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名前で呼んでもいいだろうか?

 首都中心部にこれだけ広々とした庭園付きのタウンハウスを持てるなんて、やっぱり格が違いすぎる。


 薔薇のテーブルとやらに向かいながら、しみじみとそう感じていた。

 お屋敷の中も庭も品よく洗練された造りで、今回のような用件で訪れたのでなければとても楽しめただろう。


 そう残念に思ったけれども、今回のようなことがなければ、そもそもここに招待されることなんてなかったはずだ。

 それに、彼にエスコートされて歩くなんてことも、なかったに違いない。


 ちらりと自分より頭一つ高いところにある顔を盗み見ると、陽の光を反射してきらきら耀く金髪に、その美貌が一層引き立って見えた。


 白く滑らかな肌も、エメラルドの虹彩が美しい目も、シャープな輪郭も、数多のご令嬢を虜にしてきたに違いない。

 その上魔の森に面した広大な土地を治める、建国当初から続く超名門侯爵家で、祖母は元王女ときたら、もはや雲の上の存在だ。


 並んで歩くどころか、その目に映ることさえ想像したことがなかった。


 本当に、人生とは何が起こるかわからない。


 などと考えている間に、綺麗に形作られたツル薔薇のアーチを潜って、満開のバラに囲まれた可愛らしい白テーブルに案内された。

 テーブルにはすでに飲み物も用意されており、離れたところで静かに控える侯爵家メイド達の優秀さが伺えた。


「こちらへ」


 導かれるまま椅子に腰掛けると、彼は向かいに腰掛ける、と思いきや、私の側で膝をついてしまった。


「どうか、そのままで」


 ぎょっとして立ちあがろうとしたところを制されて、そわそわしたまま彼を見ると、エメラルドの双眸が真っ直ぐにこちらを見上げていた。


「エルダン伯爵令嬢、先日は本当に申し訳なかった。

 夜会で一方的にあのような宣言をしてしまったことも、断りもなく馬車に乗せ、あまつさえ、その、触れてしまったことも、己の愚行に弁解の言葉もない。

 それに、人目が多すぎたために、あの件が噂の的となるのを止める事は不可能だ。今後も煩わしい思いをさせてしまうと思う。

 重ね重ね、申し訳ない」


 真摯な謝罪の言葉からも、身長差のあるこちらに視線を合わせるために、膝を折ってくれたことからも、彼が世間の評判通りの好青年であることが窺えた。


 だが、次に彼の口から出たのはやはり、こちらを震えさせる提案だった。


「両親も口にしていた通り、貴女さえ頷いてくれるなら、私に一生をかけて此度のことを償わせてほしい。

 私の、妻になってほしいんだ。

 こちらに都合の良い提案で申し訳ないが、生活には不自由させない。好むものがあれば、好きに買い揃えてもらって構わない。多少の散財に耐える程度の甲斐性はあるつもりだ。

 それに貴女が希望していた、当主のように領地を治める権限も手に入る。男として、少しでも貴女に好いてもらえるよう日々努力を…」


「ちょっと!ちょっと待ってください!」


 聞き捨てならない言葉が耳に入り、思わず彼の言葉を遮ってしまった。


「なぜ、私が当主のように領地を治めたいと希望しているだなんておっしゃるんですか?」


 確かに、弟と違い女というだけでその権利を持ち得ない事に、とても残念な気持ちになった事はあるけれど。

 関わりのなかった他人に知られるほど、大っぴらに口にしたことなんてないはずだ。


「2年前くらいか、たまたま貴女についてそう話しているのが耳に入ったんだ。貴女は気づいていなかったが、それを聞いてから私は何度か伯爵家の領地を訪れたこともある」

「え?」

「そこで見た貴女は街道整備の視察に弟君と共に赴いていて、領民と活発に議論を交わしていた。領民から話を聞いたが、若い2人をとても信頼しているようだった」

「お恥ずかしいところを…」


「とても、尊敬できる女性だと思った」


 はっきりと言い切られて、思わず頬が熱くなった。


 夫に付き従い慎ましくあるのが美徳とされる貴族の価値観からすると、私の素行は好意的に見てもらえるものじゃない。

 女のくせに出しゃばるな、と言われる事には慣れていた。そして、肯定的に受け止めてもらう事はもう諦めかけていた。


「あの…、っ」


 だからこそ、なおさら高位貴族とは距離を置きたかったのに、まさか目の前の彼からこんな言葉を聞けるなんて。

 驚きと嬉しさで、言葉がうまく出てこない。


「すまない。謝罪と言いながら、こちらの要望を押し付けているな。だが、できれば前向きに検討してほしいと思っている。また後日、話し合う時間を貰えるだろうか」


 その言葉に、なんとか頷いて答えると、やっと彼は立ち上がった。


 あまり長く話し込むと両親達が心配するだろうからと、紅茶を飲んだら応接間に戻ることにして、お互いのことを少しだけ話した。


 話をする前はただひたすら気が重いと塞いでいたのに、今はなんとなく気恥ずかしいような、そわそわと落ち着かない不思議な感覚を持て余している。


