2話・戦いの後
マティアスが発した微弱な音信魔法を受け取ったトッドの指揮により、聖杯騎士団の四十人あまりの兵士が城内に突入した。長い廊下の先にある玉座の間にて勇者パーティーの有様を確認するとすぐに担架が運び込まれ、レオやヘラルト、アラヴィアが乗せられていく。メルロス、ラベンダ、そしてマティアスの三人は自分の足で歩く。 魔王の剣と、真っ二つになった王冠を戦利品としたが、マティアスの意向で魔王の亡骸は放置し、船へと向かった。魔法の延焼なのか、城からは火が出た。きっと亡骸も残らないだろう。
船に揺られながら、マティアスは周りを囲む五人を労う。
「ありがとう皆、本当に頑張った」
そういって深々と下げた頭を掴んで引き上げたのは、レオだった。
「んなもんコッチから言いたいくらいだ」
「そうそう。結局最後はみんな倒れてたもの」
ラベンダも続ける。他の三人もそれぞれマティアスを労い返す。
船は出航にも使った連合王国の港町、エジンブルに到着した。入港しようとするとたちまち市民の乗ったボートなどが周りに集まってきて、海軍が規制線を張る必要があるほどだった。
六人の名前を呼ぶ(たまにその他の騎士団の名前も飛んでくる)歓声が方々から聞こえる中、騎士団が陸地に降り立つと、一人の青年が出迎える。
「よくぞ戻られました、勇者殿。そして聖杯騎士団の面々よ」
連合王国の国王であるアルバート三世だ。
「その手の長剣を見るに、無事に使命を果たされたのでしょう」
マティアスが頷き、長剣と王冠を王に差し出す。
受け取った王は、一瞬それらを眺めたあと従者に託して、再びマティアスらに語り掛ける。
「明日また話を聞きます。慣れない船旅と戦いで疲れているだろうし、宿に行きなさい。既に確保はしてあるから、近衛のウィルに案内をさせる」
ウィルと呼ばれた兵士が一歩前に出て敬礼をする。
「では皆様こちらへ」
「あぁあと、マティアス殿にはお客様がいらしていますよ」
宿に着くと、すぐに男女に分けられて、それぞれ大浴場に。そして豪華な飯を用意されて、レオやヘラルトなんかはそのままベッドへ直行。ラベンダも女性部屋で同じように。
一方でマティアスは、アルバートの言った「お客様」に会うために、宿の奥の部屋に通された。他のメンバーも来てもいいとの事なので、アラヴィアとメルロスも同行する。
「失礼します」「どうぞ」
宿の支配人のノックに対し、柔らかな女声が返答する。
「まさか…」
マティアスの予感が的中し、ドアの向こうにはお嬢様が座っていた。名をカタリーナと言い、マティアスの故郷である牙国の王女にして、第一王位継承者でもある。一人娘で歳は既に二十九。
「何年ぶりでしょうね、マティアス様」
「十年…です」
遡ること十三年前、牙国の冒険者らに召集令状が届き、国王アヴィス三世の命で同盟軍戦線に加わった。特に貴族の家系であるマティアスに対しては国王直々の召集であり、いくつかの指示を受けていたが…
「まずは魔王討伐おめでとうございます。まだ平和には遠いですが、何かしらの進展が得られることでしょう」
カタリーナの賛辞を、三人は受け取る。
「ここからは父の代理として、決定事項を伝えます。一つ、マティアスの実家であるモーラン家は侯爵に任じます。したがってマティアスの身分も侯爵令息です。二つ、六人には牙国の爵位を与えます。マティアスは伯爵で、他の五人は子爵となります。おそらくですが、他の国からも爵位を贈られるでしょうから覚悟してください」
「ありがたく!」「ありがたく」
牙国国民であるアラヴィアは即座に礼を口にし、メルロスも続く。
「そして三つ、マティアスは私と結婚しなさい。侯爵令息となる以上は、候補に加わることができます」
マティアスが出兵する際に、国王から達せられた指示の一つがそれだった。マティアスとカタリーナは初等貴族院で親交が深かったが、マティアスは子爵であり、王配候補に挙がることすら難しかった。一方のカタリーナはマティアスに入れ込んでおり、父から提示される婚約者候補を突っぱね続けていたとか。
「以上です、アラヴィア殿とメルロス殿は下がってかまいません」
やれやれといった顔のアラヴィアと、異様に口角の上がったメルロスがマティアスを残して部屋を出る。
「カタリーナ、本気か?」
「本気じゃなかったらこの歳まで待ってませんよ。周りの令嬢たちはどんどん結婚してるのに」
「ならわざわざ…」
