そのように噂などは聞こえてまいります。」


獣王は再び思案するように、ワイングラスをゆっくりと一回り転がした。


「ふむ。やはりそうなのだろうか。だとしたら、この地を治める大冠として、どうすべきだろうか。」


獣王の視線が、遥か遠くを見るように宙を彷徨う。


「あの少年も十三の歳。その存在を隠し通せるのも限りがあるだろうよ。本人にも、そして世界中にも……。」


獣王は苦々しく顔を歪める。


「守ってやりたいが、これは難しく、厳しい選択を強いられるぞ。この世界が――いや、汚い大人たちの世界が彼の存在を知った時、必ず悪用しようと企むだろう。」


そして、重く、沈痛な声が続く。


「そうなった時、ゼノンもただでは済まないだろうな。間違いなく、我らも戦火に巻き込まれる。」


「まったく腹立たしいな、ゼラフィムめ。今だ悲劇は続くのか。」


獣王はそう言うと、やるせないといった感じで、片手に持ったワインを一気に飲み干す。


その日の夜、ライゼンとライルは、獣王の会話など知る由もなく、呑気に石風呂に浸かっていた。


石風呂とは、熱した石を水に入れてお湯を作る風呂のことだ。


「う~む。心地ええわい。良き良き。ええ感じの湯じゃ。」


ライゼンは一日の疲れを癒すように湯に浸かりながら、夜空の満月を見上げる。


「まっこと、生き返るわい。ひっく!」どうやら月見酒をしながら湯に入っているようだ。


そこに、「ひゃっほーー! バシャバシャバシャーーー!」と、ライルが風呂の中で泳ぎまくる。


ライゼンが思わず「うわっぷ」と酒をこぼす。


「まてまてまて、おみゃーは何をすっぺか、このアホ助が!」


そう言いながら、ライルを軽く小突く。ゴンッとライルの頭から軽い音がした。


「うわぁ~~ン! じーちゃん痛いよぅ! 何すんのサ⁉」


「何じゃねーべ! あれほど風呂で泳ぐなって言ってるだろうが!」


ライゼンはぶーたれた。


「せっかくの酒が台無しじゃ~。ほれ、背中を洗ってやるから、そこに座れ。まったく世話が焼けるわい。」


ゴシゴシと丁寧に背中を洗う。


「ねぇ、じーちゃん?」


「なんじゃ?」


「なんで俺っちの身体は尻尾や牙が生えているのに、じーちゃんは生えてないの?」


ライゼンは背中を洗いながら、しばし沈黙する。


「…………。」


やがて、彼はゆっくりと口を開く。


「この世界には大きく分けて、人族ヒト、獣人族ジュウジン、翼人族ヨクジン、甲人族コウジンが居る。」


「おぬしの父親は、そのうちの獣人族ジュウジンじゃ。そして、お主の母親は、ワシと同じ人族ヒトなんじゃよ。」


ライルはぽか~んとした表情で、目を瞬かせる。


「そうなんだ~⁉ へえ~。」


彼はすぐに興味を別の方向へ向ける。


「僕、翼人族が良かったなぁ~。だって空飛べるもん!」「いいなぁ~、お空を飛べるって。」


ライゼンとライルは二人で満月を眺めながら、「いいなぁ~、お空を飛べるって」と口を揃えて呟くのだった。


翌日、村の外れにある、今はほとんど使われていない小さな船着き場に見慣れない男たちの姿があった。


明らかに村人ではない様子だ。どうやら、どこぞのゴロツキ海賊らしい。そのうち、村人の何人かがそれに気づき、騒ぎになり始める。


「グヘヘ、俺様はゴッズ船長だ! ここにいる獲物は全部俺様のもんだ、邪魔する奴はぶっ殺してやるぜ!」


