4話・大陸への帰還
「さて、すまなかったな。料理が冷めないうちに乾杯といこうではないか」
王の一言で、場が仕切られなおす。ラベンダはヘラルトと席を交換して、王の隣に座ることに。料亭の従業員たちがグラスを用意し、酒を注いでいく。
「本物のシャンパンだよ。前線が近いから最近は生産量が減ってきている。悲しいことだ」
「俺ぁてっきりスコッチが飲めるものかと思ったんだがな」
酒飲みのレオがそう言う。
「それは二杯目以降にしようか。まずは乾杯だ」
王がグラスを掲げるのに合わせて、六人もグラスを掲げる。
「ふむ、魔王城は魔王しかいなかったと?」
「はい。少なくとも我々が突入した時には」
マティアスらの説明に対して、王が疑問を投げかける。
「妙だね。もしかしたら我々の想像よりも人望がないのか、あるいは…」
「あるいは?」
フォークを片手に考え込む王に対して、マティアスが聞き返す。人払いをして、周辺は近衛が固めているので情報が洩れる心配はない。
「敢えてそうした、か」
「というと?」
「今仮説をいくつか思いついたんだ。一つは君たちが本当は魔王を倒していない可能性。まぁこれはまずないだろう」
「なぜそう言えるのです?」
「君たちを信用しているから、そして魔王のことも信用している」
簡単に言い切る王に、メルロスがあきれた顔をする。
「となるともう一つ、魔王は倒される必要があったということだ。この場合は…」
王は考え込んだ後、言い放つ。
「いや、やめておこう。流石に理屈に合わなすぎる」
「何の必要があったと思ったんですか?」
「それが分からないな。君たちは魔王から何か聞いていないのかい?」
「何も聞いていません」
マティアスが即答する。
「そうか、まぁいい。どのみち戦争が終わるわけでもないからな」
フォークに刺した肉を口に運びながら王は言い切る。
「終わらない、というと?」
「簡単な話だ。そもそも魔王が魔王軍を統率しているわけではないことは十分わかる。魔王軍を統率しているのは、ガラムスという大将軍筆頭と各軍の大将軍だ。ここまではいいな?」
「ええ、西部と南部の大将軍には会ったことがあります」
「西部というとサウリュスか、アレは父の仇だ。きっと君らが討ってくれると信じているよ」
「どうでしょう。ベーレインさんが戦場入りしましたから、彼の手で片付くんじゃないですかね」
「南部は確か魔人だったか?」
「一角獣の魔人よ。名前はルキーノで、名前と風貌から、聖教国で四百年前に記録がある魔人と同一人物だと思う」
メルロスが答える。
「うん。それで、彼らは魔王とは完全に隔絶されて戦っていると見た方がいい。もしかしたら魔人同士の連絡網があるのかもしれないが、魔王が指揮を執るにはさすがに遠すぎる」
二杯目のスコッチを飲みながら、王が言う。
「つまり、魔王を倒しても魔王軍の構造にダメージはないというわけですか」
ラベンダの問い。
「そういうことになるね。だからといって、魔王が倒されることを選んだ理由は分からないけれども」
「要するに無意味だったってことか?」
ヘラルトが問うが、王がそれには否定を述べる。
「そんなことはない。向こうにはダメージがなくても、こちらの士気には繋がるさ。私の父が死んだ分の士気の低下を塗り替えるような大きな戦果だよ。作戦を立てた西羅王もおそらくそう思っているはずだ」
「むしろこちらの士気を保つ必要があったと?」
アラヴィアが問いを投げる。
「そうかもしれない。ただ、もしそれが本当なら、一大事なんて話じゃないな」
「というと?」
「士気が高ければそれだけ大規模な作戦を行える。それが狙いだとしたら、向こうはきっと―――」
「すぐに大陸に戻ります」
王の言葉を遮って、マティアスが言う。
「分かった。くれぐれも船旅は気を付けてくれ」
「本当に明日出るのか?」
速足で歩くマティアスを追いながらレオが聞く。
「あぁ、なんなら俺らだけでもいい。兵士たちは休養させておこう。彼らの船は王に調達してもらう」
「分かった。アルドーヌに伝えておこう」
マティアスを追い抜いて走っていくレオを見ながら、メルロスが問う。
「まさか攻勢を止めに行くの?」
「あぁ、もしかしたらそれが狙いだからな」
「いったん伝書鳩を飛ばすべきじゃないかしら?」
「ならそれは君に任せよう」
料亭の前に止まった馬車(屋根付き)に、アルドーヌを探しに行ったレオ以外の五人が乗り込む。
「あとはラベンダ」
「はい」
「君はここに残れ。いきなり戦場に戻すわけにはいかない」
「私はまだ結婚していません」
「だとしてもだ、いいな?」
「はい…」
うなだれるラベンダを擁護するように、ヘラルトが言う。
「そんなん言ったらマティアス、お前だってそうだろ」
「あぁ、だからカタリーナには漏らさないよう王には言っている」
窓の外を見ながらマティアスが言う。
翌朝早く。ラベンダを除いた五人は、魔王討伐に使った船に再び荷物を積み込んだ。いや、正確にはどうしても同行したいというフィレンツと、ベーレインに縁の強いトッドを入れた七人となる。トッドは回復術も使えるので、ラベンダの抜けた穴を埋める要員でもある。
「ありがとうございますウィルさん」
「とんでもない、仕事ですので」
日の昇らないうちから近衛たちを連れて迎えに来てくれたウィルに、感謝を伝える。
「また我が国にお越しください、勇者様」
「ええ、王によろしくお伝えくだ―――」
「待ちなさーい!」
マティアスの返礼を遮るように叫び声。見ると、カタリーナがそこにいた。隣には「すまない」という顔の国王と、あきれているラベンダ。
「妻に挨拶もせずに海を越えるとはどういう了見かしらね」
「すまなかったカタリーナ、止められると思って」
「止めるわけないでしょう、それよりなんて言うんでしたっけ?こういうときは」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
カタリーナが近付いてマティアスに口づけをする。後ろではレオやメルロスがヒューヒューと言っているような気がするが、いったん無視をする。
桟橋で見送る人々の姿を船は滑るように港を出て、南下を始める。