レスター視点:彼女に出会うまで2
「父上、母上。私はエルダン家のソフィア嬢と結婚したく思いー」
「お待ちなさいレスター。貴方まさか、勝手にお相手に話を持っていったわけではないでしょうね⁉︎」
こちらの話が終わるのも待たず、食い気味に言葉を重ねてきた母は、若干青ざめた顔をしている。
母の隣に座る父は、おろおろと視線を彷徨わせるのみで、飛び火で怒られるのを恐れて口をつぐんでいる。
「いえ、まだ何も。できれば、舞踏会で自然に出会い、仲を深めたいと思っています」
「レスター…あなた…」
母の目に、うっすら涙が浮かぶ。
「本当に良かったわ、父親に似なくて。もし先方にご迷惑をおかけしていたらどうしようかと。ああ、安心しました」
「マリエッタ…」
父が切なげに母を見るが、家の中での力関係は、完全に母が上。綺麗に黙殺されて、おとなしく成り行きを見守ることにしたようだ。
「それで?自然に出会い、ということは、貴方の一目惚れなのかしら」
「はい。少し前、スクール時代の友人の結婚式に招かれたのですが、たまたまそこで領地経営に興味がある女性がいるとの話を小耳に挟み、昨日エルダン領へと行って参りました」
「まぁ、領地経営に興味がある?珍しい女性ね」
母が目を丸くする。
「でも、そういう人なら少し安心できるわね。私も、やっと婚約を了承しますってお伝えした時に、この人が領地経営ができないって言うものだから、さらに1年結婚は先延ばしにしたもの」
「マリエッタ…」
大人しくしているのに火の粉が降りかかる父を気の毒に思いながら、そっと視線を外す。
「ええ、その。少し領民にも話を聞いてみましたが、双子の弟とともに以前から実務にも携わっているようで、このまま嫁に行かず二人で領地を守ってくれれば、とまで言う者もおりました」
「まぁ、とてもオルフィルドに迎えるには良い女性とは思うけれど、まさかそれが、結婚したいと言い出した理由かしら?」
「いえ…」
母が心配そうにこちらを見るので、誤解を解くためにも正直に胸の内を伝えることにする。
「先程母上が仰ったように、その…。一目惚れ、という、ものなのでしょう。遠目からしか見られませんでしたが、凛とした姿が、とても素敵で…」
「まぁまぁまぁまぁ!」
こちらの言葉に、母は目を輝かせる。
「本当に安心したわ。応援するわよ、レスター。因みに、その方、婚約者はもちろんいないわよね?」
「ええ。ですが、婚約を結んでいないだけで、水面下で進んでいるお話がないとも言い切れません」
「そうね…。とりあえず情報収集が先ね。お義母様のお耳にも入れておきましょう。いいようにして下さるわ」
少し黒い笑顔が気になるが、母のことだから相手を悲しませるような企みはしないだろう。
「できれば、近隣領の子息との関係を、念入りにお調べいただけますか。その者がエルダン嬢の話をしていたので」
「あら、いい仲の可能性があるのかしら」
「どう、でしょう。彼の方はともかく、あまり相手に好かれそうな言動はしていませんでしたが…」
どちらかと言うと、領地経営に精を出す彼女を貶す類の発言をしていた男だ。男同士の軽口の中での発言だったので信憑性があるとは言えないが、まるで彼女が自分のもののような物言いをしていたのが気に掛かった。
「とにかく、あと少しでシーズンが始まる時期になるわ。それまでには、最低限必要な情報は集めておきましょう」
「うむ、頑張れよレスター。その間の対魔関係は私やお祖父様が受け持つから、お前は相手を振り向かせることに注力しなさい」
「わかりました。精一杯頑張ります」
そう一家で団結したのは良いものの。
その年のシーズンも、その翌年のシーズンも。
エルダン伯爵令嬢は舞踏会に参加せず、自然に出会う機会を全く持てないまま、二年の時が経過してしまったのだった。