レスター視点:彼女に出会うまで3
「レスター、もう諦めてこちらから縁談を打診してはどうかしら」
「ですが、こちらから打診してしまうと、おそらくエルダン家は断るという選択肢を取れなくなるでしょう」
「そうは言うがな、レスター。他の男に掻っ攫われたらどうするんだ。なんなら友人付き合いの打診でもいい。どうせ、相手の好意がなければ王家に破談にされるんだ。とにかくまずは、関わりを持て」
「…」
「レスター。婚約式のドレスを勝手に作ってしまうほどにお相手を好きなのでしょう?相手を慮ることも大事だけれど、貴方はまだ彼女に認識さえされていないの。このままではいけないわ」
「…はい」
両親に二人がかりで説得されて、少し気が落ち込む。
母やメイドに読まされた恋愛小説では、舞踏会での素敵な出会いが定番だった。
できれば、少しでも勝率を上げるべくそれにあやかりたかったが、確かにこの二年、なんの進歩もないのは痛かった。
「お義母様がエルダン家に潜り込ませたメイドからは、彼女に好いた人がいるという情報はないから安心なさい。それに…」
と、母が何かを言いかけた時だった。
「奥様。大奥様からの至急のお手紙です」
家令が一通の手紙を持ってきて母に渡す。
母がそれを受け取り目を通すと、その表情はみるみる明るくなった。
「喜びなさい、レスター!彼女、今年から結婚相手を見つけるために、舞踏会に積極的に参加する予定なのですって!」
「本当ですか⁉︎」
「やったじゃないか!」
「はぁ、安心したわ。でも勝負はここからよ。彼女に選んでもらえるよう、精一杯頑張りなさい」
「っ、はい」
ああ、よかった。このまま舞踏会に現れないまま、近隣領の誰かと縁付いてしまうのではという危機感は、常に胸の中にあった。けれど、やっと彼女と自然に出会うチャンスが訪れるのだ。
舞踏会が待ち遠しいなどと思う日が来るなんて、想像すらしたことがなかった。
けれど今は、未来への明るい期待で胸がいっぱいだ。
彼女と初めて交わす会話は、どんなものが良いだろう。考えるだけで、胸が躍った。
が。
現実は、小説ほど簡単ではない。
そう悟ったのは、舞踏会が始まってすぐだった。
そもそもこの二年、ろくに社交の場に出ていなかったのが悪かった。
オルフィルドの嫡男が結婚相手探しに本腰を入れ出した、という噂は瞬く間に広がり、しかもエルダン家に合わせて格下家の舞踏会にも参加したために、自分にもチャンスがあるのでは?と考えた幅広い層の令嬢に囲まれることとなった。
肝心の意中の人には、声をかけるどころか近づくことさえなかなかできない。
やっと少し近づけても、今度は肝心の一言目が思い浮かばず、悩むうちにまた他の令嬢に囲まれる。
「出会いとは、こんなに難しいものなのですね」
家に帰って母に弱音を吐くと、呆れたような目を向けられた。
「だから、ほどほどに舞踏会に顔を出しておきなさいと言ったでしょう。まぁ、彼女に今声をかけているのは、ほとんどが王家の仕込みだし、すぐ別の人とどうこうなるとは思わないけれど。私も心が痛むし、早めに次の手を打ちなさい」
「え、しこ…?……つ、次の舞踏会で声をかけられなければ、顔合わせの打診を、お願いできますか」
「ええ。その方が良いでしょう」
ほっとしたように母が息をつくが、散々強情を張った挙句、結局両親の手を借りることになりそうで少し落ち込んだ。
けれど、出会いがどうあれ、彼女に自分を選んでもらえるよう努力するのには変わりがない。
切り替えて、彼女と仲を深める方法を考えよう。苦い思いをため息で逃して、そう自分に言い聞かせたのだった。