ゴッズ船長たちが暴れまくり、とうとう怪我人まで出始めた。怪我をした村人の一人が、ライゼンのもとへ助けを求めて駆け寄る。


「ライゼンさーん! たいへんだぁーっ! 助けてくれぇーっ!」


だが、ライゼンの姿は見えない。ライルが驚いたように応じる。


「どうしたの⁉ じーちゃんなら、甘いもの食いたいって山へ果実を獲りに行ってるよ。」


村人が青ざめた顔で、絶望的に呟く。


「なんてこったぁ……こんな時に、村長は都に行ってるし、ライゼンさんもおらんだらどうすりゃいいんだよ!」


村人が意を決したように言う。


「ライルくん、今すぐにライゼンさんを呼びに行ってくれ! 海賊が暴れまくってみんなが襲われていると伝えるんだ!」


「なんだって⁉ そんな、じーちゃんは山奥まで行ってるから間に合わないよ……!」


ライルはギュッと拳を握りしめ、決意の表情を浮かべる。


「もうこうなったら仕方ない! 僕が、海賊を撃退する!」


そう言うと、ライルは木刀を片手に、騒ぎが聞こえる場所へと飛び出していく。


「みんなぁーっ! 大丈夫ですかぁーっ!」


村人の一人が、腕を押さえてうずくまっている。


「ううッ……痛てて……。」


「おじさん、大丈夫⁉」


ライルが駆け寄ると、村人は顔を上げ、焦ったように叫ぶ。


「ライル坊や、早く逃げるんだ、ここは危ない!」


そこに、海賊と思われる大男が現れる。


「グヘヘ、何だぁー。小僧、俺様ゴッズ船長に逆らうのか⁉ グヘヘ、攫って奴隷商に売り飛ばしちまうぞ、ガキぃぃ!」


ゴッズ船長の言葉に、ライルは怯むことなく木刀を構える。


「何だと悪党めッ! お前なんかちっとも怖くないぞ。俺っちが、やっつけてやる!」


「何だと、このクソガキぃッ‼ 俺様のサーベルの餌食にしてやる‼ 喰らえぇーーー!」


ゴッズ船長が勢いよくブンッとサーベルをライルめがけて振り下ろす。


スパッと、まるで紙を斬るかのように、ライルの木刀が切り落とされる。


ライルの顔が青ざめ、冷や汗が流れる。絶体絶命のピンチにおちいる。


その頃、山から呑気にライゼンが降りて、家路についていた。


そこへ、息を切らした村人が駆け寄ってくる。


「ライゼンさーん! たいへんだぁーっ!」


「なんじゃ、なんじゃ⁉ どうしたんじゃ?」


「ライルくんが、海賊と抗戦してるんじゃ!」


「何じゃとぉーーーーーーーっ⁉」


ライゼンはひっくり返る勢いで高い声を上げる。(まずい、さすがに今のライルには無理だ。まして、木刀では!)


そんな時、ライゼンの部屋からガタガタガタガタと激しい音が響く。


(こんな時に何じゃ……!)


ライゼンが音のなる方を見た瞬間。バキィッと木の板壁を破り、古びた刀が一人で、まるで生きているかのように飛び出してきた。そしてそのまま、ライルのいる方角へ飛び去っていく。


(一体何じゃ、何が起きとるんじゃ⁉)


ゴッズ船長が再びサーベルを構え、ライルに狙いを定める。その時、空から雷鳴と共に稲妻の如く、ドォーーンと閃光が落ちた。


轟音が止み、眩い光の中から現れたのは、先ほどの古びた刀だった。


「な、な、何じゃこりゃぁーー! 魔法か何かか⁉」


大地に突き刺さった刀をゴッズ船長が抜こうとしたが、うんともすんとも言わない。


「何なんだこれは……⁉」


そんな出来事を見て、あっけに取られていたライルに声が聞こえる。


(獅子の子よ、我を抜け。勇気と覚悟を示せ。)


