レスター視点:彼女に出会うまで1
本編前〜本編のレスター視点を掲載予定です
「いいこと、レスター。貴方もいずれ、誰かに恋をするでしょう。その時一番大切なのは、相手を思いやる心よ。決して、独りよがりな思いを相手にぶつけてはいけないわ」
「いいか、レスター。出会いはとても肝心だぞ。父は己の未熟さゆえにマリエッタを傷つけ、赦しを得るまでに3年かかった。お前は、父のようには決してなるなよ」
〜*〜*〜*〜*
(はぁ…)
華やかな舞踏会。
色とりどりのドレスを身に纏ったご令嬢方に囲まれながら、レスター オルフィルドは内心で深いため息をついた。
二十歳を超え、いい加減身を固めよとの言葉を、内外からもらうようになって暫し経つ。しかし、これといって心に留まる女性に出会えぬまま時は過ぎ、嫡男の義務として嫁候補を探しに赴く舞踏会は、単に苦行の場と化している。
キラキラとした眼差しでこちらを見る女性が、苦手だ。
オルフィルドは確かに、対魔の要として、王族の縁者として、揺るぎない地位を持つ家だ。しかもその特殊さゆえ舞踏会の主催等を免除されていることもあり、「高い地位に収まりつつ、楽ができる理想の嫁ぎ先」などと一部で噂されているらしい。
さすがに家格の近しい家は、オルフィルドが妻に当主のサポートを求めることを察してはいる。が、あくまで当主不在時の補佐的なものと思われている。
(私に領地経営の経験がないと告げたら、今周りにいる彼女達はそれでも、私に嫁ぎたいと言えるのだろうか)
領地経営の補佐をしてくれる勤め人は確保している。それでも、最高権限者としての決断を迫られた時、その責任を共に背負ってくれる人でなければ、オルフィルドの妻に相応しいとは言えないだろう。
…いや。
本当は、わかっている。
オルフィルド家の嫡男として、一番優先すべきは対魔と加護の継承。領地経営は、二の次でしかない。最悪、王家に助力を請えば凌げる話ではある。
それでも、「普通の当主」であれば持つはずの知識や経験を持たない己がとんでもない出来損ないに思え、妻にと選んだ女性に失望される未来が来ることを、臆病な自分は恐れている。
この臆病さを曝け出し、愛を乞わずにはいられないほどの相手など、この先現れるのだろうか。
そこまでの思いはなくとも、せめて好ましいと思える相手を見つけなければ、自分は加護を断絶させた最低最悪の人間になってしまう。
焦りと不安と自己嫌悪と。
日が過ぎるごとに膨らんでいく負の感情が、胸の中を黒く塗りつぶしていくようだった。
なんて。
鬱々とした日々を過ごしていたレスターは、翌年のシーズン前、興味本意で天馬を駆って見に行った田舎伯爵家の令嬢に、あっけなく遅い初恋へと叩き落とされたのだった。