レスター視点:幸せを紡ぎあう未来へ4
「精霊は人の記憶や感情を読み取れるんだ。そして、愛情を美味しく感じているらしい」
「そうなんですね。エルダン領の精霊達も結婚式の際は嬉しそうにしていたのですが、まさか美味しく感じていたとは思いませんでした」
木陰に移動し、敷物の上に二人で寄り添って座りながら、用意してきた昼食をゆっくりと楽しんでいる。
目の前の一面の花畑と、そこをのんびり歩く天馬の姿はとても絵になっていて、いつまでも眺めていられそうだ。
「美味しいは、嬉しいとか楽しいと同義かもしれないな。力が湧いてきて気分がいいらしい。だがソフィア自身のこともかなり気に入ったようだから、森に遊びに来る度また囲まれるかもしれない」
そう言いながら、ソフィアの口元にソースがついているのに気がついた。
外で気軽に食べられるよう、パンに野菜や肉を挟んだものを中心に持ってきたのだが、彼女には逆に食べ辛かったらしい。もっとも、料理を手で持って食べるなんて悪いことをしている気がすると、楽しそうに口に運んではいたのだが。
そっと布巾で拭ってやると、その頬が赤く染まった。
「すみません、はしたなくて」
「いや、とても可愛い。また今度来るときも、これを持って来ることにしよう」
「つ、次はもっと上手に食べられると思います!…たぶん」
「そうか、残念だ」
思わず笑ってしまうと、恨めしそうな視線を頂戴してしまった。手に持った残りを慎重に食べているので、本当にさっきのが最初で最後かもしれない。もう少し堪能してから拭けばよかったと、しょうもないことを考えてしまう。
「そ、そういえば、精霊については、伝承や推測を元にした本は沢山見るのですが、専門的な説明が載った書物はほとんど見かけなかったんです。何か理由があるのでしょうか?」
こちらの残念な思考を読んでか、ソフィアがあからさまな話題転換を図ってきた。しつこくして怒られてはいけないので、それに乗ることにする。
「一番大きな理由は、精霊の密なところに魔が発生しやすいからだ。
昔、ならば精霊を排除すればいいと、恐怖を煽られた民衆が精霊の住む森を切り倒し、結果魔に滅ぼされた国もある。精霊がおらずとも魔は発生するが、精霊がいないと魔を退けるのは相当難しいから」
「精霊に対して恐れや悪感情が向かないよう、情報を制御しているということですか?」
ぱちぱちと瞬きをするソフィアに、首肯する。
「その通りだ。この国の精霊信仰もその一環だな。大多数が知るのは、それこそ御伽話のような内容でも問題はない。知識があったところで予防や対策ができるものでもないしな。
他国も似たようなもので、精霊が人の住む所に魔が出るのを可哀想に思い、わざと自らの棲家に魔を生じさせるのだ、と民に説明する国もある」
「そうだったのですね…」
こちらの話に納得しながら綺麗に残りを食べ終えたソフィアに、食後用にと持ってきていた飲み物を注いで渡した。お腹がいっぱいになったのか、満足そうな顔でお礼を言って飲み物を口にするソフィアの頭を、そっと撫でる。
「精霊や魔の森関係は、オルフィルドで徐々に知ってくれればいい。貴女がここにくる前にも、オルフィルドについて学んでくれていたことは知っている。その姿勢を嬉しく思うし、尊敬している。
でも、決して無理はしないで欲しい」
そう言うとソフィアはその視線をこちらに向けて、柔らかく笑った。
「心配してくれてありがとうございます。でも、いま色々学ぶことを楽しく感じているんです。
その…、近く、レスター様の妻になるのですし」
そう言って頬を染めるソフィアに、心を射抜かれる。
「貴女を妻にできる私は、本当に幸せ者だな」
思わず笑みが浮かび、そして先ほど精霊にしっかり愛を伝えろと言われたことを思い出した。
ああ、どんなに伝えても、伝え切れる気がしないけれど。
「ソフィア」
でもきっと、いくら伝えてもいいのだ。
「私に想いを返してくれて、本当にありがとう」
なぜなら。
「心から、貴女を愛している。これから先ずっと、貴女の一番そばに居させてほしい」
「レスター様…」
私の言葉で、ソフィアのそのサファイアの双眸が、喜びに輝くのだから。
「私も、レスター様を愛しています。ずっと、そばにおいてください」
破顔したソフィアがこちらにぎゅっと抱きついてくれるのを、愛しさを込めて強く抱きしめ返す。
と。
急にぶわっと風が舞い、キラキラと一層の輝きを纏った白い花びらが、祝福するように私たちのもとに舞い降りてきた。
『祝福するわ』
『祝福するわ』
『どうか幸せに。愛しい子たち』
先ほど姿を消したはずの精霊たちが、いっそう数を増して光り輝く。
「ははっ、ずいぶんと覗き見されていたみたいだ」
「でも、とても綺麗で、嬉しいです」
「そうだな、有難いことだ」
自然と浮かんだ笑みに、改めて思う。今とても、幸せだと。
寄り添って、精霊たちの祝福の言葉を受ける。その贅沢な時間を二人で楽しんだ。
やがて、また精霊達が姿を隠して。
会えなかった間の隙間を埋めるように、ゆっくりと話をしながら穏やかな時を二人きりで過ごしていた。だが少しすると、ソフィアがうとうとと眠気と戦い始める。
やはり、長旅の疲れが抜け切っていないのだろう。その身体を近く抱き寄せて、自分にもたれ掛けさせる。
「このまま少し眠るといい」
「ん…、でも…」
「大丈夫だから」
そっとその頭にキスを落とすと、やがて彼女が腕の中で微かな寝息をたて始めた。
無防備なその寝顔に、自然と笑みが浮かぶ。
こんな穏やかな時間も、きっと特別ではなく、当たり前のものになっていくのだろう。ソフィアとこれから過ごす時間が、とても楽しみだった。
「必ず、貴女を大切にする」
これから2人で織りなす未来。きっとたくさんの喜びや幸せが、時に避けられない悲しみや痛みが、そして多くの人との出会いや別れが、色とりどりの糸となって道を作るだろう。
まだまだ未熟な身ではあるが、少しでも多くの幸せを引き寄せられるよう、力を尽くしたいと強く思う。
そうして2人で一緒に時を過ごし、5年後、10年後、もっともっと先の未来でも。織り上げてきた道を振り返った彼女に、笑って言って欲しいから。
やっぱりあなたこそ、私の運命の人ね!と。
本編完結後、頂いた反響が嬉しくて書き進めた番外編は思った以上に長くなってしまいました。
レスター視点のお話までブックマークで追いかけてくださった方、更新のたびにいいねで力をくださった方、評価で応援くださった方、誤字報告で助けてくださった方、感想を書いてくださった方、とてもとても嬉しかったです。皆様に深く感謝致します。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。