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海が見える街 (8)

「裕くんと咲生は、二人で車で迎えに来てくれた。」

部屋に戻ると、茜さんはベッドに腰掛けて話し始めた。

「咲生は裕くんにベッタリくっ付いてた。そのまま私に一生懸命話しかけて来た。ほんと、一生懸命。」

「一生懸命、って言うのは?茜さんが僕にやったように無理にキャラクターを作って、という意味?」

僕の問いに、茜さんは少し納得行かなそうな顔をしたが、しばらく考えて、まぁ、同じかもね。と言った。

「私の場合はいい子に見せようみたいな気持ちが一番大きいんだけど。人に嫌われたくないって気持ちが大きくて。でも咲生は、自分の不機嫌さとかイライラみたいなのを必死に抑えてる感じがした。多分咲生にとって、ここは裕くんとの、誰にも邪魔されないパラダイスだったんだと思う。そこに部外者が、しかも女が突然現れたから、最大級の警戒心をぶつけられてるな。って、私はすぐに思ったよ。…私、親が居ないから周りに陰でヒソヒソ言われることが多かったから、やっぱり、空気みたいなやつにすごく敏感で。わかっちゃうんだよね。相手が自分を受け入れてくれようとしてるか、って。咲生からその空気は感じ取れなかった。」

僕も、話を聞いて同じ事を思った。茜さんの不安は、その冷静な分析からより強く彼女自身を襲うのだろう。

「茜さんがここに来た理由を、聞いてもいいかな。」

「逃げたかったんだ。とにかく、身の回りの世界から。」

茜さんは寝転んで僕に背を向けた。僕はベッドの足元に胡坐をかく。

「二十歳で養護施設を出た。そこから二年と少し、一人で生活してみた。普通の人が躓かない所で足止めを食らっちゃうストレスを少しずつ溜めながら、それでも一人で生きていけるようにって、自分なりに頑張ってるつもりだったんだけどさ、ある時、バイト先でトラブルがあって。」

「人間関係?」

「最終的にはそうなんだけど。売上金がなくなってさ。…私が盗んだって言われたんだ。」

なんだって、まぁそんな事を。

「あいつ、施設育ちで金がねぇから、店の金盗んだんだろうって。そうやって、警察に突き出された。」

どうしようもない怒りが僕に込み上げてくる。

彼女を守ってくれる人がなんで一人も居なかったんだろう。

「まさか収容されたりしなかったよね?」

僕の言葉に茜さんはキッとした目つきで一瞬顔を向けて

「やってないのにそんなわけないでしょ!」と言った。

「私は、周りが自分をそういう風に思ってたんだって知って、怒りと怖さで何もやれなくなってしまった。施設の人のことも信用できなかったし、突き出された先の警察官も信用できなくて、相談もできなかった。」

それで藁にもすがる思いでここに逃げて来たのか。

「咲生にそんな態度取られたから、ここに来たのも間違いだと思ってすぐ、帰ろうって思ったんだけど、とりあえず、もう一人会わせたい人がいるからって裕くんに言われてここまで来て、全部話したら、おばあちゃんが好きなだけ、ここに居たらいいよって言ってくれて。」

「そうだったんだね。」

僕は話を聞いて何かを猛烈に感じたのだが、うまく言葉にまとめられなくて、とりあえず呑み込んだ。そして、僕がしたかった話に切り替えていく。

「茜さんのせいじゃないと僕が思った話をしてもいい?」

茜さんは首だけこちらを振り向いた。

僕は、座って、こっちを向いて聞いて欲しいと彼女に頼んだ。表情を見ながらでないと、彼女を知らず知らずに傷つけてしまわないか僕も不安だった。

茜さんは「わかった」と、素直に起き上がって、僕と同じように床に胡座をかいて座った。

僕は話始める。

「佑香が殺されて、僕は悲しみに狂ったり、怒りに狂ったり、記憶がないからしなかった。だけど代わりに、ことの全容をまるで他人事のような感覚で聞いてさ、一つだけ思ったことがあったんだ。」

「殺されたのが自分じゃなくてよかった、とか?」

近いようだけど違うね、と僕は答える。

「それだけの報いなんじゃないか、と思ったんだ。」

この気持ちを、人に話すのは初めてだった。だって、あまりにも残酷な事を思っているって、自分でもわかるから。

「佑香はさ、きっと亮司に対して思わせぶりだったんだよ。俺の横にいるっていう安心感で調子に乗っちゃってたんじゃないかって、思うんだよね。」

茜さんは目を見開いて聞いている。多分予想外の言葉だったんだろう。

「何も覚えていないから、今までもこんな思想だったのか、変わってしまったのか分からないんだけどさ、俺も、忘れちゃうくらいだから、そこまで佑香のこと好きじゃなかったんじゃないのかな…とも思ってるよ。」

すかさず茜さんがつっこんでくる。

「あんたその話、誰にもして来てないよね⁉︎」

もちろんだよ、と僕は笑って返す。

「佑香は命を奪われたけど、咲生さんは自分で投げ出したわけでしょう?」

茜さんは僕が何を言いたいか、わかった顔をしていたが、それでいて納得できない顔をしていた。

「私たちはタイマン張って戦ったわけじゃないんだよ。むしろ私の不戦勝だよ?」

「運も実力のうち、っていうじゃん。」

「いや、それでもさ、」

「茜さんが、咲生さんのこと以外のことも含めて、今、ここに生きているってことは勝ちなんだよ。」

僕は茜さんの両肩をとった。

「勝ちだし、価値だよ。」

茜さんはさっきとまた違う、目から鱗が落ちたようなそんな表情で目を見開いていた。

さっき感じた事を僕は考える。

茜さんの取り戻そうとしている抜け落ちた部分、僕は僕自身が忘れてしまった部分をどう生きていたのだろうか、と考えた時、きっと何不自由なく、恵まれた環境で生きて来たんだろうなと感じた。 そこで、あ、と思い当たる。

僕は、茜さんの取り戻そうとしている物を探す手伝いがしたい、と思ったのではないだろうか。

あの時の言葉にまとめられなかった気持ちはこれだったのではないだろうか。

僕だって覚えちゃないんだけれど、だからこそ、彼女に一緒に探そうと、言う資格があるような気がした。

「茜さんの取り戻したい物を探す手伝いを、僕にもさせてくれない?」

茜さんは今までに見たことのない柔らかい笑顔で「嬉しい」と、笑った。

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