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レスター視点:最悪の出会いから6

「あら、もう婚約式の件のお返事かしら」


 朝一番に王家から届いた一通の手紙。婚約式の日取りも場所も固まり、親戚でもある王家にも知らせを送っていたので、その返事だろうと母が封を切り、中身を読んで…。


 母の顔からスッと表情が抜け去った。


「あなた」


 ヒヤリと冷たい声音に、父がビクッと体を跳ねさせる。


「結婚許可証も渡していないのに婚約式をするのかと書いてあるのだけれど」

「結婚許可証?」


 聞きなれない名前だが、猛烈に嫌な予感がする。父の方を見ると、あわあわと挙動不審な動きで何かを言いたそうにしている。


「父上、婚約承諾証を王家からいただいたときに、話を進める許可も得たのではなかったのですか?」

「いや、その。あんな騒ぎになって婚約しないというのも、お相手にとってよくないだろう?」

「つまり、婚約承諾は形だけと言うことですか⁉︎」


 思わぬ事実に、意図せず大きな声が出る。


 ソフィアが前向きに署名し、婚約承諾証も手に入ったものだから、てっきりもう障害はないと思っていたのに。あとは折を見て王家との面会の日取りを持ち、ソフィアにオルフィルドの事情を明かせば良いと。


「いや多少の小言は食らったが、私の時とは違い、問題はなさそうと判断されてのことだ。だが普通は婚約の前に王家と面会の時間を待つんだ。私のようなケースもあるから逆転することもあるが、その場合は婚約から話を進める際にも、一応王家の許可がいるんだ、そういえば」

「…」

「し、しかし最近の話を聞くとうまくいっているのだろう?お前の自惚れと言うわけでなければ、すぐに結婚許可証も出してくれるさ。オルフィルドの者が結婚しなくて困るのは、王家だからな」

「あらあら。そのようなお話、私も初耳だわ?おかしいわね?」

「それは、その、すまない」


 母の迫力ある笑顔に、父が小さくなって謝る。


「その、マリエッタは3年経って婚約の継続を了承してくれた時に、王家にも面会しただろう?あの時、マリエッタから結婚はまだ先でと言われはしたが、王家からの結婚許可はおりたんだ。だがレスターの場合、そもそも進展が早くてな…」

「本来であれば、王家とソフィアの面会後に婚約式の調整に進むべきだった、と言うことですか?」

「う、うむ。そうなんだが…」

「そうなんだが、ではないでしょう!本当にあなたって人はっ」


 とうとう母の雷が落ちて、父がますます身を竦ませる。


「どうしてそんな大切なことを先に言わないの!そもそも婚約承諾証を取りに行った時だって…!」


 興奮して椅子から立ち上がった母に父が叱られているのを、半ば呆然と見やる。だが婚約承諾証に惑わされていたが、よくよく考えれば相手からの好意も結婚するにあたり必須条件だ。婚約に前向きでも、条件だけ見て相手には全く好意を持っていないというケースだってあるだろう。


 婚約式を行った後に婚約解消となれば、かなり悪目立ちしてしまう。こちらが泥を被ったとしても、要らぬ憶測の的となることは必至だ。それを避けるためにも、婚約式の調整に進む前に王家との面会を予定しておくべきだった。


「…っ」


 なんで婚約式を急いでしまったのだろう。たぶん自分も母も、無意識にソフィアの心変わりを恐れていたのだ。エルダン家の皆が不思議と前向きでいてくれる今のタイミングを、逃したくなかった。

 でももし、今。彼女の心が欠片も自分になければ、きっと王家は…。


 そう考えて。ふっとソフィアの言葉が、表情が、胸に浮かんできた。

 婚約者が私で良かったと言ってくれた。顔が見れて嬉しかったと言ってくれた。柔らかで、甘さの混じった視線を向けてくれた。あれがすべて嘘だなんて、どうして思えるだろうか。

 あの澄んだサファイアに、偽りの色など見えはしなかった。


「父上、母上」


 少しだけ胸に湧いてきた勇気に助けられるように、二人へと声をかける。


「明日二人で舞踏会へ参加の予定です。その帰りにでも、彼女に王家との面会の件を話してみます」

「レスター」


 母がパチパチと瞬きをしてこちらを見つめる。そして、ふわりと柔らかく笑った。


「そう。そうね。貴方がそう言えるのなら、きっと大丈夫でしょう。少し順番が前後しただけね」


 そう言うと、縮こまっている父の額をぺしりと叩いた。お説教終わりの合図に、父がぱっと表情を明るくさせる。


「そ、そのな。王家も二人の相性はいいだろうと思っているんだ。うち以上に先方のことを調べているはずだし、問題がありそうなら強引にでも介入してきたはずだ。だから、そんなに深刻にならずとも多分大丈夫だ!」

「はぁ、もう。調子がいいんだから…」


 そんな父を母が呆れたように見ているが、父は母を椅子に座らせると、いそいそと母の好きな銘柄の紅茶を入れてくるようメイドに頼んでいる。


 なんだかんだで仲の良い、そんな両親の始まりも自分のように悔いの残るものだったはずだ。

 そういえば、母が父を許すきっかけはどんなものだったのだろう。父が出かけたら聞いてみようかなと思いながら、母が父から手渡された紅茶を楽しむ様子を、何ともなしに眺めていた。




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