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明日に向かって吠えろ!  作者: やなぎ怜


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(17)

「あのね、劇のチケットもらったんだけど、いっしょに観に行かない?」


 ソガリとは、なんだか久しぶりに顔を合わせた気がした。


 いや、実際にはカイはソガリの顔を見てはいた。


 ギルドホールに出入りしていれば、嫌でも彼女の姿を見ることになる。


 そしてギルドマスターであるボスといるところも。


 だから、ソガリの横顔はたびたび見てはいた。


 ただ、真正面からこうして見るのは――実際にそう日にちが開いていないとしても――ひどく久方ぶりに感じられた。


 カイはゆっくりとまばたきをして、


「行かねえ」


 とだけ言った。


 カイは明らかにソガリを避けていたのに、肝心の彼女がいつも通りなのが気に障って、突き放すように断りの言葉を口にした。


 ソガリが誘ってきた劇の題材よりも、ギルドマスターであるボスの涼しげな美貌が脳裏をよぎり、カイは顔をしかめたくなった。


 ソガリとボスが「ただならぬ仲」であるというのは、単なる噂話のひとつである。


 噂は噂。カイだってそう思っている。


 思ってはいるが、その噂が頭に不愉快にこびりついて離れない。


 カイの理性的な部分は、「ここで噂の真相を問いただせばいい」と言ってくる。


 簡単なことだ。


 以前と同じように、「お前とボスってどういう仲なんだよ」となんでもない顔をして聞けばいいのだ。


 だがもう、カイは「以前と同じように」ソガリに接することができなくなっていた。


 それどころか、ボスが戻ってくる前まで、ソガリとどんな風に会話を交わしていたのか、自分が彼女にどんな顔を向けていたのか、もう思い出せなくなっていた。


 ソガリは、カイがにべもなく断ったことで、眉を下げて、わかりやすく落胆した顔を作る。


「そっかー……」


 いつものソガリであれば、ここから食い下がってきただろう。


 いつもの能天気そうな顔をぶらさげて、元気な声で「行こうよ!」と言ってきたに違いなかった。


 カイは、そんな「いつもの」ソガリを容易に想像することができた。


 けれども、現実のソガリはそのようなことを言わなかった。


 カイが観劇の誘いを断ったあと、彼女は今手にしている二枚のチケットをどうするのだろう?


 ――ボスを誘うのか。


 あるいは、既にボスを誘って、断られたあとなのか。


 カイにはなにもわからなかった。


 ただひとつたしかなのは、カイの中にソガリをひどく傷つけてやりたいという気持ちがあることだけだ。


 その能天気な笑顔を、他でもないこの手で曇らせてやりたいと思った。


 身勝手で、おぞましく、みっともない衝動を、カイはどうにか押さえつけてソガリに背を向ける。


 去って行くカイに、ソガリはどんな言葉もかけはしなかった。




 噂とは生き物のようだとカイは思う。


 それは今や立派な尾ひれをつけて、さも真実であるかのように《六本指》の職員たちの口々をのぼる。


 彼ら彼女らのあいだで、もはやソガリがボスの「いいひと」であることは確定事項であるようだった。


 頻繁にボスの執務室を出入りしているだとか、夜中にボスの部屋のほうへと向かうソガリを見ただとか。


 そんな噂話は、当然《六本指》の外へと漏れ始めていて、《六本指》のギルドホールを利用する冒険者たちも知るところとなっていた。


 圧倒的に多いのは好奇の声だったが、ボスの美貌と、ソガリの冒険者に対する対応への評判もあり、落胆の声も聞かれた。


 《六本指》のギルドホールに出入りする冒険者のうち、幾人かはこの噂話で失恋を経験したのだ。


 カイはそんな冒険者たちの声を冷ややかに捉えながら、しかし以前のように切れ味鋭く、惚れた腫れたなんて馬鹿馬鹿しいとは言えなくなっていた。


 ――恋心に踊らされるなんて、馬鹿のすることだ。


 カイが強くそう思っていることに、変わりはない。


 けれども他人事として、切って捨てることはできなくなっていた。


 「馬鹿馬鹿しい」と心の中で言うたびに、カイの心臓はじくじくと痛むようだった。




 一方、ソガリもボスも、いくら問われてもその仲を明確に認めようとはしなかった。


 のらりくらりとかわしてしまうソガリに、意味深に微笑むだけのボス。


 そんなふたりを見て、ひとびとはまた噂話に熱中する。


 「本気の付き合いだから喧伝しないんだよ」とか、「いいや、愛人関係だから公言しないのさ」とか。


 部外者が好き勝手言っている声は、カイの耳に嫌でも入ってくる。


 そんな風に噂話が過熱する中、カイは当事者の片方であるボス直々に「お使い」を仰せつかった。


 その「お使い」を言いつけられたのはカイだけではなく、噂話のもう片方の当事者であるソガリもだった。


 ――最悪だ。


 カイは心がくさくさして行くのを感じた。


 なんでよりにもよって、ソガリと共に「お使い」に行かなければならないのか――。


 カイはボスに抗議したくなったが、その言葉を口にすればソガリを意識しているとも取られかねないと、自意識過剰にも考えて、口をつぐんだ。


「それでは、よろしく頼みましたよ」

「わかりました! 行ってきます!」


 ボスの言葉に、ソガリがいつも通りに元気な声で返事をする。


 いつも通りの涼しげな顔をしたボスにも、能天気そうな笑顔を浮かべるソガリにも、カイは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

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