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レスター視点:最悪の出会いから11

「レスター。貴方またすごく噂になってるみたいだけど、大丈夫なの?」


 家に帰ってすぐ、母に心配そうに呼び止められた。

 そういえば、昨日から家ではぼーっとしたまま過ごして、両親に舞踏会からこちらの話を何も伝えていなかった事に気がつく。


「はい。ある程度意図してのことなので」


 そう返して、昨日の出来事を母に話した。ソフィアに好きだと言ってもらえた事を口に出すと、心にほんのりと熱が戻ってくる。


「まぁ、本当に良かったわ。こんなに早くまとまるなんて。はぁ、一時はどうなることかと思ったけれど。これでもう、なんの憂いもなく先に進めるのね」

「ご心配をおかけしました」


 深い安堵を浮かべた母の表情に、相当心配させていたんだろうと胸が痛む。

 そしてふと、母に聞いてみたくなった。


「母上は、父上との出会いは?と問われたら、どう返しているのですか?」

「ふふ、そうねぇ」


 こちらが気にしている事を悟ってか、母がイタズラっぽく笑う。


「舞踏会で出会った瞬間、それはもう熱烈に求婚されてしまったの、と答えているわ」


 …つ、強い。


「同年代はまぁ、知っているから聞いてはきませんけどね。知り合いのませた子どもとかには聞かれるのよ、その質問。だから、夢を壊さないようにそう答えているわ。とても好評なの」

「そう、ですか…」


 確かに事実で嘘はなく、子ども受けしそうな返答だ。そういう風に自分が言えるかと問われると、自信がないのだが。


「なんだか、好きと言ってもらえた割には大人しいのね。もっと喜んでいても不思議ではないのに」


 考え込んだこちらを見て、母が不思議そうに問うてくる。確かに、嬉しさは強く心に感じている。でも。


「嬉しいです、とても。言葉にならないほどに。けれどこんなに順調に進んで、信じられない思いもあるんです。またどこかで大きく躓くのではないかと、少し怖くもあります」

「なるほどねぇ。確かに私も、信じがたい気持ちもあるわ。彼女、こちらに都合が良すぎるもの。でもこれが、精霊の導き、というものではなくて?」

「精霊の導き…」


 それは、精霊が運命の相手と出会わせてくれるという言い伝えからくる言葉だ。精霊に気に入られれば、良いご縁を得られる。だから気に入られるよういい子でいなさいと、子供の頃に親に言われるものだ。


「ソフィアさん自身もどうやら精霊に好かれる女性のようだし、彼女にとっても貴方が何かしら欠けた部分を満たしてくれる人なのかもしれないわね」

「そうであれば良いのですが」

「少しは自信を持ちなさい。とはいえ、言葉で納得できるものでもないでしょうけれど。そのうち重ねた時間が解決してくれるわ」


 母の言葉に、小さく頷く。自信を持つために、まずは次のデートで完璧にソフィアをエスコートしなければならない。


「頑張ります」


 彼女の好意を失わないように、気を引き締めて臨まなければ。そう決意も新たに、デートの予定を立て始めた。






 なのに。

 ソフィアとのデートの日。その姿を見た瞬間、一瞬で色々なものが頭から消え去り、彼女の姿しか目に映らなくなった。


「ソフィア!」


 ああ、私の色をソフィア自らが纏ってくれているなんて!

 衝動のままに駆け寄り、愛しい婚約者を抱きしめる。その温もりに、会えない間寂しく思っていた心が瞬く間に癒やされていく。


「ソフィア、会いたかった…」


 嬉しい。

 会うだけでこんなに幸せになる人が、私を好きでいてくれるなんて。本当に、夢ではないだろうか。


「れ、レスター様」


 じーんと幸せに浸っていたが、腕の中のソフィアが少し身動ぎして、困ったような声をあげる。


 ハッとした。

 私は彼女のご家族の前で、なにをしているんだ。血の気が引いて、素早くソフィアから身を離す。


「すまない…」

「まぁまぁ、仲良しさんでよろしいこと。ソフィア、楽しんでいらっしゃいな」


 ソフィアの母君がそうとりなしてくれて、なんとかソフィアを馬車までエスコートすることができたのだが、自分の成長のなさにはほとほと呆れる。


「すまない、自制が緩んでいるな」

「ふふ、家族の前は少し恥ずかしいですね」


 ソフィアはさして気にした風もなく楽しげにしているが、今日は完璧に彼女をエスコートしようとしていたのが頭から頓挫し、自信がなくなる。

 自分で自分がコントロールできないなど、情けない。こんなことでは、彼女に遠からず呆れられてしまうだろう。


 結局、不愉快にするような言動をしたら止めてくれと、ソフィアに縋ってしまった。多くのオルフィルド当主たちのように恋心に振り回されるなんて、ソフィアに出会う前の私は想像すらしていなかったのに。実際に好きな人ができるとこの有様だ。私は今まで、何を学んでいたのだろうか。オルフィルド家の悪癖をソフィアに話しながら、消えてしまいたくなった。


 けれどこんな情けない私に、ソフィアは優しい言葉と笑顔をくれる。


「レスター様は、きちんと私の気持ちを考えてくださる方です。それを知っているので、先程のお話を聞いてもさほど不安には思いません。

 レスター様も、私に直して欲しい点があれば、おっしゃってくださいね。因みに先程のことは、嬉しさと恥ずかしさ半々ですので、嫌いになったりしませんよ」


 なんでソフィアは、こんなに眩しいのだろうか。思わず、腕の中に彼女を閉じ込める。


「貴女はこれ以上私を惚れさせてどうする気なんだ。もうこれ以上好きになれるはずがないと思うのに、会うたびにさらに好きになってしまう」

「私もどんどんレスター様を好きになっているので、おあいこですね」

「っ、貴女には、本当に敵わない」


 ああ、ソフィアを失いたくない。きっと失えば、私はもう立ち上がれない。縋るように彼女を抱きしめながら、唇を噛み締める。どうすれば彼女を繋ぎ止めておけるのか、自分にはまるでわからなかった。



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