ライルの頭の中にだけ響く、直接的な声。


「誰、⁉」


ライルは困惑したものの、その刀から不思議な気配と、何よりもどこか懐かしい匂いがする気がした。


「君なの?」


ライルは目の前の刀に、ごく自然に問いかける。そして、不思議と何の抵抗もなく、その刀にそっと手をかけると、あっさりと簡単に抜けてしまう。


ライルは困惑しながらも、手に収まったその刀を見つめた。抜いた刀は、ボロボロだった。刀身は黒く煤汚れ、見るからに錆びついており、とても斬れるようには見えない。


その光景を見ていたゴッズ船長が、腹を抱えて笑い出した。


「グハハハハ! なんだそのボロ刀は⁉ ガキが拾ったゴミで俺様に立ち向かうつもりか⁉ 笑わせてくれるぜ、この役立たずの鉄屑がッ!」


ゴッズ船長の嘲笑が、周囲の海賊たちの間にも広がる。


ライルは真剣な顔で構えた。祖父に教わった**プフルークの構え(剣前防御の型)**だ。


「こいつ、マジでやる気か?」


ライルの剣圧にあてられたゴッズ船長が、再びサーベルをブンブンと振り回して威嚇する。


しかし、微動だにしないライルの姿を見て、ついに腹を立てて斬りかかる。


「なめんなよ、クソガキがぁーー!」


**カキンッ!**と金属がぶつかる高い音が響く。


ライルは巧みに、プフルークの構えでゴッズの剣撃を受け流す。だが、ゴッズは構わず力任せにサーベルを振り回し続けた。


でたらめな剣捌きではあるものの、その力と速さ、そして手数でゴッズがライルを押し込んでいく。ライゼンに日々剣術を学んでいるとはいえ、所詮は非力な子供。ライルは防戦一方だった。


「オラオラオラァーーー! どうしたガキィー。ビビッて防御しかできねえのかコラぁ!」


ゴッズの挑発にも動じず、ライルは構えを変えた。**アルバーの構え(剣低足撃の型)**だ。


「ふー、ふー……」(落ち着け俺。呼吸を整えるんだ。いつも通り、じーちゃんに教わったとおりにやれば大丈夫だ。)


彼の脳裏には、ライゼンとの修行の日々がよぎる。


(相手の動きを防御しながらよく見るんだ。癖や傾向を見抜くんだ。)


**カン、ガキン、キン!**と剣と刀がぶつかり合う金属音が、より激しく辺りに響き渡る。


(よしッ! 足元だ! 下半身が隙だらけだ!)


「このガキィー!」


怒り狂ったゴッズが、思わず大振りになった瞬間をライルは見逃さなかった。


「ここだぁー!」


ライルはゴッズの剣を躱し、その反動を利用して、刀を相手の足元めがけ振り抜いた。一閃!


『斬ッ』


ゴッズのふくらはぎから鈍い痛みと共に、ブシューッと鮮血が飛び散る。


「痛でぇーーーーっ!」


ゴッズがその場に転げまわる。


「畜生ーー! なんでそんなボロボロの刀で、こんなに斬れるんだぁ!」


「この野郎ーーーっ‼‼‼ 本気で殺してやる、マジで殺してやるよ、グへへ。」


そう言うと、ゴッズは片足でなんとか立ち上がった。サーベルを**飛翼の構え(頭上背垂れの型)**にして、不気味に詠唱を唱え始める……。


対するライルも、刀を**天の構え(上段の型)**に構え、気を練り始めた。


お互いに、この一撃で決着をつけるつもりだ。


ゴッズのサーベルに、ギラリと**火属性のエンチャント(付与)**がかかる。対するライルも、神気刀法を繰り出す様子だ。


じりじりと両者が間合いを詰めていく。周囲の人々は、固唾を飲んで戦いの行方を見守っていた。


しびれを切らしたゴッズが、一気に踏み込んで先に技を繰り出す。


「うおおおぉぉぉーーー!」


雄叫びを上げながら、勢いよく頭上に掲げた火を纏ったサーベルを前方へと投げ飛ばした。


『ーー火天方翼かてんほうよくーー』


火の塊と化したサーベルが、ライルに向かってビュンッと唸りを上げて飛んでくる。


ライルも負けじと技を繰り出す。


(集中するんだ、剣先に気を練り上げるんだ。)


「ふぅーー。」深く息を吐くと、ライルの全身に神気が纏っていくのが見えた。


天の構えから、一直線に一太刀を振り下ろす。


「ライゼン流・神気刀法ーー『颯はやて』ーーッ!!」


ライルの剣から放たれたのは、真空の刃。颯はやての如き速度でサアッと相手へと飛翔する。


技と技が交差する、次の瞬間。


ザクッ!


