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心の余裕なんて私にはない

 婚約了承の旨を伝えてからのレスター様の行動は、驚くほど迅速だった。


 眩い笑顔で私に礼を言うと、そのまま私の手を引いて両親の元へ婚約を宣言しに行き(まさかこんなに早く婚約を決めると思っていなかった両親は呆然としていた)、

 何故か持ってきていた婚約書類にさっさと署名を取り付けるとすぐさま帰宅し(そのあと何故か大量の花やお菓子や高そうなワインが数本届いてメイドが右往左往していた)、

 翌日朝には王家の印が押された婚約承諾証がうちに届いていた。


「ねぇ、婚約の承諾って普通2週間くらいかかるもんじゃないの。オルフィルド家怖すぎるんだけど」

「それよりも他家から婚約の祝いが続々と届いているんだが、ソフィー?もう誰かにお知らせしたのかい?」


 引き攣った顔の弟と、振り切れてしまったのか穏やかに微笑む父を前に頭を抱えた。


 お知らせも何も、婚約を了承したのは昨日の昼過ぎで、今はまだお昼前の時間だ。丸一日経ってもいないのにこんな状態になるなんて、誰が想像できるだろうか。


「私、早まってしまったかしら」

「まぁ、もう後悔しても遅いでしょ。絶対逃してなるものかっていう確固たる意志を感じるね!」

「まぁまぁソフィー、望まれて嫁ぐのが女は幸せよ。ところで、メイドが何やら高そうな宝飾品の箱を持っているように見えるのだけど、お母様の気のせいかしら?」

「お、お嬢様。ご婚約者様から婚約の記念にと、こちらが届いております…!」


 メイドが差し出してきた箱のリボンを恐る恐る解いて中を確認すると、エメラルドのネックレス、イヤリング、ヘアアクセサリーの3点セットだった。シンプルで上品なデザインながらも、どこか可愛らしさも感じる大変素敵なお品だが、絶対に値段は可愛くない。


「あらあら、とっても綺麗ねぇ。よかったじゃないソフィー」

「うわぁ、すっごい高そう」

「だ、旦那様!侯爵家より使いの方がお見えです。なるべく早く今後について打ち合わせをしたいと。明日、明後日の午後はいかがかとのことですが、返答はどうされますか」

「うぐ、明日、明日こちらから伺うとお伝えしてくれ」

「畏まりました」

「奥様、ご実家より祝いの品とお手紙が届いております」

「あらいやだ。耳が早いのねぇ。あなた、とりあえずお付き合いのあるところへお知らせは送ったほうがよろしくなくて?」

「そうだなぁ、はぁ」


 疲れたように息を吐く父を見て、母は使用人に手紙の準備を指示し始めた。


「お父様、私婚約のお話を進めてくださいとは言いましたが、こんなに早く周りに広がるとは思っていませんでした」

「早く婚約した方が楽じゃないかとは言ったが、却って忙しくなったなぁ」

「タイミングも良くなかったんじゃない?みんなが結婚宣言事件がどうなるか注目してるところに、数日焦らして婚約でしょ?そりゃ周りから見ると楽しいよね」

「私が浅慮だったわ」

「だが、日を置いたところで他家からの問い合わせに苦慮しただろうし、早めに決断した方が悪印象を与えずにすんでよかっただろう」

「侯爵家からの求婚を勿体ぶって焦らす悪女!とか言われ出しかねないしね」

「理不尽だわ…」


 世の不条理を嘆いて肩を落とすと、父が慰めるようにぽんと肩を叩いた。


「まぁ少ししたら、人の興味も落ち着いてくるさ。それまでは、うん、頑張るしかないなぁ」

「とりあえずは明日、ね。はぁ、頑張りましょうお父様」

「お、お嬢様!」


 家族でうんうんと頷き合っているところに、また慌てた様子のメイドの声が響いた。


「ご婚約者さまがお見えですっ」

「えっ?ご本人が?」

「左様です、いかがなさいますか」

「ソフィー、ご対応なさい。お前たちはとりあえず応接室までは綺麗に見えるように急いで整えろ」

「畏まりました」

「ソフィーいってらっしゃい」

「行ってくるわ…」


 朝からなんて慌ただしいんだとゲンナリしながら、それでも拒否権など持たない私は、婚約者を迎えるべくエントランスへ向かったのだった。





「重ね重ねすまない、ソフィア嬢」


 エントランスに見えたレスター様のバツの悪そうな表情を見て、この状況が侯爵家の故意で作り出されたものではなかったことを察した。


 すぐ済むのでと上がるのを断った彼は、予想通り婚約が広く知れ渡ったことを謝罪しに来てくれたらしい。


 婚約承諾をごり押しした際に王宮から漏れたことと、昨日婚約の承諾を得た帰り道で、喜びのままにエルダン家宛の花やお菓子を発注したことで、察した人もいたようだ。

 運悪く、昨日は噂話が大好きなルッツ侯爵夫人が仕切る大きめの舞踏会が開かれていたために、その噂が統合されて確固たる事実として皆の知るところとなり、この惨状だ。


「問い合わせや、知らせなかった事への非難があれば、オルフィルド側の都合で昨日決まったばかりと正直に言っていただいて構わない。こちらもそう返答する」


 普通婚約は、近しい筋へは事前に知らせてから公式に発表するものだ。その上、嫡子の婚約は王家の承認(申請から承認まで約2週間)が必要であるため、普通は急遽決まることもあり得ない。

 そのため、親戚なのに他人から婚約を聞かされて恥をかいた!との非難が寄せられることを憂慮して、わざわざ対応について知らせに来てくれたらしい。


「畏まりました。ご配慮ありがとうございます」

「いや、こちらの落ち度だ。苦労をさせてしまってすまない」


 また婚約の祝いのような品が当家へ運び込まれるのを横目に、レスター様が申し訳なさそうに眉を下げる。


「いえ。今後については明日、両親も交えてお話できますと幸いです」

「ああ、待っている」


 ではそろそろ、と帰るそぶりを見せたレスター様を見送ろうとして、大事なことを伝え忘れていることに気がついた。


「あの、レスター様。お花やお菓子をたくさんありがとうございました。エメラルドの装飾品も、先程受け取りました。とても素敵なお品で、お心遣いをとても嬉しく思います」

「そう言ってもらえて安心した。きっと貴女に似合うと思う。今度普段使いできるようなものも贈ろう」


 ふわっと微笑んだレスター様は、そういうとこちらに近づいた。


 間近に立たれると、相手の背の高さを実感する。私も背は低い方ではないが、レスター様の顔は頭ひとつ高い位置にあるのだ。

 エメラルドの双眸が近くて思わず目を伏せると、そっと髪を撫でられて、ついで頭に柔らかな感触が降ってきた。


「貴女に婚約を許してもらえたこと、本当に嬉しく思う。では、また明日会おう」

「はい、また、あした…」


 呆然と去っていくレスター様を眺めたあと、そっと頭に手をやった。


 いま、頭にキス、された?


 理解すると、じわじわ恥ずかしさが込み上げて頬が熱くなる。

 さすが常にご令嬢方に囲まれるような貴公子だ。こういった経験の差を実感するようで悔しいが、平然と流すだけの心の余裕なんて私にはない。


 なんだかずるい。とてもずるい。


 居た堪れない衝動を抑えるため、パンパンと軽く自分の頬を叩いてから、父と情報共有をすべく部屋に戻ったのだった。

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