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お礼SS:備えは万全

・*・*婚約式の少し前、2人のデートの様子*・*・




「このワインセットとかどうでしょう。2人ともワイン好きですし」

「ああ、いいかもしれないな」


 レスター様と出席した舞踏会から少し経った今日。騒動に巻き込んだエミリア夫妻へのお礼と謝罪の贈り物探しに、レスター様と一緒に街歩きをしていた。


 シーズン中、首都の貴族向けの店が並ぶ通りは馬車が混み合うため、若い人たちは通りの入り口に馬車を待たせて歩いて回ることが多い。この時期ならではの賑わいを感じながら、ゆっくり贈り物を吟味するのは結構楽しかった。


「先程のカトラリーも素敵だったのですが……」

「巻き込んだ詫びも含めてのことだ。残るものよりは消え物の方がいいだろう」

「確かに。ではワインにしましょうか」


 綺麗な瓶に詰められたハチミツも素敵だったのだが、甘いものよりお酒の方が好きな夫婦だ。ワインの方がいいに違いない。


 ようやく納得のいく品に巡り会えたので、店員に依頼して発送の手続きまで済ませ、達成感を味わいつつお店を出た。するとすかさず、レスター様がこちらを気遣うように声をかけてくれる。


「ソフィア、疲れてはいないか? そろそろカフェで一休みしよう」

「お気遣いありがとうございます。確かに少し、喉が渇きました」

「それはいけない。あちらの店は紅茶も甘味も種類が豊富なんだ。行ってみないか?」

「では是非」


 レスター様に連れられて、少し先に見えるカフェへと向かう。

 歩いているとレスター様の美貌に注目が集まるけれど、身分も高いため不躾にデートを邪魔しに来るものはほぼいない。それに女性達からの嫉妬が私に向いて大変ではと思っていたが、エミリアの言った通りルセウス卿の事件がかえっていいように作用したようで、嫉妬よりは羨望の眼差しを向けられることの方が多かった。


 その事に少し安心しつつレスター様の薦めてくれたお店に入り、席へと通される。


「ここの店はハチミツをたっぷり使ったワッフルとベリージャムのタルトがなかなかだった」

「では私はワッフルと、こちらの紅茶にしようと思います」

「私は新作のタルトを頼もう」


 さくさくと注文を決めてそれらが運ばれるのを待ちながら、ふと、思った。


「レスター様は色々なお店をご存知ですよね」


 先ほどもこの店に何度か来ているような口ぶりだったし、今までのデートだってほぼレスター様が行き先を決めてリードしてくれていた。今日のように行き先を決めない時もさらりと良いお店を提案してくれる。しかも大抵私に合わせた女性向けの店だ。


 初めてのデートの時には、こうして女性と出かけるのは初めてなんだと言っていたけれど、とても手慣れた感じを受ける。


「ああ……」


 私の言葉に一瞬視線を彷徨わせたレスター様は、ちょっと恥じらうような表現を浮かべてこちらを見た。


「実は、その、貴女ときちんと出会う前から、デートコースや流行の店などはたくさん調べていたんだ」

「えっ?」

「貴女を誘えたらここに行きたいとか、これをプレゼントしたら喜んでくれるかもしれないとか、去年一昨年のシーズン中は舞踏会を無視して下見に行ったりしていたな。まぁ、舞踏会を蔑ろにしたせいで今シーズンの参加が目立ってしまい、人に囲まれすぎて少し反省もしたが……」


 レスター様が伺うよな視線をこちらに送る。


「その、今までの店は、貴女の好みに合っているだろうか」

「え、ええ」


 以前からデートコースなどを下見していたという事実にはさすがに驚くが、一緒に行くお店や贈りものは私の好みのものが多い。


「お誘いいただくお店の雰囲気はとても良いですし、お料理も美味しかったです。アクセサリー等も私に合ったもので、いつも有難く思っております」

「そうか」


 私の言葉を受けたレスター様の目が、嬉しそうに細まる。


「貴女が少しでも良く思ってくれたなら、下見を頑張った甲斐があった」

「……」


 2年も前から? という戸惑いはあれど、エメラルドの双眸が褒めて欲しそうにきらめいているのを見ると、頑張ってくれていた事が嬉しいという思いの方が強くなってくる。時々驚かされるものの、こうやって素直に裏事情を口にしてしまうところ、私は結構好きだ。


