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(2)

 案の定、《六本指》のギルドホールに戻っても男女のあいだに流れる空気が変わることはなかった。


 カイはそんな空気を無視して、さっさとギルドホール内にある受付カウンターへと向かい、依頼を終わらせた。


 男女は受付へ向かうあいだにも小声でやり合い、代金を支払う段階になってまた揉めだした。


 《六本指》のサービスを受けるための各種料金――依頼やギルドカードの発行代など――は他のギルドと比べても特別高額というわけではない。


 それどころか界隈では「新人は《六本指》へ行け」と薦められるていどには良心的な料金表である。


 だが新米も新米の冒険者である男女の懐には痛いのだろう。


 金銭を巡ってパーティ内で揉めるのもまた、この迷宮都市ではよくある光景だった。


 依頼達成の代金を手にしたカイは、さっさと魔法鞄(マジックバッグ)へとしまい込む。


 そして相変わらず言い合いを続ける男女を置いて、ギルド職員が行き交うエリアへと引っ込んだ。


 そんなカイの背中に、男の嫉妬に満ちた視線と、女の媚びを含んだ視線がぶつかってきたが、無視する。


 いちいち気にすることもない。


 明日になるどころか、恐らく三〇分もしないうちにカイの中ではどうでもいい、もう思い出さなくてもいい事柄として処理される。


 こんなことを気にしていてはキリがない。


 あの男女に限らず、迷宮に由来する人間同士の揉めごとなんて今日も今現在も、あちこちで起こっているのだから。


 カイは中庭に出て気配を消す魔法のかかった外套(マント)を脱いで、軽く迷宮でついた汚れを落とすと、それを魔法鞄に突っ込んでからギルドホールへと戻った。


 時間は朝を過ぎてしばらく。依頼を求めて冒険者たちが押し寄せてくる早朝の騒がしさはすでになく、ギルド内に併設されている酒場にもひとは少ない時間帯だ。


 ギルド職員にとってもひと息つける、役職によっては暇を持て余す時間帯。


 ついたての向こうから、おしゃべりに興じているらしい若い女性職員の声が聞こえてきた。


 その反対側に目をやれば、別の年若い女性職員が床にモップ掛けをしている。


 カイは、内心で「うげ」と顔を歪めたくなった。


 黒髪をシニョンにまとめた、一般ギルド職員のお仕着せの服を身にまとった彼女は、ついこのあいだ《六本指》に入ってきたばかりの新米職員のひとりだ。


 朝礼で紹介された五人のうちのひとり。彼女はその五人の中では一番背が小さく、一番年若かったはずだ。


 ついたての向こうで、暇そうにくっちゃべってる声が聞こえる。なにが面白いのか、ときおり甲高い笑い声が上がる。


 昨日もそうだった。カイは思い出す。


 一昨日もそうだったし、その前もそうだった。


 少なくとも、五日前ほどからずっと黒髪の彼女はひとりで資料作成や整理をしたり、掃除をしたりと新人らしい仕事をこなしている。


 そしてその横ではずっと他の新米職員たちは暇そうにしているのだった。


 カイは当初は、タイミングの問題だと思った。


 しかしカイの場合仕事柄、ギルドホールに出入りする時間帯が不規則であるにもかかわらず、いつだって彼女がひとりで仕事をしていて、他の四人がおしゃべりしている構図を見続ければ、嫌でもわかってしまう。


 どうも彼女は、他の四人に仕事を押しつけられているようだ。


 カイは思った。


 彼女は馬鹿だと。あるいは馬鹿でお人好し。そうでなければ要領のよくない、どんくさいやつ。


 カイは思った。心の底からかかわり合いになりたくないと。


 けれどもそうはできない事情がカイにもある。


 近頃なにやら不在がちのギルドマスター――ボスからギルド内の様子に目を配って欲しいと「お願い」されているのだ。


 この「お願い」とは実質「命令」のようなものだった。


 それに決定打となったのは、新米職員の指導を任されている先輩職員からの泣きごと。


 新米職員五人のうち、四人がどうもひとりに仕事を押しつけてさぼっていることはわかっているのだが、さぼっている新米職員の中に《六本指》とも取引がある商会の会長の姪がいるのでどうにもやりにくいのだと。


 カイは内心で舌打ちをしつつ、渋々、本当に渋々、おしゃべりに興じている四人の新米職員へと声をかけた。


「今休憩中か?」

「あ、はい――ってカイさん!」


 四人の中ではもっとも年嵩に見える――と言っても二〇代半ばほどの――女性職員が、途端に顔を明るくして笑みを作る。


 彼女が商会長の姪である。どうやらこの四人の中ではリーダー格であるらしい。


 カイに対し彼女が良好な反応を返すのは、カイが良くも悪くもギルドマスターであるボスの贔屓を受けているからか、そうでなければ整った顔の造作のせいだろう。


 どちらもカイが望んで手に入れたものではないが、利用できるときは存分に利用する。それがカイという人間だった。


「いつ見ても休憩してるみてえだけど、なんで?」


 カイは自分が持ち得る中で、もっとも善人に見える微笑を浮かべて――刺した。


 途端に新米職員四人のあいだに緊張が走るのが見て取れる。


 カイは動揺する新米職員四人を前にしても、笑顔を崩さない。


 そんなカイを前にして、その中でも年嵩の女性職員はわずかに顔を強張らせつつも、弁解をし始める。


「えっと、ご、誤解です! いつもはちゃんと仕事してますよ~。でもソガリさんがひとりでするって言って聞かなくって! あたしたちも手伝うって言ったんですけど~……」


 ひとり仕事を押しつけられている、黒髪の女性職員はソガリという名前らしい。


「だからってここでくっちゃべってていいと思ってんのか? あと休憩時間かそうじゃないかとか、あとでいくらでも調べられるからな」


 カイは笑顔のままだったが、年嵩の女性職員は顔をひきつらせた。


 言い訳をするにしても、カイからすれば「雑」のひとことに尽きる。


 カイは頭が痛くなってきた。


「――ここのところボスが不在がちだからって気ぃゆるめんなよ。二度はないからな」


 四人の新米職員たちは顔を青くしつつも、意外にも素直にうなずいていた。


 四人は他人に仕事を押しつけるほどの厚顔ではあるものの、年下ではあるが、先輩であるカイに対し、ここで抗弁するほどの度胸や意気地はないらしい。


 カイは四人の様子を見たあと、振り返って黒髪の新米女性職員――ソガリを見る。


「お前も、黙っていいように使われてんじゃねえよ」


 ソガリは、黒っぽい目をぱちぱちとまたたかせて、なぜかおどろいたような顔をしている。


「ええっ?! わたしっていいように使われてたんですか?!」


 カイは本当に頭痛がしてきた。

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