3話・凱旋
支配人に案内された部屋には紺の軍服が用意されており、一人ずつ服飾士が付いていた。彼らの言うままに袖を通すと、統一感が現れる。
「凱旋って言うからてっきりもっと派手なものを着るのかと」
メルロスが男衆の服装をしげしげと見ながら言う。
「無理もないさ、この国はまだ前国王が亡くなったばかりなんだから」
「アルバート二世ね、あの人は強かったのになぁ」
レオとヘラルトが言う。
「無茶もない。相手は元は魔導騎兵にいたと言うじゃないか」
マティアスが擁護する。
「今はベーレインさんが戦線に出ているし、仇を取ってくれるさ」
アラヴィアもそう言う。その間ラベンダは一言も発さないので、メルロスが時々横目で心配の目線を送っているが、おそらく気付いていないのだろう。
「お疲れ様です団長」「お疲れ」
フィレンツやヨハンなど、騎士団の主要メンバーも揃ってきた。アルドーヌ、トッド、モーリス、ヒューム、アムワイズ、そしてジョセフィ。魔王城に敵が多数いた場合に備えて、城前で待機していた面々だ。みな揃いの軍服を着ている。
「みんな昨日は話す機会がなくてすまない、改めてご苦労だった。一人の死者も出さずに魔王討伐に成功したんだ」
そう言うと面々から拍手が飛ぶ。
「———とはいえ、まだ戦いが終わったわけではない。おそらく大陸に戻れば騎士団の仕事が再開するはずだ。気を抜くなとは言わないが、羽目を外したりしないように」
「了解、団長」「気を付けます団長」
「皆さん、準備はできましたでしょうか」
ウィルが歩み寄ってくる後ろから、国王アルバート三世がやって来た。ラベンダはレオの巨体に隠れてしまう。
「うん、君たちは立派な騎士団だ。我が王国は君たちを今後も全面的に支援させていただくよ」
「それは打算も含みますよね」
「当然。特に我が軍は父とともに壊滅したからね。影響力を保つためには君たちの力が必要だ」
マティアスの問いかけに、王は平然と答える。
「それと、ラベンダ嬢に『答えを待っている』と伝えておいてくれ。それじゃあ私は向こうで待っているよ」
正面玄関を出ていく国王の向こうには、四輪仕立ての屋根のない馬車が止まっているのが見える。
「大丈夫か?ラベンダ」
「はい…つい隠れてしまいましたけど」
「嫌だったら断ってもいいのよ」
カタリーナが言う。マティアスは驚き聞く。
「いつの間にいたんだ」
「あなた達が気付いてなかっただけですよ」
見れば、カタリーナも女性ものの軍服を身に着け、勲章も大量にぶら下げている。
「ラベンダ、もし嫌なら私から彼に…」
「いや、答えは一応決まってます」
カタリーナの心配に対して、ラベンダは返答する。
「そう、それはそれとして彼にはガツンと言っておくわ」
そう言うと、カタリーナはマティアスに向き直る。
「残念ながら皆様の分の勲章は間に合いませんでしたが、マティアスにはひとまずこれらを。伯爵位と、こちらは牙国軍名誉将軍の証です」
二つの意匠の異なる勲章をカタリーナが自らマティアスの服に着ける。
「そういえばだが、マティアス殿は結婚するんだろ?いつまでも騎士団長をするわけにもいかんよな」
アムワイズが言う。アルドーヌも続ける。
「確かに、普通は牙国軍に入ることになるな」
みんなの視線がマティアスに向き、仕方なく彼は答えを口にする。
「あぁ、その通りだな…」
「となると騎士団は解散か?」
「いや、マティアス殿がいなくなっても、聖王猊下の後見が無効になるわけではありません。他のメンバーが継承することで騎士団は続けられます。問題は…」
フィレンツの疑問に、カタリーナが答える。それに続けてヘラルト。
「誰が継承するかってところか。少なくともこのメンバーの誰かってのは前提として」
「それならレオじゃないの?とりあえず最年長だし」
メルロスが提案する。
「待て、年齢だけで言ったらメルロスが…」
同じエルフのトッドがツッコミを入れようとしたところにメルロスのローキックが飛び、発言が途切れる。
「あー、俺は無理だ」
レオが発言する。
「俺は元々これが終わったらやめようと思ってたんだ。既に五十になるからな。あとはフリーの冒険者として別の大陸にでも行こうと思う。団はメルロスが率いるのがいいんじゃないか」
