序話・魔王、討たれる。
―――北辺の地・魔王城
北暦二〇九三年 十月 十六日
「魔王様!城内に侵入されたようです!」
「…」
近衛の一人、竜人のアルヴァルが、玉座で黒いローブに包まれた魔王に叫ぶ。
「ここまで来るとは…“選ばれし者”とは言ったものだな」
「魔王様…?」
「剣を」
玉座の後ろに控えるエルフが純黒の長剣を手渡すと、魔王はそれを抜いて鞘を腰にかける。
「魔王様…」
アルヴァルの呼びかけに魔王は答える。
「アルヴァル、行け」
「我々はっ!」
『行ケ』
「分かりました…では、」
魔王の怒気の籠った魔声を受け、アルヴァルはすぐに立ち上がり、一礼して裏扉を出て行き、玉座の間に魔王とエルフが残される。
「お前も行くんだ、レノーレ」
「………」
レノーレと呼ばれたエルフは、数秒ほど無言のまま立っていたが、そのまま裏扉を出ていった。その後ろ姿が見えなくなるや否や、魔王はその扉を消し去る。
「間違いない。ここに魔王がいる」
玉座の間に通じる長廊下で、氷雪に紛れる純白のマントを羽織った狩人のアラヴィアがマティアスに告げた。
「他の反応は?」
「…ないな」
「城にいるのは魔王だけか…分かった」
マティアスは仲間を振り返る。
「みんな、やっとここまで来たんだ。必ず勝って帰るぞ」
「「「応ッ!」」」
「フィレンツ、ヨハン、ここを頼みます」
「お任せください!」「アリ一匹踏み込ませません!」
騎士団から選抜された二人の騎士が呼応し、剣を抜く。
最後に全員の顔を見渡し、彼らも武器を構える。
「では行くぞ!『疾風!』」
マティアスの姿が長廊下を突っ切り、轟音と煙に包まれる。
爆音とともに扉が吹き飛ぶ。
「モーランの剣士マティアスだ!魔王ギスカール討伐の命を果たしに来た!」
剣技の余波によってフラつきながら現れたのは、歳は三十に届くかといった剣士だった。マントはくすんだ灰色。アラヴィアと同じく若干の白染めを行っている。これまでの歴史上の勇者らしからん、使命感に燃えた様子も無く一見して一介の剣士。彼が魔王に挑むとは誰も思わないだろうが、唯一、剣だけは確かな業物だ。
「いかにも、私がギスカールだ」
そう言って玉座から立ち上がる魔王。抜き身の長剣は構えられていない。
「よくぞ来たマティアス、“選ばれし者”よ。お前の戦いぶりはこの十年報告されてた。だが、ここまでたどり着くとは思いもしなかったな…」
「魔王、貴様の手下はここにはいない。覚悟しろ!」
「そう焦るな。少しばかり語らう時間はある」
「貴様と語らう必要などない!人々の魔王への恨み、ここで…!」
マティアスは盾を前に、剣を横に構えると、再び突撃の体勢を取った。