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模範的な責任の取り方

 ソフィア エルダン 20歳。


 地方伯爵家の長女で、栗色のくせっ毛に紺色の瞳を持つ地味系女子。

 嫡男たる双子の弟と一緒に育ったせいか、女子力よりも領地経営の能力を無駄に伸ばしてしまった、女としては残念な部類の人間である。


 なにしろ、お茶会で恋愛トークをしたり、自分を可愛く見せるメイクやドレスの研究をするよりも、弟とどうやって伯爵領を盛り上げるかを話す方が面白かったのだ。


 母はたびたび苦言を呈していたものの、父は私が弟と同じように学んだり、領地の視察に同行する事には寛容で、実際弟と一緒に推し進めた観光地作りが当たって税収が上がったものだから、正直領地経営が楽しくて仕方なかった。


 結婚をしてしまえば、こんなに自由にさせてもらえることなんて、まずないだろう。領地経営は男の領分だ。今まで培った知識も経験も大半が無駄になる。

 そう思うと、結婚というものが暗い牢獄に思えて、積極的に結婚相手を探す気にはなれなかった。


 とはいえ20歳を迎えた今、流石に不味いと思い、弟と共に婚活に勤しんではいた。

 だが、もういっそ貴族よりも商家なんかに嫁ぎたいなぁなどと思っていた身で、侯爵家に嫁ぐ選択肢が薄らとでも現れるなどとは夢にも思っていなかった。


 でももしかすると、侯爵夫人が事件直後で動揺していただけで、今日会った時には結婚の話なんて微塵も出ないかもしれない。


 うん、むしろその方が自然だ。


 そうに違いない。


「ソフィー、入るよー」


 などとつらつらと考え事をしながら、舞踏会の時以上に念入りにメイクを施されて部屋で待機していると、呑気そうな声と共に弟が入ってきた。


「なに、緊張してる?」

「緊張というよりは、先行きが不安だわ……」

「ま、そりゃそっか」


 肩をすくめた弟が、すとんと向かいのソファに座る。


「年も4つ上だし、領地も離れてるし、超名門侯爵家と末端伯爵家だし。まるで接点ないもんね」

「本当にね。なんで相手は私の事知ってたのかしら。今年まで社交界に出る事自体ほとんどなかったし、名前ならまだしも、婚約有無まで知ってるなんて。

 あー、知ってた、ではなくて直ぐ確認したのかしら?」


 言い回しから、前から知られていたような印象を受けたが、冷静に考えるとそうでもないのかもしれない。


「婚約者持ちだと略奪宣言になっちゃうから、知らなかったとしたら急いで確認したかもね。ソフィーをめぐっての男の戦いなんて、余計社交界で面白おかしく言われそうだもん」

「独り身でよかったとしみじみ思うわ」


 はぁ、と重たいため息をついた私を見て、弟はくすりと笑う。


「ま、もし相手が結婚して責任取るって言ってくれるなら、責任取ってもらったら?

 精霊の加護を受けて、建国時からずっと魔から国を守る国防の要を担ってるあの侯爵家が決めたなら、誰も表立って反対なんて出来ないし。考えようによっては悪くないんじゃない?」

「私は身の丈にあった人の方がいいわ」


 そんな会話を続けていると、控えめなノックの音が響いた。


「そろそろ出る時間かな?」 

 弟の言葉を肯定するように、メイドの声が響いた。


「お嬢様、馬車のご用意が整いました」

「…ええ、今行くわ」


 ついに改めて対面する時が来てしまったらしい。


「ま、やな事はさっさと終わらせちゃいなよ」

「そうね、ひと頑張りしてくるわ」


 重い腰をなんとか上げると、侯爵家へと向かうべく歩き出したのだった。





 こちらが慌てるほど手厚く出迎えてくれたオルフィルド侯爵家の皆様は、丁寧に非礼を詫び、責任を持って事態の解決を図る事を約束してくれた。


 格下の弱小伯爵家であるこちら側を粗雑に扱うでなく、誠実に対応する姿勢でいてくれることにまずは一安心出来た。

 

 とても有難い事だ。

 有難い事だが、責任の取り方として強く提示されているのが、女性を傷付けた時の模範的な「責任の取り方」であるのが私にとっては大問題だった。


「その、娘は上位貴族に嫁ぐような教育をしておりませんので、ご迷惑をおかけする事になるかもしれません」

「まぁ、私も生家は伯爵家ですのよ。何か困ることがあっても、手助けできると思うわ」

「し、しかし、同じ伯爵の位とはいえ、うちはかろうじて田舎に領地を持てている程度の、なんの力もない名ばかり伯爵家ですし」

「そう謙遜なさるな。最近は御領地の観光行政の成功を耳にすることもある。なんでもご子息が主導されていたとか?良い世継ぎに恵まれておられるな」

「き、恐縮です」


 格差婚は苦労が多い。それを嫌がる私の思いを知って、父は穏便に断れないかと探ってくれているようだが、旗色はだいぶん悪そうである。


 まぁ普通の当主であるなら、評判の良い格上貴族と縁を結べるとなると、まず断るなんて選択をしないだろう。

 娘思いの父の姿勢に少し救われた思いがしながら、私と同様静かに親同士の話し合いを見守る侯爵子息に視線を向けた。


 同時に、彼も丁度こちらを見ていたようで、ばっちりと視線があってしまった。

 うっと思わず速攻で視線を逸らして……、流石に失礼だったと反省していると。


「父上、母上」


 彼は不意に、静かな声で両親達の話に割って入った。


「ご令嬢のお気持ちもあります。無理強いはなさらないでください。それと、エルダン伯爵。

 差し支えなければ、少しだけご令嬢と二人で話をさせていただけないでしょうか。誓って、先日のような礼を失する行いは致しませんので」

「え、ええ…」


 ちらっと父から視線を寄越されたので、観念して頷く。


「では、庭へご案内します。…お手を」


 少し遠慮気味に差し出された手を無視するわけにもいかず、大人しく手をとって立ち上がると、相手はほっとしたような表情を浮かべた。


「薔薇のテーブルにご案内して差し上げなさい。ピンクローズが、とても綺麗に咲いているの」


 のんびりとした侯爵夫人の声に頷くと、侯爵子息はこちらを気にしながらゆっくりと歩き出した。


 ほとんど話したこともない男性と2人になる事に気が重くなりながら、でも拒否するわけにもいかず、エスコートされるまま両親達のいる応接間を後にしたのだった。

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