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後日談:エルダン領前編

 シーズンが終わり、領地に帰って一月弱。


 嫁入り前の準備や引き継ぎで忙しい日々を過ごしていたが、今日は別件で、屋敷全体が慌ただしい空気に包まれていた。


「ちょっとソフィー、無駄にうろうろしないでよ。さすがにこんなに早く着かないでしょ」

「う…、わかってるわよ」

 とうとう弟に咎められて、大人しくソファに腰掛ける。

「っていうか、ちゃんと安全飛行で来るように言ったの?レスターさんもレスターさんで、天馬に鞭打つ勢いでこっちに向かってそうで怖いんだけど」

「もちろんよ。お昼には準備が整うから、その頃に来て欲しいと伝えているわ」

「時間指定しておかないと、無理して夜中に飛んできて、早朝こちらに到着とかやりかねないもんね」


 そう、今日はレスター様が天馬に乗ってエルダン領へ訪れる日なのだ。


 時間を指定しておきながら、まだかまだかとソワソワする気持ちが抑えきれない。

 楽しみにしすぎて昨日は眠れなかったが、今もちっとも眠たくない。そんな私を呆れ返った目で弟が見てくるが、きっと恋する人はみんなこんな感じだ。弟だって、きっと好きな人ができたらわかるはず。


 心の中で言い訳をしながら、やっぱり大人しく座っていられず。弟の冷たい視線を背中に感じながら、また空を見上げに外へ出るのだった。





「きた…!」


 弟から冷たい視線を浴び続けてしばらく。

 ようやく遥か先に、小さな白い影を見つけて思わず声を上げた。


 指先ほどの大きさだったそれは、徐々に大きくなり、やがて天馬だとしっかり認識できるほどになる。


 天馬は運良く見かけたとしてもかなりの上空を飛んでいるので、こうして近づいてくる姿を見ると、想像以上に大きい生き物で驚く。特に翼が大きい。

 タウンハウスとは異なり、自領のエルダン邸は広いので着陸は問題ないと思うが、あの大きな翼では着陸場所はかなり限定されそうだ。


 そんなことを思っていると、高度を下げて着陸場所を見定めたらしい天馬の翼の先が、淡く光った。


 そして、キラキラと光の残滓を残しながら、その翼が少しずつ空気に溶けていく。


 まるで、翼を星くずに変えながら飛んでいるかのようなその光景は、息を呑むほど美しい。

 圧倒されて、瞬きさえできずにいるうちに、天馬は翼をすべて空に溶かし、やがて軽い音と共に地面に降り立った。


 そしてゆっくりとこちらへ近づいてくると、知性の宿るセレストブルーの目で私を見つめた。


 ああ。なんて、美しい生き物なのだろう。

 感動で、指先一つ動かない。


「ソフィア」


 その金縛りを解いたのは、天馬の背から軽々飛び降りたレスター様だった。


「レスター、さま」

「すまない、驚かせたか?」

「いえ。天馬とは、これほど美しい生き物だったのですね。感動で、言葉を失ってしまいました」

「初めて見る人は、皆圧倒される」


 そう言って、そっと私の髪を撫でる。


「それに美しいだけでなく、とても聡い生き物だ。現に、ソフィアに早く会いたい私の気持ちを察して、ここまで急ぎで飛んでくれた」

「ふふ、それは私もお礼を言わないといけませんね。お会いしたかったです、レスター様」

「ああ、私もだ。…会いたかった」


 そうして久々に抱き寄せられた腕の中は、空を飛んでいたからかひんやりするのに、心も体も温かな満足感で満たされた。うっとりとその抱擁に身を委ねていると、オホンッとわざとらしい咳払いが聞こえて、はっと我に返る。


 ぱっとそちらを見ると、呆れた様子の家族と、目のやり場に困るとでも言いたそうな使用人たちの姿があった。


「変わりないようで安心したよ。いらっしゃい、レスター君」

「すみません、お世話になります」


 ちょっとバツが悪そうな顔で挨拶をしたレスター様は、父に言葉を返すと、こちらに少し情けない視線を寄越したのだった。




 〜*〜*〜*〜*



 レスター様は2泊3日でここに滞在する事になっている。初日はゆっくり屋敷で過ごしてもらい、2日目の今日、私のおすすめスポットにご案内の予定だ。


 馬車で行こうと思っていたが、天馬に乗せてもらうことになったので、楽しみで仕方がない。


「そろそろ行こうか、ソフィア」

「はい!」


 そんな私に優しい目を向けながら、レスター様が予定より早めにお出かけの誘いをくれる。

 そして二人で、庭で自由にさせている天馬の元へと向かった。


 レスター様が手慣れた様子で変わった形の鞍をつける間に、美しい天馬によろしくねと挨拶する。応えるようにゆっくりと尻尾を振ってくれる様は、とても優雅だ。


 やがてレスター様は鞍をつけ終えると、軽々とその大きな背に飛び乗った。


「ソフィア」


 呼ばれて近づくと、抱き上げるぞと言われ、上から軽々と持ち上げられて、レスター様の前に横向きに座らされる。

 その力強さにドキドキする。


「すごく、高いですね」

「普通の馬よりも大きいからな。最初だけ揺れるから、私に掴まっていて」


 そう言ってレスター様は、ベルトで二人を繋ぐと片腕を私に回し、空いた方の手で鞍に着いている持ち手を掴んだ。

 するとそれを合図に、天馬は助走をつけるように庭を走り、やがて高く高く跳躍した。


「…っ」


 一気に数メートルの高さへ跳び上がったと思ったら、宙を駆けてその背から光の翼がすっと伸びて。バサリと一度羽ばたいた次の瞬間には、しっかりとした純白の翼で空を飛んでいた。


「怖くはないか?」

「は、はい。なんとか」


 当然だが、空を飛ぶ機会なんて今までなかった。落ち着かない気持ちと若干の恐怖はあるが、それ以上に天馬の背に乗せてもらっている感動が大きい。


「本当に不思議な翼ですね。それに、ほとんど揺れません。もっと怖いかと思っていましたが、心地よいくらいです」

「スピードを出すと大変だが、デートにはこれくらいが丁度いいだろう」

「ふふ、天馬に乗せてもらってのデートなんて、とても贅沢ですね。約束、守ってくれてありがとうございます」


 そう言うと、レスター様は私を抱く腕に少し力を込めて、そっと額にキスを落とした。


 甘やかな仕草に、自然と笑みが溢れる。


 上空からだと見慣れない目的地を探しながら、レスター様との会話を楽しむうちに、あっという間に時間は過ぎて。やがて、目的地へと到着したのだった。




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