レスター視点:最悪の出会いから12
彼女を楽しませるどころか、いらないことを話して暗い雰囲気にさせてしまった。
失敗と断言できるデートに不安と自己嫌悪に苛まれた私を、けれどソフィアはまた、優しい世界に連れ戻してくれる。
彼女の話に取り乱しても良いようにと、自分の屋敷へ帰ってきたのに。差し出されたのは、とてもとても温かい想い。
「ファルラン時計店は、恋する女性に人気なんですよ。恋人に自分の眼の色の宝石をあしらった懐中時計を贈ると、ずっと一緒に時を過ごせると言われているんです」
彼女に贈られた、彼女の色の宝石があしらわれた懐中時計。その意味を、柔らかい声音で教えてくれた。
「ずっと一緒に・・・」
「だから私は、レスター様にこれを贈りたかったんです。受け取って、頂けますか?」
彼女の想いが詰まったそれに、胸がいっぱいになる。
「・・・嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう、ソフィア」
言葉にして伝えてくれる想いが、痛いほどに嬉しかった。
「私もレスター様が好きなんですよ。だから、これからも一緒にいられる様に願って、この時計を贈りたかったんです。
実は、フタの裏に二人の名前も彫ってもらってしまいました」
その言葉に、そっと贈られた時計を手に取って、蓋を開けた。
そして目に飛び込んできた言葉に、心臓が止まりそうになった。
<運命の人レスターへ
ソフィアより愛を込めて>
そこには、そう彫られていた。
彼女こそ私の運命の人だ、という私の一方的で独りよがりな言葉から始まった関係。なのにその始まりの言葉すら、ソフィアは時間を経て、受け止めてくれたのか。
そしてそれを、私にこうして返してくれるのか。
「ああ、本当だ。・・・っ、はは、知らなかった。嬉しいと、嬉しすぎると、涙が出る、ものなんだな」
堪えきれなくなった涙が、頬を伝った。
嬉しさと、不甲斐なさと、いろんな感情が心を駆け巡る。
「出会いを、やり直したいと何度も思った。なんで、ただ普通に声をかける、その当たり前ができなかったのかと。
情けなくて、申し訳なくて、仕方がなかった」
驚いたようにこちらの涙に手を伸ばしてくれる、素敵な人。この人が喜んでくれるような、せめて迷惑がかからないような、そんな出会いをしたかった。
「…運命の人だと叫ぶ己を、八つ裂きにしてしまいたいと、何度も何度も思った。なのに」
なのに、そんなどうしようもない男に、貴女はなんで、こんなに優しい。
言葉を詰まらせた私の頬をソフィアがそっと包んで、そのまっすぐな眼差しをくれる。
「あの時は驚くばかりでしたが、今はレスター様の<運命の人>が私なら嬉しいと思います。
確かに普通ではありませんでしたが、あの出会いが、私たちの始まりでした。始まりから今まで、レスター様が私を尊重して、大切にしようとしてくれたことは、ちゃんと私に伝わっています。
だからもう、そんなに苦しまないでください」
「ソフィア・・・」
「それとも、もう私のことを運命の人だとは言ってくれないんですか?」
少しおどけてそう言った彼女に緩く首を振って、思わずその体を抱き寄せる。
「そんな訳がない。こんなにも、愛おしいと思うのに。ソフィア以外と歩む未来なんて、もう想像すらできない」
「なら、もう気にしすぎてはダメですよ」
あやすようにぽんぽんと背中をたたかれて、安心して。そして。やっと、気がついた。
ソフィアに想いが届いて欲しいと言いながら、今その想いを受け止めきれていないのは、他でもない自分の方だった。
ソフィアはちゃんと、私の言葉を受け取ってくれる。それに比べて、彼女の伝えてくれるまっすぐな想いを軽んじ、すぐに失うのではと恐れるなんて、自分は何をしていたのだろう。
抱きしめていた腕を緩めて、そのサファイアの双眸を見つめ返す。
「ありがとう、ソフィア。私を赦してくれて。私も貴女にふさわしい男になれるよう、今以上に努力する。だから、貴女が苦しい時や悲しい時は、私を頼って欲しい。・・・頼りないと思うかもしれないが、私だけは絶対に、貴女の味方になる」
「レスター様が味方になってくれるなら、何も怖くないですね」
「ソフィア・・・」
どこかずっと冷えていた心の一角。それが、偽りのないその笑みに溶かされていく。
愛おしくて幸せに満ちた心に、また愛しさが溢れてくる。
ああ、本当に、好きだ。
もっともっともっと。彼女に近づきたい。もっとそばにいたい。触れていたい。
自然にその可憐な唇に引き寄せられそうになって、…慌てて目を逸らした。
だめだ。許可をもらわねば、それはいけない。けれども、許可とはどうやって取るのだろう。正直に聞けばいいのだろうか。雰囲気も何もない気がするが…。
そんなどうしようもない新たな悩みを抱えた自分に、ソフィアが不思議そうに小首をかしげる。
「レスター様?」
「その…」
言ってもいいのだろうか。調子に乗るなと思われないだろうか。
悩んだが、結局正直に言ってみることにする。
「貴女が・・・」
「?」
「貴女があまりにも、愛らしいから、その、口付けたいと、そう思ってしまった」
「なっ!」
ソフィアの顔が、一瞬で真っ赤になってしまう。
「す、、すまない」
恥ずかしいことを言っている自覚はある。思わずこちらも赤面してしまうが、今まで落ち着いていたソフィアも目の前で大いに狼狽えている。
やはり、調子に乗っていらないことを言ってしまったようだ。混乱させて、申し訳ないことをした。
普段甘えまくってしまっているが、そういえば彼女は自分より4つも年下なのだ。自分がもうちょっと自然にリードできるようにならなくては。…自分も恋愛経験皆無でさらさら自信はないのだが。
とりあえず彼女を混乱から解放しようと、忙しなく組み直している手をそっと押さえる。
「すまない、無理強いする気も、急かすつもりもないんだ。困らせて悪かった」
「い、いえ。その、全然嫌ではないんですが、えっと、ただ、は、初めて、なので」
せっかく諦めようとしたのに、この可愛いセリフはなんだろう。思わずその頬を包んで、瞳を覗き込んでしまう。
「私もだ。初めてのキスも、最後のキスも、私はソフィアがいい」
自然と笑みが浮かぶ。
そう。別に今でなくても、いつか。私の心は貴女だけのもの。きっと、貴女の心も…。だから、急ぐ必要はない。
ソフィアのくれた言葉が心に根を張って、不思議な自信が心に芽吹いている。今までまるでなかった余裕が生まれているのに、自分でも驚く。私は自分を好きになれる。そんな予感がする。
自分の心の変化にひっそり感動していると、不意に頬に添えた手に、ソフィアの手が重ねられた。
「私も。初めても、最後も、レスター様がいいです」
そう言って、ソフィアが浮かべてくれた自然な笑顔に、胸がいっぱいになる。
ああ、愛おしい。
そっと閉じられた瞼に引き寄せられるように、唇を寄せる。
好き。幸せ。大切にしたい。ずっと一緒に。
慎重に重ねた唇に、ありったけの想いを込めた。その想いが届いていること。それを彼女の瞳から読み取って、もっと伝えたくて、再び唇を重ねる。
その優しい時間が幸せすぎて、なんだかまた泣きそうになった。