 名前で呼んでもいいだろうか?と、白い頬をうっすら染めながら問われたときには、思わずこちらも赤面してしまった。


 応接間に戻ると、両親達もある程度話すべき事は話した様子で、穏やかに雑談しながらお茶を楽しんでいた。


「また是非いらしてね」


 お暇する際、にっこり笑ってそう言った侯爵夫人から、両親同士の話し合いの結果も大方予想しながら、侯爵家の屋敷を離れたのだった。



〜*〜*〜*〜*


「で?侯爵家嫡男を落とすつもりで迎え討てとか言われてたのに、逆に落とされて帰ってきたわけ?」


 夕食の際、弟に侯爵家との話し合いの顛末を伝えた結果がこの反応である。


「別に落とされたわけではないわよ」

「まぁまぁ、お前のことも理解してなお望んでくれているのならば、これ以上ない良いご縁じゃないか」

「そうよ、ソフィー。しかも侯爵夫人とはいえ、特殊なお家柄だから社交には重きを置かれないそうよ。

 それよりも、当主でありながら対魔の要として軍で実務にあたる夫を、領地経営面で支えられる妻を望まれるのですって。貴女にピッタリじゃないの」

「ううう」


 両親の言葉は、正にその通りだった。


 格差婚による誹りは受けるだろうが、それを差し引いても魅力のある縁談に思えてきていた。

 今以上に学ばなければならず、責任も重くなるだろうが、それらを取り上げられるよりは遥かに良い。


 むしろ都合が良すぎて、なにかとんでもない裏でもあるのではと疑いたくなってくる。


 弟も同じように思っているのか、珍しく難しい顔をしていた。


「なんかさー、話が上手くいきすぎてて怖いっていうか。むしろ、ソフィーを初めから狙ってて、あの結婚宣言で逃げ場を無くしたって思う方が自然な気がしてきた」

「うーん、あれが演技だったなら相当な役者だと思うけど、あの事件を最大限利用しようと思ってるのは間違いなさそうではあるわ」

「嫁いだら実は身分違いの恋人がいて、領地経営の真似事させてやる代わりに目を瞑れ!とか言われたりして。仕事も押し付けられて相手としては一石二鳥だよね」

「怖いことを言わないで」


 嫁いでしまえば、嫁は婚家のもの。しかも実家の方が家格の低い格差婚ともなると、婚家で不当な扱いを受けたとしても実家を頼る事は難しい。


「それか、精霊関係かな。あの侯爵家は、血筋に精霊の加護を受けてるんだよね。ソフィーが精霊に好まれやすいことを知ってて、取り込みたいと思われてるとか」

「たまに精霊に話しかけられるくらいだけどね」

「それでも、最近は精霊の加護をうける人が減ってるらしいし、大きな加点になるでしょ」


 魔は頻度は多くないものの、国境沿いの森から国内に侵入したり、突如国内に生じたりして、人々の生活を脅かす。

 弱らせる事は只人にもできない事はないが、消失させるには精霊の力が必要になる。


 そのため、血筋に加護をもつオルフィルド侯爵家は、代々他の加護持ちを束ね、魔へ対抗する役割を担っている。

 国の安寧のためには、王家よりもその血筋を守らねばならない家柄なのだ。


 そう思うと、多くの子をなせるかが重要視されそうだが、うちは別に多産家系というわけでもない。


「少し歳の差はあるけれど、トスティール辺境伯令嬢は加護持ちだし、精霊関連を重視しての婚姻なら私である必要はないのよね。恋人説も、侯爵夫妻までが積極的に関わっているところを見ると、考え難い、かな?」

「まぁ確かに、親公認の身分違いの恋人のために偽装結婚って変だよね。そうなるとシンプルにソフィーに惚れたって言われた方がありうる気がしてきた」

「それはないと思うわ」


 否定したものの、脳裏にうっすら頬を染めた侯爵子息が浮かんできて、慌てて打ち消した。さすがにそれは夢を見過ぎだ。


「まぁまぁ、とりあえず数日後にお会いする約束をしてるのでしょう?シーズンの終わる頃までにはお返事が欲しいと言われているけれど、2ヶ月半くらいは時間があるわ」


 楽しそうにいうお母様とは対照的に、お父様は少し難しい顔をこちらに向けた。


「お前ならわかっているとは思うがな、ソフィー。よっぽどのことがない限り、断る選択肢はないものと思ってほしい」

「ええ、お父様」


 さすがに家格が上の相手にああも乞われて、なんの理由もなく断れるとは思っていないし、わがままを言う気もない。


 それに、今のところ相手の印象も条件も、最初に思っていたよりも良いものに思えてきている。


「ま、運命の人らしいし?どうせならそれらしく周りに熱愛アピールして結婚した方が、後々楽になるんじゃない?」

「マックにも早く公開プロポーズしてくれる運命の人が現れるといいわね!」

「そんなことしたがる変わり者が、そう何人もいるわけないでしょ」


 くくく、と笑う弟とやりあいながら、食後の団欒の時間はゆっくりとすぎていった。

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