ライルの左肩を、焼け付いたサーベルが斬りつける。間一髪、致命傷は避けたものの、かなりのダメージであることに変わりはない。


「うぁっ……痛い、熱い……。」


ドサッとその場に倒れこむライル。


ゴッズは勝ったと思った、その時。一足遅れて、ライルの斬撃がゴッズを襲った。


『斬ッ‼』


ボトッと、彼の右腕が地面に落ちる。咄嗟に利き腕で庇ったのだ。今度は鋭い痛みと共に、ブシュッブシュッと大量の血が流れ出る。


「うぎゃあぁぁぁぁーーーーーーーっ!」


ゴッズ船長が断末魔のような叫び声を上げた。


完全に勝負は決まった。海賊たちも最早これまでと諦め、ゴッズ船長を抱えてそそくさと退散していく。


その様子を見ていた村人達から、どっと歓声が上がった。


「やったよ! ライルくん! 君の勝ちだよ!」


「君のおかげで皆助かったんだよ!」


ライルは頬を緩めて笑いながら言った。


「えへへ、じーちゃん褒めてくれるかな?」


そう言うと、彼は痛みに耐え切れず、そのまま気絶する。


「ライルくん、ライルくん、しっかりしてライルくん!!」


遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。だが、その意識はすぐに夢の中へと沈んでいった。


ライルは夢の中で、憧れの英雄アイルと会話していた。


「大丈夫かい?」


アイルは優しく声をかける。


「うん、平気、平気。」


ライルはあっけらかんと答える。


「君は凄いね、とても勇気があるんだね。」


「ううん、そうでもないよ。ただ必死にみんなを守りたかっただけだよ。」


「だって、凄く怖かったもん!」


「そうだね、怖かったね。」


「でもね、それが大事なんだよ。」


「恐怖を乗り越えて大切な人たちを守りたいと思い、行動するその姿こそが、獅子の姿なんだよ。」


「ライル、愛しの獅子の子よ、どうかその勇気の心を忘れないでね。」


アイルはそう言うと、まるで虚ろのように、どこへともなく消えていく。


「えっ、待って、行かないで! まだ、たくさんお話ししたいことがあるのに!」


「――ライルや、ライルや!」


「ライル!!」


ハッと、ライルは目を開けた。


「大丈夫かぁ。」


ライゼンが心配そうに声をかけてくる。


「あれれッ⁉ 何だ、今の夢か? あっ、じいちゃん。」


「あっじいちゃんじゃないわい! まったく……おみゃーという奴は心配ばっかりかけおって!」


ライゼンが目を潤ませながら、ライルの頭をポンポンと軽く叩く。


「よかった。よかった。大事なくてよかった。」


「……じいちゃん。」


「じいちゃん。痛い!」


「なんじゃとぉーっ! この程度の傷、大したことないわい!」


バシッと頭を叩かれる。


「痛いよぅ! 何するのさ!」


「明日から猛特訓じゃ!」


そう言いながら、ライゼンはどこか安堵の様子だ。


「ねえじいちゃん。」


「この刀を知ってる? 突然現れて、助けてくれたんだ。」


「ワシゃ知らん。全く知らん。全然知らんし!」


ライゼンはとぼけて白を切る。


ライルはライゼンをじーっと怪しい目で見るが、諦めたように言った。


「まぁ、いいや。名前をつけようかな? じいちゃん。何が良いかな?」


ライゼンは暫く沈黙する。


「いずれ、その剣自身が答えてくれよう。」


「それまでは名無しでいいんじゃないかな?」


「恐らくその剣は人を選ぶ。大事にしなさい。」


「じゃあ今日は傷を癒すためにも、早めに寝なさい。」


「はーい!」


そう言うと、ライルは疲れていたのか、あっという間に眠ってしまった。


ライゼンはスヤスヤと眠るライルの寝顔を見ながら、彼が大事そうに抱いている古びた刀を見て静かに呟く。


「そうか、お前さんがライルを守ってくれたのか……ありがとう、アイル。」

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