1話・エルフを語る。
「エルフの話は長い」というのは、創世記から変わらず言われ続けている。エルフから離れた暮らしを送り、畏敬の念も薄れる新大陸には、「話が長い」という意で「エルフにでもなったのか」などと言われることがある。歳を重ねるほどに話が長くなる、という傾向は千年も前に勇敢な人間の学者エフェレスムが統計的に論文を出した。
彼が挙げた理由は主に三つ。
一つ目は、「記憶力がいい」こと。自分の経験と知識はともかく、他人の一言一句、ときには一挙手一投足まで覚えているのは、ケンタウロスと並ぶ特徴だ。それをケンタウロスとは異なる半無限の寿命で蓄積すれば、どうなることか分かるだろうか。彼は仮説として、エルフの寿命に対して本や石板、その他あらゆる媒体、またはインクなどの筆記の寿命があまりにも短すぎることを挙げた。
二つ目として挙げられたのが言い回しの煩雑さ―エルフに言わせれば教養の一つだが―だ。共通語を話すエルフですら、その傾向は連合王国の人間を苦悩させるほどに他の人属に比べ顕著であり、精霊の森を出たばかりのエルフだと、片言の共通語でも言葉遊びを忘れない。
例えば、観天望気に秀で、天気を読むのが得意なエルフに「明日の天気が心配だ」と人間が言えば、「ああきっと、大地の女王はお喜びになるでしょう。水の王が明日ばかりはこの空を制するようです」などといった始末。エルフの教育が変わったのか、歌まで入れてくる者は最近見ないのは喜ばしいことだ。
そして三つ目が、「個人を重要視する」こと。自分自身を話の中心に置くのはさておき、その語りの際に出て来た人物、はたまた同行しただけの人物について、必ずと言っていいほど余分に補足する。確かにその人物を知っていれば話を進めやすい局面はある。とはいえ探検隊員全員の母親の紹介まではいらないだろう。
エフェレスムは残されたわずかな、とはいえランローパ中に散らばるエルフの森を巡り、何冊にも及ぶエルフについての研究を人間の世に広めた。だが彼は探検の途中、とある森で野生動物に襲われ、エルフの助けがあったものの死亡することとなり、そのたった六十年の人生で解明されたことは少なかった。
ところで話の長さについて、エレオノラはどうだろうか。本人曰く数万年を生きているとするが、事実として彼女がランローパの人間社会にて経歴を見せ始めるのは約三千年前。人間が初めて覇権を握ったと言われる古代国家(エレオノラに言わせれば新興国だ)、地海帝国の史書編纂に携わったところから始まる。その後ランローパ各地の書物上で確認されたが、二千年前に表舞台から消える。この数千年の大多数のエルフの動きに倣い、天に帰ったのだろうと噂されていたが、二十年ほど前に史学会に再登場し、自由連邦の権威、レイモンド大学から講義を頼まれ今に至る。もっとも、彼女を描いた絵も何も残っておらず、辛うじて「古いエルフと親交がある」「古文書に筆跡が似ている」などの断片的な情報があるに留まり、偽名である可能性も捨てきれない。
ともあれ少なくとも二つ目の懸念について、人間からの印象を彼女が知っていることは最初の挨拶で分かるだろう。だが、彼女が「千年にわたり取り組んでいる」と言ったのだから、他の二つの懸念において、彼女はエルフであった。
物事には必ず背景がある、というのは史学を志す誰もが言う。その背景を千年を使って仕入れたのである。きっと魔王の出現すら語るかもしれない、エルフを知る聴衆の一部はそう覚悟したのだが、意外にも話の始まりは、予告通りだった。