「ふふ。そのおかげで素敵なお店に連れてきてもらえるのですね。ありがとうございます。頼りになります」

「……! ああ。ソフィアも行きたいところがあれば遠慮なく言ってくれ。ぼんやりしたリクエストでもいい。良い店を私が探してくるから」

「はい、その時はお願いしますね」


 言いながら、ずっと心の中で疑問だった婚約式のドレスについて聞いてしまおうかどうか悩んでいた。なんとなく、すでに答えは分かっているのだけれど。


「あの……」

「ん?」

「もしや婚約式のドレスも、以前から?」


 結局疑問を口にしてみると、レスター様は大きく頷いた。


「ああ。貴女に見せたものは今シーズン前には完成していたが、一番こだわって作らせたものなんだ。あれを気に入ってもらえて嬉しかった。貴女の好みではなかった時に備えてもう二着ほど予備を作成していたが、それらは少し手直しして別の機会に贈ろう」

「えっと、ありがとうございます」


 予想の上を行かれて表情が引き攣りそうになるのを、なんとか誤魔化す。あの白のドレスだけでもすごく高級そうだったのに、予備を二着も作っていただなんて恐ろしい。


 婚約前の話し合いの時に多少の散財に耐えうる甲斐性はあるなんて仰っていたけれど、たぶん多少が指す程度は私とレスター様の間に大きな乖離があるのだろう。というより、私が舞踏会に出ないまま他で結婚を決めていたらどうする気だったのだ。


「どうかしたか?」


 誤魔化したつもりが微妙な表情になっていたのか、レスター様が不思議そうに問いかけてくる。


「いえ、その。無事婚約できてよかったな、と」

「ああ……確かに」


 内心思ったことが伝わったのか、レスター様が苦笑を浮かべる。


「あの頃は不安もあったが、出会いさえ間違わなければ上手くいくのではという根拠のない自信もあった。何せ運命だと思っていたのだから。まぁ実際今年のシーズンが始まってからは、それが思い上がりの妄想ではないかと気がつき始め、あの件で粉々に砕け散ったわけだが」


 そう言ったレスター様が、不意に胸元から私の贈った懐中時計を取り出して、柔らかな笑みを浮かべた。その指が優しく、時計の表面をなぞる。


「だから今こうして、貴女と心を交わして時を過ごせることがとても嬉しいんだ。まるで夢のようだと思うけれど、貴女の贈ってくれたこの時計が私に自信をくれる」


 優しい光を湛えたエメラルドの眼差しが、時計を離れてまっすぐ私に向けられた。


「私の想いを受け取ってくれてありがとう、ソフィア」


 その言葉と笑顔が眩しくて、なんだか胸がいっぱいになる。私の贈った懐中時計を、その意味をきちんと受け止めてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。


「私も。レスター様の言葉がいつも自信をくれるんです。私を見つけてくれて、ありがとうございました」


 出会った当初は色々あったし、まだお互いのことを完全に理解しあえているわけでもない。それでも今、レスター様と共にある時間はとても幸せなのだ。


 たまに驚かされるけど、それもまた楽しい。そんな日々がこれからも続いていく気がして、自然と笑みが浮かんだ。

 レスター様おすすめのワッフルは、とても美味しかった。


このたびJパブリッシング フェアリーキス様より本作が書籍化されることとなりました。

これもこの作品をお読みいただいた皆様のおかげです。

本当にありがとうございました!


発売は2024年9月27日金曜日の予定です。

レスターの一目惚れシーンなどの細かい加筆に加え、本編終了後の時間軸で、頑張るソフィアとそれを支えたいレスターの魔と精霊に関わるお話を書き下ろし、色々削ったはずなのに15万字超えの分量となっております。

書籍版もお読みいただけるととても嬉しいです。


表紙はすでに公開されていますが、とても素敵なのでイラストだけでもぜひご覧になってください!


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