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レスター視点:最悪の出会いから10

「大丈夫か?」


 無事に会場を抜け出し、二人になった馬車の中でソフィアの様子を窺う。


「ええ。レスター様が助けてくださいましたから。騒がせてしまって申し訳ございません」


 そう言うソフィアの表情は落ち着いていて、不思議なほどに柔らかい。


「いや、そばを離れるべきではなかった。こちらこそ申し訳ない」


 彼女がさほど傷ついていない様子でホッとするが、殿下からの呼び出しとは言え、側を離れている間にあんな事になって胸が塞いだ。そもそももっとゆっくり関係を進められていれば、あの男からあんな場所で絡まれることもなかったのではと思うと、出会いの場での自分の失態がますます嫌になる。


 密かに落ち込んでいると、不意にソフィアが甘えるようにこちらに寄り添ってきた。


「レスター様がいらしてくれて、本当に心強かったです。おっしゃっていただいた言葉も、嬉しくて。

 ありがとうございます。助けていただいたことも、妻にと望んでくださったことも。とても、嬉しく思います」


 その言葉に、どきりと心臓が跳ねる。

 この、言葉に込められた甘やかな熱は何だろう。どうしようもなく心が騒ぐ。


「ソフィア?」


 その表情を見たくて、照れたようにうつむくその頬に手を添えて、そっと自分の方へと向かせる。


 その表情を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。

 うっすらと上気した頬。その潤んだ瞳からは、自分がソフィアに抱くのと同じ種類の感情が垣間見える。


 嘘だ。信じられない。でも。

 確かめずにはいられなくて、そのサファイアの輝きを覗き込む。


「ソフィア、私の妻になるのは嬉しいのか?」

「う、嬉しいです」

「それはなぜ?」

「・・・っ」


 言い淀んだソフィアの顔が、ますます赤くなった。

 けれど逡巡は一瞬で、その瞳を真っ直ぐにこちらへ向けてくれる。


「わ、私が」

「ソフィアが?」

「レスター様を」

「私を?」

「好き、だから」

「・・・っ!!」


 それを聞いた瞬間、言葉にならない感情が爆発して、無意識にソフィアをきつく抱きしめた。こんな、こんな幸せがあっていいのか。


「私も、私もソフィアが好きだ。ずっとずっと、好きだったんだ」


 ああ。今なら死んでもいい。この瞬間を永遠に留めておきたい。

 怖く思うかもしれないと、ずっと抑えていた重い恋情。それを声に乗せても、ソフィアの細い腕は私の背に回ったまま。


 これは夢か。

 ああ、もう、言葉にならない。

 ただただその体を抱きしめて、その温もりを感じていた。

 けれど幸せな時間は、本当に一瞬で過ぎてしまう。


 ずっとこのままでという願いは、無情にも彼女の家へ到着したと告げる御者の言葉に散らされてしまった。

 名残惜しくて、また好きだと彼女に告げる。

 私も好きですと返してくれる彼女に、胸がいっぱいになる。

 ああ、離したくない。でも、彼女をこのまま攫ってしまうわけにも行かない。


 身を切られる思いで馬車から出て、彼女を送る。

 別れ際にそっと頬に落としたキスに、幸せそうに笑ってくれた彼女の表情が、その日ずっと頭を離れなかった。






 〜*〜*〜*〜*






 軍本部の対魔用武器庫で、ぼうっとしながら武器に加護を込める。


 精霊石と呼ばれる特殊な鉱石で作られた弓や槍は、加護を込めることで只人でも多少は魔に抗う事を可能にするのだ。そのため常に一定数王都に保管しているのだが、時間が経つと加護が抜けてくるので、こうして定期的に加護を込め直す作業が必要になる。


 王都に留まるシーズン中の大事な仕事の一つだが、生まれながらに加護を持つ自分にはさして難しくない作業だ。それ故に、頭の中では昨日のソフィアの言葉を擦り切れるほどに反芻している。


『レスター様を…好き、だから』

「〜〜〜〜〜っ」


 なんだか現実味がなくて、昨日から呆然と過ごしていたのだが、じわじわと幸せが胸に満ちてくる。

 ソフィアの前では初めからずっと情けない姿ばかり見せているのに、なんでこんなに優しい言葉をくれるのだろうか。

 力が無限に湧いてくるようで、加護を込めるペースがどんどん早くなる。


 ああ、夢ではない。夢ではなかったんだ。調子に乗ってどんどん加護を込めていると、自分のノルマとして分けてきた分が予定よりもかなり早く終わってしまった。

 追加を持ってこようかと立ち上がると、それに気がついた隊員が目を丸くする。


「レスター様、もうご自分の分を終えられたのですか?」

「ああ、今日はことさら調子がいいようだ。そちらを手伝おうか?」


 そう問いかけたが、よく見ると彼の手持ちも結構減っている。


「いえ、実は自分も今日は調子がいいようで…」

「ノセは可愛い彼女ができたばっかりで、力が有り余ってるんですよ。レスター様、手伝ってくれるなら俺のをお願いします!」


 ノセも恋人ができたのか…。嬉しい知らせに顔が綻ぶ。


「そうだったのか。ノセ、おめでとう。では、フェルドの方を手伝おう」

「お願いしまーす!」


 フェルドが嬉しそうにこちらに寄越した分を受け取り、再び腰を下ろす。


「なにそれ、僕も初耳です。ノセさんもついに彼女持ちかぁ」


 今日は歳若い者が集まったためか、そこからノセの可愛い彼女について雑談が始まってしまう。お目付け役は一応自分なのだが、全体の仕事の進捗も好調だし、好きにさせることにする。


 横着をして数個に一気に加護を込めながら、どんな性格の人?可愛い系?綺麗系?どこの家の人?どこに惚れたの?とか、そんなノセに対する質問を聞くともなしに聞いていた。

 が。


「二人の出会いってどんなの?」


 という、言ってみれば付き合っている二人に対してはありふれた質問に、ギクリと心臓が跳ねた。


 ソフィアとの出会い。それはあの事件の日を指す。

 もし自分が問われたら、どう答えたら良いのだろう。自分はまだしも、その答えに窮するかもしれないソフィアを思うと、申し訳なさが沸々と湧いてくる。


 出会いは、やり直せない。

 浮かれて絶好調だった心に水を差されて、どんよりとした気持ちになる。

 それでも引き受けてしまった分を投げ出すわけにはいかないので、なんとか根性で加護を込めた。


 ああ、忘れてはいけない。彼女の前でたびたび演じた失態を。また繰り返してしまえば、今度はあの好きだという言葉さえ、失ってしまうかもしれないのだから。




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