「他にも打算はありますよ。もちろんマティアス様をお慕いしているのは第一ですが、牙国の今後の地位も考えてのことです」
「今後?」
風向きの怪しい話にマティアスは疑問をかける。
「今でこそ魔王軍という共通の敵がいます。しかしそれがいなくなったら、また西羅王国と連合王国、そして西陽国が人間同士で争い始めるだけですよ。そんな中、小さな小さな牙国はどうしようもありません」
「…」
「だから、あなたを利用します。魔王を討った勇者の国、選ばれし者の聖域です」
「…」
マティアスは絶句していた。アヴィス三世とカタリーナの策謀は思ったより深いところに及んでいたらしい。
「まぁそんなことは父を納得させるための方便ですけどね。それで、同意してくださいますよね?」
迷う余地もなかった。両親や兄弟も暮らす祖国の安寧のため、長いこと待ってくれたカタリーナに応えるため、マティアス本人が更に上の地位に行くため。
「同意します。私の人生をあなたに捧げましょう」
「よろしくお願いします、マティアス様…」
翌朝、カタリーナの部屋を出たマティアスは、もっと口角の上がったメルロスと、その他のメンバーに迎えられた。
「メルロス、表情ヤバいぞ」
「だってねえ、あんな目の前で逆プロポーズなんか見せられたらね」
「私も見たかったですその場面」
ラベンダも真剣な顔で言う。
「バカな事言ってないで早く食え、アルバート陛下がお待ちだぞ」
ヘラルトがパンを次から次へと頬張りながら言ったところに、宿の外で歓声が上がった。歓声は次第に形がまとまっていき、そして歌になる。
―――おお神よ我らが慈悲深き国王を守りたまえ
我らが気高き国王よとこしえにあれ―――
「ここの国歌か?」
「その通りです」
いつの間にか横に立っていたウィルが答える。
「ウィルさん、陛下はここに?」
「はい。支配人が勇者様方は食事をされていると説明したところ、陛下は『構わん、案内しろ』と仰せられました」
六人の間に緊張が走る。
「やばっ、ちょっと髪直してくる」
「あっおい待て」
ラベンダがレオの静止も聞かずに慌てて廊下に飛び出したところで、誰かにぶつかって転ぶ。
「大丈夫ですかね、お嬢さん」
「すみません…って」
ラベンダが硬直する。その目の前には、軍服に身を包んだ国王、アルバート三世が立っていた。
「「陛下!?」」「陛下」
すぐにヘラルトとレオ、アラヴィアが飛び上がって膝をつく。ただしヘラルトはパンを頬張ったまま。遅れてマティアスが膝をつく。メルロスは女性なので膝をつく義務はない。というよりそもそも人間ではないので、あまり人間の権威には気を遣わないのが彼女のエルフらしい面だ。
「ふむ…」
手振りで「楽にせよ」と示しながら、国王本人はラベンダをしげしげと眺める。
「あの…陛下…?」
緊張と困惑でラベンダはいまにも泣き出しそうになりながら聞く。
「ラベンダと言いましたね?貴女を侯爵にします。そして私の妃になりませんか」
メルロスが吹き出す。それを横目に、ヘラルトがラベンダに助け舟を出す。
「随分と急ですね」
「昨日カタリーナ嬢が話さなかったか?」
「カタリーナ様の話を聞いたのは、私とマティアス、メルロスだけです」
アラヴィアが答える。
「ふむ、そこにラベンダ嬢がいれば話は早かったのだがな、まぁ考えておいてくれ。ここを出立するまでに答えが聞けると嬉しい。カタリーナ嬢よりはマシな歳だが、私もとっとと結婚しなければならないのだから」
「は…はひ…」
ラベンダが困惑しながら答える向こうから、カタリーナが鬼のような形相で迫る。
「だ~れ~が~行き遅れですって!?」
それを見たアルバートは即座に立ち上がり、回れ右をして走り去っていく。
「陛下、お待ちを!」
ウィルがそれに続いて去っていく。
「おはようございます皆様」
打って変わって柔和な表情に戻ったカタリーナが話を振る。
「彼がご迷惑をおかけしたようで。ああいう気質だけは彼の父譲りらしくて」
カタリーナの謝罪に、他の面々が首を振る。
「あ…カタリーナ様」
気を持ち直したかのようなラベンダが、頬をつねりながら向き直る。
「すみませんね。私が彼をけしかけたようなもので。私がマティアスと結婚するから、あなたも同い年のラベンダにアプローチをかけなさいと言ったのだけど、まさかあんなに強気に行くとはね…」
「あぁ、だから…」
先ほどの王の発言を思い起こしながらマティアスが言う。
「さて皆さん、お食事が終わりましたら、支配人に声をかけてください。凱旋の支度をしますよ」