沈黙。それを破ったのは宿の支配人だった。
「準備が整ったようです。どうぞ正面へ」
先頭の馬車にはヘラルト、レオ、そしてアラヴィアが乗り、二台目の馬車にはメルロスとラベンダが乗る。そして三代目、最も豪奢な馬車に乗るのはマティアスとカタリーナ。その後ろに主要メンバーたちの馬車が続き、そしてヒューム率いる騎兵隊、アムワイズ率いる歩兵隊、モーリスとジョセフィが率いる魔導隊と弓隊が続く。軍属の多い騎兵隊以外は、以前は行進すらままならなかったが、今では洗練され足並みのそろった力強い行進を見せる。多くの団員を副団長のネルムとともに大陸に置いてきたものの、それでも行進に加わったメンバーは百人を超えた。
行進自体はすぐに終わったが、その後は市民らからの感謝の言葉やら、次々に投げられる花やら、赤子を撫でてほしいと乞う母親やらでごった返し、マティアスらは昼飯の時間を逃して開放された。団員たちは一時散会し、思い思いの休養に向かう中、マティアスら六人はアルバート三世の待つ料亭へと向かった。カタリーナは別の仕事があるとか言って宿に戻っていく。
「遅かったな」
大皿が次々並べられていく向こうに座る王が、マティアスに気付いて声をかける。
「むしろあなたが抜けるのが早いんですよ。式典を途中で放り出す王族がいますか」
メルロスが怒る。
「まぁまぁメルロス嬢、そもそも今日の主役は君たちだ。私はただ姿さえ見せればいい」
「その嬢ってのやめないかしら。私はあなたの何十倍も生きてるのよ」
「何歳だってレディーはレディーじゃないか。それより座りたまえ、乾杯をしよう」
眉間にしわを寄せたメルロスに王が促す。他の面々もそれぞれの席に着くが、ラベンダは少し距離を取って座ったので、王の両隣りにはヘラルトとレオが着いた。
「ラベンダ嬢には嫌われてしまったのかな」
笑いながら言う王にメルロスが魔力の塊を投げつける。それが額を強打しても、王は変わらずニコニコしていた。
「えっと…答え…でしたよね」
ラベンダがおどおどと言う。
「うん。私のプロポーズに答えを欲しいんだ。何も今じゃなくて…」
「受けます」
王の言葉を遮って、ラベンダが強く言う。
「あなたと結婚します。アルバート三世陛下」
「そりゃまた随分急だね」
「ただし条件はあります」
「なんでも聞こう」
ラベンダに対して、王は即答する。
「まず一つは、私の実家について。聖教国の実家にいる弟や妹がみんな高等学院に通えるように支援してくださること」
「金銭ならすぐに用意できる。後見人は私がなろう」
「二つ目に、私の騎士団所属のままにすること」
「前線に行く機会は減らしてもらうけどね」
「そして三つ目に、聖教国から一流の料理人を雇うこと」
「我が国の食事で満足頂けなかったのは無念だが、なるべく早く手配しよう」
「以上です」
ラベンダが締めくくる。王がそれらを羊皮紙にまとめるてウィルに手渡すと、ウィルはそれを持って下がっていった。
「それじゃあよろしく頼むよ、ラベンダ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レオをはじめとして、各自の拍手が鳴る。見れば近衛らや、料亭の従業員らも拍手を重ね、中には泣いているようなものもいる。
「国王陛下万歳!王妃殿下万歳!」「ばんざーい!ばんざーい!」「国王陛下に栄光あれ!」
「ついに陛下にもお妃が…私は感無量であります…」
王のすぐ後ろに立つ、ベテランと思しき近衛がハンカチで涙を拭いながら言う。
「やかましいわ」
王が立ち上がりながら言うと、小さな箱を取り出し、テーブルをまわってラベンダの横に跪く。そして差し出した箱の中には銀のシンプルな指輪が収まっている。
「派手なデザインは邪魔になるかと思ったので、このようなものになった。不満ではないかな」
「いえ、素敵です」
そう言うとラベンダはそれに左手の薬指を通す。また一段と大きな拍手が鳴り、ラベンダの目に涙が浮かんでくる。そして、王が立ち上がって広げた腕の中にラベンダが収まった。