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レスター視点:最悪の出会いから7

「え?あの人を好きになったきっかけ?」


 父がやっと出かけて行ったので、母に気になっていたことを質問してみた。


「はい。今後の参考に伺えればと」

「まぁ、参考になるようなものでもない気はするけれど」


 困ったように眉を下げた母だが、やがてゆっくりと口を開いた。


「そうねぇ。まあ、出会いは最悪だったわ。デビューして、これからどんな素敵な人と縁を結べるかしら、あわよくば憧れのあの方と…、なんて浮かれ気分だったところを、全く思ってもみない人にいきなり一目惚れだ何だと詰め寄られた挙句、皆に注目される前で口付けられてしまったんですもの」


 改めて聞いても酷いなと思う。でも、自分も人のことを言えない失態を犯してしまったのが痛い。


「私もおとなしい性格ではなかったものだから、まぁそれはそれは腹を立てて、こんな顔と家柄だけのポンコツに嫁いでたまるものですか!って思ったのだけれど。両親は乗り気だし、偉い人たちまで出てきて私を説得しようとするのよ。もう、やるせなくって仕方なかったわ」


 当時を思い出したのか、母が重たいため息を吐く。


「結局。抗い切れるものでもないし、3年経って許せなければあちらの有責で婚約解消ののち、良い縁談も用意するからと説得されて、やっと受け入れたの。屈辱だったわ。なんで一番若くて美しい時期を、あんな男のために無駄に過ごさなければならないのかと。婚約申請書に署名した夜は一晩泣き明かしたわね」


 母の言葉を聞いていると、キリキリと胃が痛んだ。初めての謝罪の席で、ソフィアと目が合った時に思い切り視線を逸らされたことを思い出す。あの時彼女は、どんな思いであの場に訪れたのだろうか。


「それから、あの人が定期的に私の家に訪れるようになったのだけど、…なんというか、私も若かったのね。一目惚れなんて言う人は、どうせすぐ他の若くて綺麗な子に目移りするに違いないもの。なら3年も経たずに婚約解消させてやるわって無駄な抵抗に燃えてしまって、色々な無茶をあの人に言ったのよ」

「無茶ですか?」

「そう。急にどこどこのお菓子が食べたくなったとか、高級なものをねだってみたり、そうして持ってきてくれたものを、やっぱり要らないと言ってみたり。そんなことをする女なんて、すぐに見限ると思ってわがまま放題だったわ。…思い返すと結構酷いことしたわね、私も」


 なんというか、おとなしく受け入れないあたり母らしいなと思ってしまう。


「でもあの人ったら、私が欲しいと言ったものをね、自分で買いに行くのよ。最初はどうせ使用人に丸投げしてるんでしょって思ったのに、これに気がついた時はちょっと驚いたわ」

「それで好意を持つように?」

「それがねぇ。自分で買いに行ってくれるならって、わざわざ遠方の特産品とか調べて、あの人を遠ざけるのに利用してたわね。でも天馬を使うのはずるいわ。すぐに帰ってきてしまうのだもの」


 ちょっと父が不憫に思えた。


「とは言え、1年過ぎてもあちらから婚約解消を早めたいと言う申し出はないし、相変わらず嬉しそうに私に会いに来るしで、私の努力は無駄なんじゃないかしらと思い始めたの。そんな時にね、侯爵家のお嬢様のお茶会に招かれて、嫌な予感はしながら参加したら案の定。オルフィルド家には相応しくないから身を引きなさいとか、そろそろ飽きられたんではなくて?とか色々頭の悪そうな嫌味を頂戴して帰る羽目になったの」

「お茶会とは恐ろしいものなのですね」


 母が事件後、ソフィアの参加予定だった舞踏会や茶会を、オルフィルドから代わりに辞退を申し入れる事を先方に提案したが、こうした経験からだったのだろう。


「怒りを堪えて帰宅したら、のほほんとあの人が家にいてね。あの侯爵家のお嬢様と同じ緑の眼を向けられたら、ますます腹が立ってしまって。それでね、言ってしまったの。あんな性悪侯爵領に魔が発生しても、助けに行かないで頂戴!ってね」

「父はなんと?」

「それはできないって、きっぱり言ったわ」


 母が懐かしそうに目を細める。


「正直、八つ当たりじみた発言で、本当に何かして欲しかったわけじゃなかったの。あの人も、適当に肯定して機嫌を取るでしょう、くらいに思っていたからとても意外で驚いたわ。

 そして目を丸くする私に、あの人は言ったの。魔に対するのが自分の使命だから、私情でそれを放棄することはできない。例え、肉親を殺めた人が治める土地でも、私は助けを求める民がいる限り、その地を救いに行くだろう、と」


 ふふっと母が笑いを漏らす。


「私、その時初めて目の前にいる人の顔を見た気がしたの。ああ、この人はちゃんと、揺るぎない信念を心に持った人なんだわって。それと同時に、自分がとんでもない性悪女になっていることにも気がついたの。自分が不幸で可哀想で、だからその原因である目の前の人をいくら傷つけて蔑ろにしてもいいと、そう思ってた」


 ふぅ、と息を吐くのが聞こえる。


「意向に沿えずすまないと身を低くして謝るあの人を見ながら、急に色々なことに気がついて呆然としたわ。私に一目惚れしたと言ったこの人は、1年以上私の酷い我儘に嫌な顔ひとつせず付き合ってくれていた。私の一番醜い顔を見てきたのに、それでもまだこうして私のそばにいようとしてくれている。

 絶対に認めてやるものですかって頑なになっていた心に、その時にヒビを入れられたのね。そこから、少しずつあの人との時間を取るようになって、それを嬉しいと喜ぶ顔を見ているうちに、段々と絆されていったの」

「…」

「ふふ、そんな感じで結婚に至るわけだけど、あまり参考にはならないでしょう?私とソフィアさんでは、随分と性格も違うもの」


 そう言われて、ゆっくりと首を振った。


「いえ、話してくださってありがとうございます」


 もし自分が1年以上ソフィアに冷たくされたら、それでも折れずに彼女の心を乞うことができるだろうか。申し訳なさと自己嫌悪に苛まれて動けなくなる気もするし、それでも諦められずにいる気もする。

 自分の心さえわからないのに、好きな人の心を変えるなんて、どれほど難しいことか。


 きっと、正解なんてないのだろう。ただ想いが届く事を願って、尽くすしかないのだ。相手を思い、自分を見つめ、その時々の最善を選択していく。


 明日ソフィアに会ったら、王家との面会を頼まなくてはいけない。その時、今自分が感じて期待している彼女からの好意が、本物なのか都合のいい妄想なのかがはっきりするだろう。

 怖い。

 けれど、立ち止まるわけにはいかない事もわかっている。もし都合のいい妄想であったとしても、父のように彼女に振り向いてもらうための努力を重ねればいい。

 不安と決意を胸に抱きながら、明日を待った。




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