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「最っ低!」


 魔法杖(マジックロッド)を胸の前で握りしめた女が、その眼前で居心地の悪そうな顔をしている男をなじる。


 男も女も歳若く、二〇歳前後といったところだろうか。


 女は頬を赤く染めるほどに、憤懣やるかたないといった顔で、鼻を膨らませて怒りに打ち震えている様子だった。


 いかにも冒険者といった出で立ちの男は、やや塵や土で汚れてはいるが、まだ真新しい防具を着込んだ体をしばらく縮こまらせるようにしていた。


 だが女の怒声が次第に大きく、罵倒の時間が引き延ばされて行くにつれて、男の顔は不満そうな表情へと変わって行った。


「でも、助けを呼んできただろ」


 次の瞬間、女の目が三角に吊り上がるさまを、カイは見た。


 しかし、おどろきはしなかった。


 迷宮(ダンジョン)に潜った男女のパーティがこのようにして揉める場面は、両の手指どころか両の足の指をたしてもたりないていどに、カイは見てきたのだから。


 いっしょにパーティを組んで、迷宮に潜ってくっついて、そして迷宮が原因で別れる――。


 この迷宮都市では特に珍しいことではない。


 今、カイの目の前で別れ話に発展しかけているこの男女もそうだ。


 話は単純で、想定よりも強い魔物(モンスター)に襲われてパーティが半壊。


 男は女を置いて我先にと逃げ出した。


 そしてカイによって救出された女は、先に逃げた男に怒り心頭で先ほどから延々彼をなじっている……。


 カイはそんな男女のあいだに入ったり、ましてや仲裁したりはしない。


 これまでそんなことはしたことはなかったし、絶対にこれからもしないだろうと断言できる。


 閉じた貝のように黙り込んで、ただ成り行きを見守るだけだ。


 しかしその(きん)の目は、冷ややかさを隠せていなかったかもしれない。


 カイにとって、惚れた腫れたの色恋沙汰や、まして痴話げんかなど馬鹿馬鹿しいことの極みだからだ。


 恋愛感情に、他人に振り回されるなんて馬鹿の行いだというのが、カイの信条なのだ。


 今カイの目の前にいる男だってそうだ。


 女を置いて逃げたうしろめたさを隠せずにいるし、目を三角に吊り上げている女をなだめる姿の情けなさといったら。


 おまけに女が今にも別れ話をしそうな空気になってくると、女の気持ちを繋ぎ止めようと必死になっている。


 女はこんな男のどこに惚れたのか、男はどうしてこんな女と別れたがらないのか。


 カイには理解できなかった。


「――あたしをかばいながら出入り口まで連れてきてくれた彼に比べて、アンタはなんなの?!」


 ……そうこうしているうちに、火の粉がカイのほうまで飛んでくる。


 カイは内心で「うげ」と口元を歪める。


 カイが女を助けたのは仕事であって、それ以上でもそれ以下でも、なんの含みもない。


 カイの本分は浚い屋(サルベージャー)漁り屋(スカベンジャー)と呼ばれる、迷宮に落ちている物品――迷宮内で力尽きた冒険者の持ち物を含む――などを回収して生計を立てる(ジョブ)である。


 だが所属しているギルドにひとたび救助(レスキュー)依頼(クエスト)が持ち込まれれば、対象の救助のために迷宮へ潜る――。


 間違っても、カイは人助けなど好きではない。


 ではなぜ救助の依頼を請けるのかといえば、「そういう契約になっているから」としか言えない。


 迷宮都市の中心部にある大広場に面してギルドホールを構えている、冒険者ギルド《六本指》。


 カイはわけあって《六本指》のギルドマスターには逆らえない。


 いや、逆らいにくい。


 カイにはひどく屈辱的であったが、致し方ない。


 スラム街の浮浪児であったカイが人並みの生活が送れるようになったのは、ほかでもないギルドマスターのおかげなのだから。


「……ギルドホールで依頼達成の手続きをしたいんですケド」


 カイはいかにも微笑みを貼りつけました、といった顔を作って男女を促す。


 さすがに迷宮の出入り口から脇にそれた場所でのやり取りだったが、ここは往来だ。


 他の冒険者たちの耳目を集めすぎていると思ったのか、カイがギルドホールへ向かうことを促せば、男はほっとした顔になり、女もひとまず矛を収めてくれた。


 だがギルドホールでもこのふたりはまた言い合いを続けそうだという予感がカイにはあった。


 ――そんなくだらないことに巻き込まれるのは御免被りたい。


 ギルドホールで依頼達成の手続きが終わったら、さっさとスタッフルームに引っ込もう。


 カイはそう算段をつけながら、険悪な男女を《六本指》のギルドホールまで先導するのだった。

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