後日談:エルダン領後編
目的地は、とある森の麓。
今日は貸切にしてあるので、辺りに人気はなく、こっそりと天馬で降り立つことができた。
天馬にはここで待ってもらって、レスター様と二人で森の入り口に向かう。
途中、守衛小屋にいる人に手を振って、その森の中に足を踏み入れた。
森とはいえ、整備された小道は歩きやすいよう木で舗装されている。そこを二人で歩いていると、レスター様が首を傾げた。
「先程の守衛、なんだか見覚えがある気がするのだが…」
「実は彼は加護持ちで、15年ほど前まで対魔部隊に所属していたそうなんです。もしかしたら、その時に関わりがあったかもしれませんね」
「ああ、なるほど。子供の頃に会っていたのかもしれないな」
先程の守衛のように、対魔部隊への所属経験がある人は、どの領地も高待遇で迎えたがる。自領に魔が生じるなど百年に一度もない事とはいえ、一度生じればその被害は甚大だ。被害を最小限に食い止めるため、加護持ち、特に実戦経験のある人材は引っ張りだこなのだ。
「守衛さんは、ここで結婚式の見届人もしているんですよ」
そして、加護持ちの需要は対魔だけではない。昔から、精霊の前で愛を誓うと幸せな結婚生活が送れると言われており、連れてくることは難しい精霊の代わりに、結婚式は加護持ちに立ち会ってもらうのが最も良いとされている。式の中で、新郎新婦に誓いを促す負担の少ないお仕事なので、対魔部隊を退職した人には人気の職だ。
「もしかして、ここがエルダン領が人を集めるきっかけになった、泉の結婚式場、なのか?」
「大当たりです。もう着きますよ」
木々の間を縫うように設けられた細い道の先。
少し開けた場所にでて、右手を向くと、空から差し込む陽の光にきらめく、美しい湧泉が目の前に広がるのだ。
その泉の周りには、微細精霊と呼ばれる小さな光を放つ精霊たちが、楽しそうに舞っている。
「これは…」
「美しいでしょう?」
レスター様が驚きに目を丸くするのが嬉しくて、その手を引いて泉のそばへ向かう。
そこは小さな木でできた舞台がある。もちろん、新郎新婦が愛を誓う場所であり、私の真の目的地だ。
舞台はさほど高くはないとはいえ、それでも視線が上がると泉を見渡すことができる。
「以前レスター様が、魔の森を私に見せたいとおっしゃってくれたように、私もここを、レスター様と一緒に見たいと思ったんです」
人に加護を与えるほどの、力のある精霊はここにはいない。けれど力弱くとも本物の精霊が集まり、結婚を見届けてくれるこの場所で、式を挙げたいという者は多い。
時折り、その愛を喜び祝うように光が舞い、楽しそうにゆらめく様は、普通の会場では味わえない幸福感をもたらす。
私の、好きな場所。
「ああ、ソフィアにとって思い入れのある地なんだな。大切な場所に連れてきてくれて、嬉しく思う」
柔らかく微笑むレスター様に、鼓動が早くなる。
と、透き通った泉の水から、微細精霊よりほんの少し大きく、強い輝きが複数舞い出てきた。
それが、私とレスター様の間をすぅっと通り過ぎながら、囁きを残す。
『みつけたのね』
『つれてきたのね』
『あなたのあい』
「うっ、」
いきなり直球で呼びかけてくる精霊に、頬が熱くなる。隣のレスター様も聞いていたようで、ははっと明るい笑いをこぼした。
「もうっ。そう、見つけました!私の愛!」
やけくそ気味に宣言すると、さんざめくように、泉の精霊たちが柔い光を放つ。
『かわいいこ』
『しあわせにおなり』
『よきたびを』
ふわふわと舞う精霊を見て、直前までどうしようかと悩んでいたことを決行することにした。
やっぱり、この場所は特別だ。
誓いを、ここに残したい。
楽しそうに精霊を見ているレスター様に、体ごと向き直る。
そして早鐘を打つ心臓を隠して、口を開いた。
「精霊の導きのままに、魂の囁くままに、私はこの生の旅路のなか、貴方と巡り逢いました」
「…!」
私の言葉に、レスター様は驚愕の表情を浮かべ、急いで私に向き直ってくれる。
驚くのも無理はない。これは、結婚式に言うべき言葉なのだから。
息を呑んでこちらを見つめる姿が可愛くて、思わず笑みが溢れる。
そしてそっと、レスター様に手を差し伸べた。
「この先の道を、私は貴方と歩きたい。愛の誓いを捧げるこの手を、貴方はとってくれますか?」
本来、この仕草も、この言葉も、男性側のものだ。こういう事を嫌う人もいるかもしれないが、きっとレスター様は許してくれるはず。
その予想の通り、レスター様のエメラルドの双眸は、喜びの感情できらめいていた。
「精霊の導きのままに、魂の囁くままに、私の旅は貴女と共にあるでしょう」
レスター様の柔らかな声音が、泉に染み渡る。
「私の愛、私の光。この長き旅を終えるまで、どうかこの手は繋いだままで」
そして、その大きな手を私の手にゆっくり重ねてくれた。
その温もりを感じた瞬間、ぶわっと泉から光が巻き起こる。
神秘的な美しさに思わず泉に見惚れていると、急に重ねていた手が引かれた。
「ひゃっ」
不意打ちに変な声が出てしまい、何事かとレスター様を見上げると、覆い被さるように唇を重ねられた。
次いで、痛いほどに抱きしめられる。
「ソフィアは、本当に…っ」
「ふふ、驚きましたか?」
「ああ。貴女には敵う気がしない。きっと私も父のように、妻にころころ転がされる夫になるのだろう」
その言葉に、思わず吹き出してしまう。
「でも、私もレスター様にはよく翻弄されるので、きっと似た者夫婦というものになれると思うんです」
「ははっ。それもいいな」
精霊に見守られながら、明るく笑い合って。
そして寄り添って、その美しい光景を静かに眺めた。
貴族の結婚式は、通常嫁入り先や首都の会場で行うものだ。
だから、ここの精霊たちに誓いを見届けてもらうなんて、きっと相手がレスター様でなければ、できなかった。
レスター様は、たくさんの幸せを私にくれる。
その感謝と尊敬を忘れないように。
これからもずっと。この手を繋いでいたい。
ソフィア視点のお話はこの後日談で最後の予定です。
いずれオルフィルド側の視点を書けたらと思っています。弟くんはお相手探しに難航中ですが、書くとしたら恐らく別タイトルに致します。
本編完結後、予想もしていなかったほど多くの方々にこのお話を読んでいただき、とても驚き、嬉しく思っております。
いいねや評価で応援くださった方、感想を書いて喜ばせてくださった方、誤字報告で助けてくださった方、そしてこんな新米作者の作品を見つけて読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます。